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読み物
Culture
2020.02.28

平安貴族も戦国武将も新選組も!日本はボーイズラブ天国♡

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『おっさんずラブ』が一大ブームとなりました。テレビドラマシリーズとして始まり、映画化・コンサート開催など、多様なメディア展開を見せたこの作品は、2018年の「新語・流行語大賞」トップテンにランクインするなど、社会現象となって広い層に愛された話題作です。

男性同士の恋愛を扱った『おっさんずラブ』は、「萌え」ではなく、「少女漫画的な表現におじさん達がマジメに向き合う面白さ」がテーマだったのだとか。
しかしこれ、日本史上でリアルに見られていた光景でもあるのです。

江戸時代までごく一般的だった?

日本の歴史上、男性同士の恋愛が「禁断」と見られた時期のほうがどうやら短いよう。
古代からあったと見る説もあり、平安時代~江戸時代の恋愛事情は、記録にも残されています。

平安貴族が日記で……

日記って、平安時代には他人に見られること前提だったんだそう。それなのに、「まろはあのジェントルマンと素敵な夜を過ごしたんだ♡」みたいなものが残っていたりします。自慢なんですか?

足利義満と世阿弥

能を大成させた観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)親子のうち、息子の世阿弥は時の室町幕府将軍・足利義満の寵愛を受けました。能には今でも男性同士の恋愛を描いた作品がいくつか見られます。

戦国武将も美少年好き

男性も女性も、両方愛することが普通だったという戦国時代。戦国武将たちも、あれやこれやあったようで。

武田信玄や伊達政宗も、小姓のご機嫌取りをした書状が残っています。どうして残っているのだろう……。

ちなみに、秀吉は女性にしか興味がなくて、とんでもない美少年に近寄っていったと思ったら「姉か妹はいないか?」と尋ねたとか。

徳川家光・綱吉

徳川幕府の将軍にも、美少年好きがいました。家光は少年ばかりかわいがったので、それを心配した春日局(かすがのつぼね)が大奥を造ったといいます。綱吉は、お気に入りの少年を集めた部屋や御殿を造ってしまったのだとか。規模が違います……。

新選組でも

新選組でも、男性同士の恋愛が流行したことがあったようです。

小説やそれを原作にした映画・テレビドラマなどの主人公「加納惣三郎(かのうそうざぶろう)」は架空の人物のようですが、実際に新選組内でよい関係になった男性同士がいた、というのは確かだとか。

陰間茶屋(かげまちゃや)

吉原や島原などの遊郭は有名ですが、実はこの男性バージョンもありました。役者が兼業したり専業で従事したり、またお客さんも男女ともに多かったようで、江戸時代には京都・大坂(現在の表記では「大阪」)・江戸の3都市に、陰間茶屋の集まる地域がありました。

男性同士の恋愛は普通だった

日本の昔からの考え方として、男性同士の恋愛は特別変わったことではありませんでした。少年は仏に近い存在とされたこと、武士の間ではお互いの人間性を高めるための相手と見なされていたこと、戦場に女性を連れていけなかったことなどがその理由とされます。

明治になり、西洋の価値観が入ってくると「禁断の関係」などと言われるようになりましたが、もともと日本には男性同士・女性同士・男女、どれでも普通という文化が息づいていたのですね。