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Culture
2020.04.07

20代女性社長が起こした生理用品革命!日本の大発明、使い捨てナプキン開発秘話

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「#NoBagForMe」をご存じだろうか。生理用品を購入する際に袋にいれなくてもいいという意思表明をするためのハッシュタグだ。

男性だと知らない人も多いかもしれないが、ドラッグストアやコンビニなどで生理用品を購入すると、生理用品だけわざわざ紙の袋に入れて二重包装にしてくれる。なぜなら、プラスチックバッグは中がなんとなく透けるので、なにを買ったかが見えてしまうからだ。
そう、これは生理用品を買ったことがわからないようにするための配慮なのである。

このように生理用品でさえ人前に出すべきではない、という意識は日本のみならず世界中で長く根強く残っていた。今でもないわけではないだろう。しかし、少なくとも紙袋一枚で済むくらいにまで女性を解放した発明、それが日本の若い女性が作り上げた、使い捨てナプキン「アンネナプキン」である。

この商品はまたたく間に広がり、多くの女性の社会進出や生活活動を支えた。それだけではない、巧みなPR戦略で世間のイメージや使われる言葉まで変えた、現代のベンチャービジネスのお手本でもあるのだ。

若干20代で社会を変えた若い女性の挑戦。そしてその周囲のベンチャー魂と冷静なマーケット分析。ただでさえ禁忌意識のあるテーマだ、どれが欠けてもこの商品は生まれてこなかっただろう。
そんな「日本の大発明」を紐解いてみたい。

長く血は穢れの象徴だった

そもそも月経を不浄だとする考えは、古くから世界各国に存在した。多くの宗教で血は”穢れ”として扱われていたからだ。医療的な知識もなく、病や怪我で簡単に命を落としていた時代、血は死のイメージに直結していたことは想像に難くない。

例えば、インドやアフリカでは月経中の女性と同じ窯や鍋を使わないなどの慣習を持つ地域もあったらしい。同じ食器を使うと死ぬと信じていた地域もあるそうだから笑い事ではない。キリスト教は比較的血のイメージをも持つが、オランダやドイツ、スペインやイタリアでは月経の女性が花や果物を触ると萎れると言われていたこともあるという。

平安時代は夫も生理休暇!

面白いことに、平安時代は月経中の妻がいる夫は昇殿できなかったという記録もある。現代でいえば生理休暇だ。

古代の儀式について記された「雑穢事」「九条年中行事」などの儀式書の一部に「穢事」として以下のような記述がある。

ー宮女有月事。祭日前退下宿慮。不上殿
ー只一人身為穢。同及同処人皆為穢
(一部抜粋)

月のものになったら下がって昇殿しないこと。その一人だけではなく家族も同様である、と書かれているのだ。つまり、自分だけでなく家族が穢れている時期は来るな、ということ。
最近話題の濃厚接触ではないが、人間はいつの時代にも見えない不安には抗えないということなのだろう。

昭和の専業主婦から起業家へ

そんな長年の”穢れ信仰”に画期的な救いを成し遂げた女性の名前は坂井泰子(さかいよしこ)という。生理用ナプキンの産みの親だ。

大学を卒業して見合い結婚した坂井はしばらく専業主婦をしていたが、次第に仕事をしたいと考えるようになった。そんな時「日本は特許の出願数は世界一だが、事業化されることは少ない。」という新聞記事を読み、発明家と企業の仲介をする「株式会社発明サービスセンター」を設立する。

面白いエピソードがある。株式会社発明サービスセンター設立時、彼女は自社にマスコミを呼んで記者会見を行っているのである。優に30人以上の記者が訪れたそうだから、専業主婦だったとは思えない手練れさではないか。

それが功を奏し、彼女の元には日本各地からの考案が寄せられるようになった。そんな中に月経処理に使った脱脂綿が水洗トイレに詰まらないようにするというアイディアだった。

逆転の発想

アンネナプキンが発売されるまで、戦後の日本女性が処置のために使っていたのは、主に黒いゴムが貼られたパンツと脱脂綿だった。想像するだけで蒸れたりしそうだが、実際に使い勝手も悪く、衛生上の問題も多くあった。また水洗トイレが普及する以前の習慣が根強く、使用した脱脂綿をそのままトイレで捨ててしまうことが多かったらしい。いわゆるぼっとん便所の名残だ。

坂井のすごさは、アイディアに目を止めただけではない。
寄せられたアイディアは脱脂綿を詰まらせないようにトイレに網を張るといったものだったが、それよりも根本的に生理用品側を見直すべきだと考えたことにある。紙綿製の快適な生理用品が普及すれば、女性たちも快適だしトイレも詰まることはない。

彼女はこれは女性がやるべきだと考え、自ら商品化することに着手する。

第二の松下幸之助との出会い

ミツミ電機は当時、トランジスターラジオの部品を製造し、急成長を遂げていた。社長の森部一(もりべはじめ)は、電気部品業界では初めて科学技術庁長官賞を受賞したこともあり、「第二の松下幸之助」と呼ばれる気鋭の企業家であり投資家だった。

