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2020.05.14

「天岩戸神話」天照はなぜ外に出なかった?日本史上最も有名な引きこもり伝説からステイホームの術を学ぶ

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新型コロナウイルス(COVID-19)の流行に伴い、外出の自粛が求められる昨今。歴史ライター兼引きこもり好きの私は、ふと「そういえば、日本の歴史上で一番有名な引きこもりって誰だろう?」と思うようになりました。

そこで思いついたのが、日本に伝わる八百万の神々でもトップクラスの知名度を誇る神様「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」でした。天照が引きこもったことによって世の中に災厄が降りそそぎ、神々が力を合わせて彼女を外に出した「天岩戸(あまのいわと)神話」はあまりにも有名です。この神話は天照が出てきたことによって世界に平和をもたらすのですが、私はこう考えました。「新型コロナの流行する昨今では『彼女を外に出す方法』よりも、『彼女が引きこもれた』という事実に注目するべきではないか」と。

ここでは、天岩戸神話を「引きこもり」という斬新な視点から見つめ、人が外出を自粛するために必要な術を考えてみます。

ざっくり分かる天岩戸神話

まず、天岩戸神話から引きこもり術を学ぶには、やはりざっくりとでも神話の内容は理解しなければなりません。「そんなんもう知ってるよ!」とツッコまれてしまうかもしれませんが、本題に入る前にそこを整理してみます。

神々の時代、空の上には高天原(たかまがはら)という世界がありました。ここには太陽神・天照大御神をはじめとする多くの神々が暮らしていましたが、彼女の弟である須佐之男命(すさのおのみこと)はかなりの乱暴者でした。具体的には、田んぼの畦(あぜ:田の堤防代わりになる泥の加工)を破壊し、馬の皮を剥いでしまうなど、好き勝手に振舞い続けます。

あまりの横暴っぷりに我慢ならなくなった天照は「あ~もういい加減にして!」とブチギレ。自身は天岩戸に引きこもってしまいました。天照は太陽神でしたから、彼女が隠れたことで太陽の光が世界から消えてしまいました。当然、世界では作物が育たず、病気が流行するなど大変な騒ぎに。

困り果てた神々は「なんとか天岩戸から出てきてはもらえないだろうか……」と相談し、まず太陽を呼ぶ鳥とされた長鳴鳥(ながなきとり)の声で天照を外に出そうとします。しかしこの作戦は失敗し、次に天鈿女命(あめのうずめのみこと)が招霊(おがたま)の木枝を振って舞い、他の神々はひたすら騒ぎました。これは「楽しそうにしていれば、様子が気になって天照も出てくるのでは?」という考えからくるもので、予想通り天照は外の様子が気になりだします。

「えっ、わたしが引きこもっているのになんで楽しそうなの? 困ってるんじゃないの?」と思った彼女は、天岩戸を少しだけ開いて外を見ました。そんな彼女に神々は「いや、実はあなたより美人で立派な神様が来てくれたんですよ」と言い、鏡で天照の顔を映し出して見せました。鏡を使っているのですから天照は自分の顔を見ているわけですが、自分の顔だとは気づきません。興味をそそられ「もう少し見せてよ」と体を乗り出した隙に、神々は岩を開け放って彼女を外に出しました。世界には光が戻り、明るく平和な時代が戻ってきたということです。めでたしめでたし……。

というのが、「天岩戸神話」の概要です。個人的にはいま読んでもかなり面白い神話だと思っていて、「暴れまわる須佐之男に呆れて引きこもってしまうが、やっぱり楽しそうな外の様子が気になってしまう」天照の可愛らしさのようなものに目を惹かれます。

天照は「生きていけた」から「引きこもれた」

さて、いよいよ本題に入ります。今回私が気になっているのは「天岩戸神話で、天照はなぜ引きこもることができたのだろうか?」という点でした。身もフタもないことを言ってしまえば、「彼女が神様だから」というのが答えなのでしょうが、もう少し深い部分まで考えてみます。

すると、そこからは天照が「引きこもっても生きていけた」という事実が浮かび上がってくるように思います(そもそも神なんだから死なないんじゃ? という疑問はひとまず置いておくとします)。もし仮に、彼女が「天岩戸に引きこもっていたら100日後に死ぬ」とかの有名なワニのような運命が待っていた場合、それでも天岩戸に居続けるでしょうか。個人的な考えですが、弟への失望で死ぬところまでいくとは思えません。そもそも、死ぬなら引きこもる前に死ぬでしょうし。

