Culture
2020.04.14

魔除けの刺繍「背守り」とは?意味やデザインの種類、歴史を解説!

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江戸時代、生まれてきた赤ちゃんの3人に1人は生き延びることができませんでした。

日本で人口動態調査が始められた明治32年でも乳児死亡率は約15%。生後1年以内の赤ちゃんは10人に1~2人が亡くなっている計算です。現代よりも医療が発達していない時代。か弱い赤ちゃんはちょっとした病気やケガで死んでしまっていたのです。

そこで当時のお母さんたちは、わが子が病気になったり事故にあったりしないように願って「背守り」というお守りを作りました。

背守りとは「子供を想う母の愛」

背守り(せまもり)とは、子供の着物の背中に縫い付けたお守りのことです。

着物を作る時には左右の身頃となる布を縫い合わせるため、背骨に沿って「背縫い」という縫い目ができます。
昔の人は「目」には魔除けの力があると信じており、背縫いの「縫い目」にも背後から忍び寄る魔を防ぐ力があると考えていました。

ところが、赤ちゃんが着る着物はとても小さく背縫いがありません。そこでお母さんたちは、子供に魔が寄り付かない様に背縫いの代わりとなる魔除けのお守りを付けました。
それが「背守り」です。

始まりは定かではありませんが、鎌倉時代に作られた絵巻物「春日権現験記(かすがごんげんげんき)」にはすでに背守りを縫い付けた着物を着ている子供が描かれており、とても古い風習であることがわかります。

手を引かれた子供の背中に背守りが縫い付けてあるのが確認できます。/『春日権現験記』第16軸

また、昔の人は人間の魂は背中から出入りすると考えていました。
魂が身体から出てしまうと体調が悪くなったり、ボーっとしたりしてしまい、それが長い間続くことで死に至るという考えです。

そして「7歳までは神の子」「7つまでは神のうち」という言葉にもあるように、7歳までの小さな子供はより不安定な魂を持った存在だと思われていました。何かの拍子にポロっと魂を落としてしまい、いつ神様のところに帰ってもおかしくない、いつ死んでしまってもおかしくないような存在です。そのため背中にお守りを付け、魂がこぼれ落ちるのを防いでいたのです。

背守りのデザインは数多くありますが、その多くは魔除けや縁起の良い吉祥文様です。

魔除けの効果があると言われる籠目紋が縫われている。(画像提供:真成寺)

背守りは、東北地方では「エナギ」、沖縄では「マブヤーウー(魂護)」、他にも「背紋」「モンカザリ」「セジルシ」などさまざまな名前で日本全国に見られる文化です。

故郷が違っても子供の成長を願う心は同じなのでしょう。

多種多様な背守りのデザイン

背守りの基本的な形は「糸じるし」と呼ばれるもので、1年が12ヶ月であることにあやかり縦に9針斜めに3針縫って仕上げます。

糸じるしは着物の背中に縫い目を付けたシンプルな背守り。糸は長いほど長寿になると言われていました。(画像提供:真成寺)

しかし背守りのデザインは厳密に定められていたわけではなく、また守られていたものでもありません。モチーフや運針数、糸の色などには母親の習慣や伝統、趣向などが影響し、さまざまなデザインの背守りが生み出されました。

例えば、生命力が強くまっすぐに育つ麻にあやかった「麻の葉」や、長寿の象徴である亀を図案化した「亀甲」、持ち主の身を守ってくれる道具である「矢」などもよく用いられたモチーフです。

なかには「川や囲炉裏に落ちた子供を神様が拾ってくれるように」という言い伝えをもとに、紐や小裂を縫い付けている背守りもあります。

矢は魔除けやお守りとして使われることが多いモチーフです。破魔矢が有名ですね。(画像提供:真成寺)

はじまりこそ呪術的な意味合いの強かった背守りですが、明治時代に入るころには女性の教養のひとつとして学ばれるようになります。刺繍や和裁の授業に取り入れられたことでデザインが多様化。呪術的なモチーフにこだわらず、ウサギや植物、ちょうちょなど、デザイン性の強いモチーフも描かれるようになりました。

当時の裁縫の教科書には、背守りの図案や縫い方が記されています。

明治42年発行の教科書に記された背守りの図案。ウサギやいかり、桜など今見てもカワイイ図案がズラリ

また手法も糸じるしの他にも刺繍や「押絵」という布細工のアップリケなどバリエーションが増え、手芸作品としての側面が強くなっていきます。

押絵で作られた宝袋。宝袋には子供が財産や富に恵まれるようにと言う願いが込められています。(画像提供:真成寺)

明治42年に発行された『裁縫教科書:教育実用』には、「女生徒が常に楽しみ、好んで刺覚ゆる物」「布の色合いによって配合のよき色糸にて、紙のひな形を刺すのであります。」という記述があります。
当時の女学生たちが将来のわが子を夢見ながら自由に楽しく刺繍をしていたことが伺えますね。

現代に残る背守りの文化はこんなに自由!

背守りは洋服文化の発展とともに姿を消し、「縫い目」の加護を信じる心も過去のものとなりました。
しかし、子供の健やかな成長を願う親の心には変わりがありません。
手芸愛好家たちの間では、現代でも背守りの文化が語り継がれています。

Tシャツや赤ちゃんの肌着、ハンカチや帽子……etc現代版背守りは着物に限らず、さまざまな場所に願いを込めたお守りを付けます。
デザインはますます自由になり、なかにはドリームキャッチャーや四つ葉のクローバーなど世界のラッキーモチーフを取り入れている人も。

筆者も慣れない刺繍で背守りに挑戦。子供の寝顔を見ながら針を刺していたので思い入れもひとしお。健やかな成長を願いました。

背守りのデザインにルールはありません。大切なのはわが子に「健康で丈夫に育ってほしい」と願う気持ちです。昔のお母さんたちに想いを重ねながら、現代版背守りにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

〈参考文献〉
佐治 ゆかり・他(2014)『背守り-子供の魔よけ』LIXIL出版.
伊藤文子・他(1909)『裁縫おさいくもの:附・実用小物』大倉書店.
裁縫研究会編(1909)『裁縫教科書:教育実用』柏原奎文堂.