自宅から徒歩10分圏内で見つかるゾ!外出自粛に疲れたら「小さな日本文化」探しへGO!

自宅から徒歩10分圏内で見つかるゾ!外出自粛に疲れたら「小さな日本文化」探しへGO!

外出自粛飽きた! そろそろ遠出したい!
京都や鎌倉に行って、文化や歴史に触れたい!

その気持ち、よくわかります。私も旅行好きなので。毎年行っている推しの墓参りも、今年は諦めなきゃいけないかもと思うと落涙数行……。

でも、わざわざ鎌倉や京都に行かなくても、「古き良き日本文化」を感じられるスポットが、あなたの家の周り、徒歩圏内にもあるんです!

「そんなのないよ~」と思っていても、本当にさりげなくあるので、目に入っていないか、入っていても気に留めてないかのどちらかです。

戦後に海を埋め立てて作られた町ではない限り、きっとあります!

マスクをして、家族以外の人とは1m以上離れて、15分以上のおしゃべりはせずに、遊具などには触らずに町内探検に行ってみましょう!

道祖神を探せ!

道祖神(どうそじん)は、村の入り口や境目に建てられた魔除けの石像・石碑です。

地域によっては「塞ノ神(さいのかみ)」「ミシャグジ」と呼ばれていることもあります。

長野県安曇野市は道祖神が多い事で有名です

「魔」は、鬼や妖怪・悪人などの他に「疫病」も含まれています。
疫病から村や町を守ってくれる、今の時期にピッタリな神様ですね!

道祖神はどこにあるの?

区画整理や土地開発が進み、現在では村や町の境目がわからない所も多々あります。

代々住んでいる土地ならなんとなくわかっても、引っ越してきた人にはその区別は難しいでしょう。

発見できるポイントは以下の通り。

十字路・丁字路

大通りの十字路よりも、住宅地の細い十字路が狙い目です

橋の近く

川は村の境界線となっていた事が多々あります。

昔は橋の数は今よりもっと少なく、川の流れも変わっている場合もあるので、橋の近くだからと言って必ずあるとは言えません。

しかし逆に言えば、川の近くに道祖神があれば、その場所に昔は大きな橋や渡し船の発着所があったということです。
昔の町内の風景が想像できますね!

名前のついた坂・峠道の麓か頂上

特に都内では「〇〇坂」と名前のついた坂が多くあります。その麓か頂上には集落や大きな屋敷があって、主要路となっていたので名前が付けられています。

よって村の入り口として坂の頂上や麓にも道祖神が建てられていた、と考えられます。

他にも「○○峠」や「〇〇街道」など、(国道〇〇線ではなく)名前の付いた道も狙い目です。

神社かお寺の境内

神社やお寺は「村や町を魔から守る」という役割もあるので、道祖神(お地蔵さん)も建てられている事が多いです。

中には元々は小さな道祖神だったのが、村人に信仰され小さな祠を立ててもらい、今では立派な神社となっていることもあります。

以上が発見しやすいポイントですが、区画整理などで現在の道から外れている場合もあり「なんでそんなところに!?」というところにあったりもします。

私が旅行先で見かけた道祖神のひとつは、町内のゴミ捨て場の横にちょこんとありました。

しかも風化して小さくなっていたので、地元の人でも「なんだろう、この邪魔なでっぱり……」と思って気づいてないかもしれません。

道祖神はどんな形をしているの?

基本は「道祖神」と彫られた石碑か、お地蔵さんの形をしています。
男女の神が抱き合っている姿を掘った「夫婦道祖神」はラブラブっぷりにほっこりします。

また木や石で、小さな祠を立てられていることもあります。

ちょこんとある、かわいい祠

しかし長い年月を経て風化してしまい、単なる石にしか見えない場合もあります。
ブロック塀が落ちてるのかな? と思っていても近づいてよく見ると、うっすらと「道祖神」という文字が! ということも多々あります。

逆に、「道祖神かと思ったけど、違ったぜ」というパターンもあります。

この不自然なでっぱり、苔むし具合。間違いない、道祖じ……測量目印だったぁ!

長年住んでいた町内でも、普段通らない道を歩き、自分の目で新しい発見をするのも、子どもの頃に戻ったみたいでワクワクしますね!

う~ん、これは道祖神? それともただの石? どっちかなあ~

これってお墓じゃないよね? 庚申塔ってなに?

古いお墓みたいな形をしているけれど、名前は書かれていなくて、代わりに神や仏っぽい姿や猿が彫られている。それはきっと「庚申塔(こうしんとう)」です!

