Culture
2020.04.17

18歳の美少女が死んだ男と結婚!紅蓮の奇妙な純愛伝説

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およそ700年前、松島(宮城県)の地で一生を夫への愛に捧げた女性がいました。
人々を魅了し、日本女性の鏡として語り伝えられている彼女の名前は「紅蓮(こうれん)」。『軒端の梅心月庵紅蓮尼物語』として知られ、松島の歴史ある銘菓「松島こうれん」の名でも親しまれています。
今回は月9ドラマも少女コミックも敵わない、愛に生き、愛に散った、一途で型破りな純愛物語を紹介しましょう。

観音様への願掛けでやっと授かった女の子

日本三景の1つである松島

むかし、象潟(秋田県)に子どものいない夫婦がいました。
夫婦仲睦まじく、なに一つ不足のない身分ですが、子どもがいません。どうにかして子どもが欲しい。夫婦は観音様に願をかけました。
やがて運良く、一人の女の子を授かります。紅蓮(こうれん)と名付けられた子は美しく心優しい娘に成長しました。

袖振り合うも他生の縁

お礼詣りのために、諸国巡礼の旅へ出かけた夫婦は道中で旅姿の別の夫婦に出会います。
旅の理由を聞くと、子どもがなく観音様にお願いしたこと、生まれた子どもは「小太郎」と名付け、無事に成長したこと、お礼詣りの道中であることなど、互いの身の上がそっくり似ていることに驚きます。

偶然にしては奇妙。「これは観音様のお導きにちがいない!」夫婦たちは紅蓮と小太郎を一緒にさせてやりたいものだと語りあい、身勝手にも結婚を決めてしまいました。

娘の結婚にノリノリの両親。一方、紅蓮は……?

旅を終えて帰ってきた夫婦はさっそく結婚の約束を取りつけたことを紅蓮に話します。
旅先のノリで決まった結婚ですが、そこは心優しい紅蓮。やれやれ迷惑な……と思ったかどうかは知りませんが「観音様のお導きとあれば不満はありません」と、嫁入りの身支度を整えて松島へと向かいます。

紅蓮を待ち受けていた悲しい運命


まだ見ぬ青年、小太郎に心惹かれて18歳の純情な紅蓮は松島へ旅立ちます。
ところがいざ松島へたどり着くと、悲しい事実が紅蓮を待ち受けていました。なんと当の小太郎が、病がもとでこの世を去っていたのです。

紅蓮の落胆ぶりを目の前に、小太郎の両親は「縁がなかったようです、諦めてお引き取りください」と詫びるばかり。周りの人たちも国へ戻り、良き夫を見つけるべきだと説得にします。

しかし、なだめても説得しても紅蓮は帰ろうとしません。それどころか驚くべき発言をします。「たとえこの世にいなくても、小太郎さまは私の夫です。私は、お位牌と結婚します!」紅蓮は位牌と結婚。小太郎の両親と共に暮らしました。

紅蓮の恋物語はおとぎ話か?

一見すると、おとぎ話のようにも思える『軒端の梅心月庵紅蓮尼物語』ですが、紅蓮は77歳まで生きたそうです。紅蓮が生きたことを伝える逸話も残されています。

紅蓮を伝える松島名物『松島こうれん』

小太郎の両親亡き後、彼女は瑞巌寺に入り、尼僧となりました。
生計のために門前で長方形のせんべいを焼き、商いをしていたと伝えられます。彼女が自ら焼いたせんべいは、「おこうれん」として今もなお親しまれています。

夫の霊を宿した梅の木


小太郎の供養をしながら生きるという純愛の道を選んだ紅蓮ですが、彼女が一人の無垢な女性であったことに変わりはありません。夫を失った悲しみ、一人で生きてゆく寂しさが胸をかすめることもあったでしょう。
小太郎が幼き日に植えたという梅の木に向かって、紅蓮が詠んだ歌が残されています。

「植えおきし 花の主ははかなきに 軒端の梅は咲かずともあれ」

梅の木の主である小太郎はもういないので、咲かないでおくれ。そう紅蓮が詠んだところ、翌年は梅の花が咲かなかったといいます。
淋しさのあまり今一度、

「咲けかしな 今は主とながむべし 軒端の梅のあらむかぎりは」

もう一回、花を咲かせてほしいと頼むと不思議にも梅はふたたび香り高い花を咲かせてくれました。

俳人・芭蕉も綴った絶景の地、松島

秋田県の象潟(きさかた)はかつて松島と並ぶ東北地方の名勝。「象潟や雨に西施がねぶの花」は芭蕉が『奥の細道』で詠んだ句。

俳人・松尾芭蕉の紀行文『奥の細道』で「俤松島にかよひて、又異なり。松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」と記された絶景の地、松島町と象潟町。
『軒端の梅心月庵紅蓮尼物語』の舞台となった二つの土地の距離はおよそ200㎞。徒歩なら40時間ほどかかります。

紅蓮は何を想って長い道のりを歩いたのでしょうか。想像すると、胸が痛みます。

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。