もちろんナプキンとは全く関連はない。坂井との関連も当初は彼女の経営する発明サービスセンターの案件の凱旋だった。
しかし、世間話の端に上がった新しい生理用品のアイディアに、森部は「よいところに気がついた」と言ったという。

さらに森部は、出資を請うために提出された事業計画書を見ると、こんなチッポケな計画ではだめだと言ったらしい。社会を変える、社会貢献のための事業であれば億単位の出資をすると言い、実際にそれを実行する。

そしてアンネ社が設立される。社長に就任した坂井は27歳、常務取締役として就任した坂井の夫、そして会長に就任した森部も30代という若さだった。

アンネの名前に込められた意味

子供の頃、推薦図書かなにかで「アンネの日記」を読んだ人も多いかもしれない。

アンネナプキンの命名も坂井だった。坂井は当時映画化されたばかりで話題だったこの作品の文章からネーミングを思いついたという。

生理があるたびに(といっても今まで三度あっただけですけど)面倒くさいし、不愉快だし、鬱陶しいにもかかわらず、甘美な秘密を持っているような気がします

(アンネの日記より)

”甘美な秘密”。
日本の一般意識ではタブーである月経に対して、話題の作品からポジティブな言葉をピックアップしてあてがう。こういう部分も彼女の先見の明と感覚がぞんぶんに生かされていたと言ってもいい。

余談だが、若き女社長は最初「お嬢さん社長」としての印象の方が強く、企業のクリーンイメージに一役買った。しかし反面、社員には「女にしておくのはもったいない」とも言わしめたという逸話も残っている。

40年お待たせしました!

アンネナプキンが発売される際のキャッチコピーである。
なにが40年なのだろうか。

アンネナプキンが発売される以前、アメリカ製のキンバリー・クラーク社のコーテックスという商品があった。パッド(紙綿)をテックス(ガーゼ)に包んで前後を専用のベルトにつるして使うという画期的なもので、脱脂綿による処理とは雲泥の差だったという。しかし、品質もさることながらランニングコストが高価だということ、そして羞恥の感覚から大々的に宣伝されることもなく、一部の普及に留まっていた。国内でも類似品も発売されたようだが、やはり似たような推移をたどったという。

アンネナプキンの販売は1961年。
コーテックスの販売に遅れること40年、やっと日本の女性も快適な生理用品を手に入れられるようになった。社内公募で決まったというこのキャッチコピーには、並々ならぬ思いが込められていたのだ。

ちなみにだが、アンネ社はこの後も秀悦な広告を頻発し、次々と「日本雑誌広告賞」を受賞している。アンネが月経の代名詞と使われるようになった一因はここにもあった。

ファースト・ペンギンの希望

種族存続のための、いってみれば子孫を残すための大事な機能の一部であるにもかかわらず、血の赤いイメージは女性たちを不自由と屈辱の中に閉じ込めていた。
しかし、現代ではLGBTをはじめとし、性差における課題はどんどんフラットになり、秘するものではなくなってきている。

「ファースト・ペンギン」という言葉がある。某朝ドラマで使われたことを覚えている人も多いかもしれないが、なにかを実現するには最初の一歩を踏み出すベンチャー精神が必要だという意味だ。坂井はまさにファースト・ペンギンだった。

アンネ社はミツミ電機の業績悪化のあおりを受け、1980年にライオンの子会社となり、2年後に吸収合併された。その後、生理用品事業はユニ・チャームへ譲渡されて、アンネ社の名前は消えた。

わずか30年程の短命な企業ではあったものの、若い日本人女性の工夫と熱意は、長年培われた無理解による禁忌を口に出せる”コト”にまで昇華した。
人類はいろいろな間違いを犯す。しかし過去、そして現代にもたくさんの「ファースト・ペンギン」が存在する。時間はかかっても人類は進化し変化していく。より変化が激しくなるだろう予想のもと、乗り遅れないよう気持ちの柔軟性と筋力も鍛えておきたいものである。

<参照文献>
「女性と船」 益田 庄三(論文)
「生理用品の社会史 タブーから一大ビジネスへ」田中ひかる 著 ミネルヴァ書房

書いた人

インターネット黎明期よりIT業界にてさまざまな業務に関わる。多くのWEBメディアやコンテンツ制作を経験したことからライターに。 現在はオウンドメディアにおけるSEO支援に関わる会社員でもある。過去にオランダに四年、香港に三年半生活した経験があり、好奇心が尽きることがないのが悩み。 プライベートでは普段から着物を愛用し、普段着物研究家を自称。日常で着物を着る人を増やしたい野望をせっせとSNSなどで発信中。美味しいお酒に目がない。https://www.daily-kimono.tokyo/