古代から日本で信じられていた迷信のひとつに「三尸虫(さんしちゅう)」というものがあります。

60日に一回やってくる「庚申(こうしん/かのえさる)の日」の夜。人間の体内にいるとされていた「三尸虫」が、寝ている間に体内から出て行って、神様にその宿主の悪行を告げ口すると信じられていました。

そこで、庚申の日は寝ないで一晩中起きて祈祷や宴会をする「庚申講(こうしんこう)」という風習ができました!(日々の態度を改める方向じゃないんですね!)

最初は貴族たちが行っていましたが、時代が下るにつれて武士も行うようになり、江戸時代初期には庶民にも浸透していました。

庚申塔は、庚申講を18回行った記念に建てられたものです。18回目を迎えるたびに建てるので、何基も並んでいるとしたら、その地域ではそれだけ長く庚申講をしてきた証!

そして、その時期の町内は定期的に夜通し宴会ができるほど景気がよかったのかも? と、考えられますね。

庚申塔はどこにあるの?

仏教行事として行っていたので、お寺の境内にある事が多いです。あるいは昔、大きなお屋敷があったと伝わっているような場所にあるかもしれません。

お寺やお屋敷自体は無くなっていて、庚申塔だけが残されているというパターンもあるでしょう。

私の町内では庄屋さんの家と伝わっている所に、町内会館が建てられていて、そこの駐車場に建っています。

庚申塔に彫られているのは?

庚申塔の「申」は申年の申です。だから「見ざる・聞かざる・言わざる」の「三猿」が彫られていることが多いです。

また不動明王のような勇ましい武神の姿が彫られていることもあります。
これは「青面金剛(しょうめんこんごう)」と言って、三尸虫を踏みつけて、告げ口を邪魔してくれる仏教由来の武神です。

青面金剛と三猿の庚申塔

他にも、三尸虫が告げ口に行く「天帝」、神道由来の鼻の大きな「猿田彦神」の姿や、ただ「庚申塔」と彫られているものもあります。

仲良く並んだ6体のお地蔵さん「六地蔵」

お地蔵さんは道祖神の役目を持っていますが、特に仲良く6体並んでいるお地蔵さんを「六地蔵」と呼びます。

地域によっては地元民から季節ごとのコスプレをされていて可愛いですよね!

これは仏教の「六道輪廻」に由来した信仰です。

仏教では死ぬと魂はまた別の世界に生まれ変わり、生きている間に徳を積んで、死後にまたより良い世界に生まれ変わることを目指します。

その魂の修行の場とされるのが「人間道」を含む六つの世界で、それぞれに試練とされる苦しみが待ち受けています。

六地蔵は、それぞれの世界で魂を救ってくれると信じられていました。

そのため、墓場の入り口に建てられている事が多く、寺の境内や昔の集落から少し離れた場所にあります。

お地蔵さんを見かけたら、首に注目!

首元をよ~く見てください。胴と頭の接合部分、接着した跡があったり、一度落ちたものを乗せているような感じだったり、頭だけなんだか新しい……なんてことはありませんか?

おわかりいただけただろうか……

1つ2つならいざ知らず、うちの町内は、なんだかそんなお地蔵さんが多いぞ?
というなら、風化だけが理由ではないかもしれません。

江戸時代以前、日本は「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」と言って、仏教の仏様も、神道の神様もごちゃまぜに信仰していました。

お寺と神社の区別がなく、お寺なのに鳥居があったり、神社なのに塔や堂で仏を祀っていたりしました。

しかし明治になると、政府は仏教と神道を区別したいと考えて「神仏分離政策」を実行します。

その内容は、「神社の敷地に寺のもの、寺の敷地に神社のものを配置するのはやめよう」程度のものでした。

しかし長い間、いわゆる「生臭坊主」たちに不満を持っていた庶民たちの怒りが、ここぞとばかりに爆発してしまいました。神社の敷地内にある寺や仏像を破壊してしまう人たちまで現れてしまったのです。

「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」と呼ばれる過激な運動は一部の地域だけではなく、日本全国まで広がりました。

もし、あなたの町内にあるお地蔵さんが、首に不自然なつなぎ目があったり、マフラーなどでしっかりと首元を隠していたら、150年ぐらい前の近所に過激な人がいたのかもしれません。

町内の意外な歴史を感じてドキドキしちゃいますね!

逆にお地蔵さんが無事だった地域の人は、近所のお寺や神社に行ってみましょう。

お寺なのに鳥居があったり、神社なのに仏像があったりと、江戸時代以前のガラパゴスな信仰が垣間見えるかもしれません。

神社やお寺で町民性がわかる?

お地蔵さんの首元を見れば、150年前の町内が過激だったか、のほほんとしていたのか分かりますが、神社やお寺に行くと分かるのはそれだけではありません。

昔の町内で、どのような産業や文化が発達していたのか、知ることができます。

小さな祠

神社やお寺として登録されていないような、小さな祠……ありませんか?
道祖神である他にも、個人や周辺の家で少人数に祀られた神様の場合があります。

私の家から徒歩20秒ぐらいの所には、小さなお稲荷さんがいます。
白いキツネの置物が目印です。

お稲荷さんは農耕神・商売繁盛の神様で「稲荷信仰」として全国に広がりました。
私の地域は昔は大きな港町だったので、商家があったんでしょう。

旅行先でよく見かけるのは、川のそば(もしくは昔川が流れていたところ)にある「水神」や「竜」を祀る祠です。川が氾濫しやすい所、もしくは渡し船があったり、川で荷物を運ぶ商業が栄えていた地域で見かけます。

「秋葉」は防火の神様です。火事の延焼を防ぐための空き地を「秋葉の原」といい、オタク文化の聖地秋葉原の語源となっています。昔は周辺に民家が密集していて、火事が恐れられていたのかもしれませんね。

神社の種類

私の家から歩いて5分ぐらいの所には「浅間神社」があります。

元を辿ると、富士山信仰の神社です。古代から富士山は信仰の対象で、江戸時代には富士登山ブームも起こりました。

白装束に身を包んで富士登山に向かう参拝者たち 歌川国芳『富士登山諸講中之図』

遠く離れてなかなか行けない人々は、富士山が見える場所から、あるいは富士山の方角に向かって拝んでいました。

私の近所の浅間神社の境内からも富士山が……今はビルやらマンションやらなんやらで見えませんが、きっと昔は見えたはず……。

さらに5分ぐらい歩くと「白山神社」があります。これも富士山と並んで全国的に信仰の対象となっていた、北陸地方の「白山」を祀る神社です。

白山神社は地域の守り神として「地域が見渡せる高台」に建っている事が多いので、境内からの景色は結構良いものですよ。

同じく徒歩10分圏内には「諏訪神社」もあります。長野県の諏訪大社を信仰する神社で、狩猟の神、勝負の神の他、農作物を害獣から守る神様として信仰されていました。

関東で他によく見かけるのは「白旗神社」ですね。武士が信仰した武神八幡を祀る「八幡信仰」の一種で、関東では源氏や鎌倉御家人ゆかりの地域で見かけます。

伊勢神宮を中心とした「天照を祀る神社」、学問の神様を祀る「天神・天満と名のつく神社」、山伏たちが信仰した「熊野神社」なども、全国的によく見られます。

寺の種類

お寺は宗派に特色があります。
私の地域は鎌倉に近いので、やはり鎌倉時代に興った「日蓮宗」「浄土宗」が多いです。

超ざっくりと言うと、「日蓮宗」は仏教の祖である釈迦を信仰し、「南無妙法蓮華経」と唱える宗派です。

「浄土宗」は極楽浄土にいる阿弥陀如来を信仰し、「苦行に意味はない」「南無阿弥陀仏とさえ唱えれば極楽に行ける」と説きました。

ちなみに鎌倉の大仏は阿弥陀如来で、浄土宗のお寺です

お寺は特に地域性が強いので、近所のお寺の宗派について調べると、色々なことが見えてきます。

「日蓮宗」も「浄土宗」も、当時の仏教では救いの手から零れ落ちてしまう「社会的弱者」や「庶民」のための宗派なので、やっぱりうちの近所は良くも悪くも庶民的な村だったんでしょうね。

ね? 意外と沢山あったでしょ

こういう風に見てみると、意外とあなたの近所にもありそうな気がしてきませんか?

まだ「う~ん、本当にあるかなぁ」という人は、まず手元の地図アプリで「道祖神」や「祠」などと検索してみましょう。意外とヒットするかもしれません。

それから『イングレス』や『ポケモンGO』などの位置情報を利用した陣取りゲームでは、文化的なものが陣地ポイントとして選ばれやすいので、地図には載っていない小さな道祖神や地蔵、祠なども登録されている事が多いです。

それでもよくわからない場合は、自分の足で見つけに行きましょう!

たとえ1回で見つけられなかったとしても、キョロキョロと周りを見渡せば、いつもと違う視点で町を見る事ができるはずです。

「ここの細道、ここに出るのか!」
「こんな所に、こんな綺麗な花が咲いていた」
「元気なわんこがいるなぁ」
「あのボス猫、こんなとこまで縄張りだったんだな」

いつも通る道なのに、初めて気にとめたなぁ……

遠出ができない今だからこそ、近所の歴史・文化を探す徒歩10分圏内の旅をしてみませんか?

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