そう考えれば、天照の行動は「死なないから外に出なくて済んだ」とも言えるわけです。ここには、現代の外出自粛につながる大きなヒントが隠されているように思えます。神話であろうが実社会であろうが、「生活が保障されていれば、外に出ない選択もできる」ということが示されているように感じるからです。

例えば、営業自粛が叫ばれる中で、今でも営業を続けているお店があったとしましょう。感染拡大の可能性を考えれば、確かに褒められたものではないかもしれません。しかし、営業を強行する経営者たちに言わせれば「営業を止めたら死んでしまう」という切実な思いがあるのは間違いないでしょう。彼らが天照のように「引きこもる」ためには、やはり「生活の保障」が必要なのではないでしょうか。

楽しそうなことがあると、つい外に出たくなってしまう

そして、天岩戸神話にはもう一つ、現代につながる重要な観点があると考えます。それは、「天照が楽しそうな様子を聞いて外に出てしまった」という点です。少なくとも神話が私たちに知られるようになった時代から、楽しそうな様子は人を外に出す力があると思われていたのでしょう。

しかし、現代は天照の場合とは全く異なり、人を外に出してはいけない時期に差しかかっています。この場合、私たちは「天照を外に出す」のではなく、「天照を引きこもらせる」方法を考え出さなければなりません。となれば、私たちがすべきことは一つです。

私たちは「天照が外に出たくならない」ように、自宅の外で楽しそうな様子を見せないようにしなければなりません。あるいは、「自宅の外に楽しいことがある」という情報を入れないというのも重要になってくるでしょう。

すでにコンサートやスポーツといった大規模なイベントはほぼ中止、あるいは無観客での開催に切り替わっているので問題ないですが、仲間内でもこの意識を共有する必要があります。例えば、自分と仲の良い友人たちに「今度外に出て遊ぶんだけど、お前も来ない?」と誘われてしまえば、たちまち天照と同じく「ちょっと気になるな」という気持ちになっても不思議はないからです。

幸い、多くの人は不要不急の外出をしなくても生きていける状況にあります。天照が出てこないと世界が危うくなってしまう状況にいた神々とは、立場が大きく異なるのです。ですから、私たちは「外に楽しそうなことがない」環境をつくり、さらに「自宅にいても楽しい」ということ、あるいは「おうち時間の楽しみ方」を考えていくことが大切です。

天照が「天岩戸暮らし」を楽しむにはどうすればよかったか

おうち時間の楽しみ方を考えるヒントは、今回の本題である天岩戸における天照の暮らしぶりにあると思います。天照が天岩戸に引きこもったのは、言ってみれば「衝動的」な思い付きがキッカケでした。弟の行いに耐えかね、「も~アッタマきた!」とこもってしまったのはここまで見てきた通りです。

しかし、いざ引きこもってみると、ぶっちゃけ天岩戸生活はすごくつまらなかったのだろうと想像できます。もともと気持ち的にブルーだったこともあるでしょうが、外が騒がしくて楽しそうだから顔をのぞかせてしまうあたりからも、引きこもり暮らしがハッピーなものではなかったことがよく分かります。

では、いったいなぜ天照は引きこもり暮らしを満喫できなかったのでしょうか。「もともとアウトドアなタイプだったから」というのもありそうですが、私的には「引きこもりの準備不足」が原因ではないかと考えます。私はかなり「引きこもり偏差値」が高いほうだと自負していますが、ある程度長い期間引きこもる前にはしっかりと準備をします。記事を書くための本や情報を仕入れ、ヒマつぶしのための本やゲームを揃え、そして晩酌用にお酒を買い込む。こうした準備があってこそ、引きこもり生活は充実したものになるのです。その点で、やはり衝動的に引きこもってしまった天照は備えが足りなかったのでしょう。

神々の世にどのような娯楽があるのかは分かりません。しかし、少なくとも密室でヒマをつぶすための手段はあったはずです。個人的には、弟への怒りを創作活動に向けて「弟をひどい目に遭わせる小説」や「怒りを表現したアート作品」あたりを作っていれば、気が紛れたのではないかと思います。芸術的に優れた作品は、得てして強烈な感情に裏打ちされているものですし。

そして、怒りのパワーを創作に向けているうちに、なんだか弟を許す気持ちになっても不思議はないと思うのです。皆さんも経験したことがあるかもしれませんが、何かに打ち込んでいると他のことは案外どうでもよくなってしまいがちです。そうなれば、後は自由気ままに引きこもり生活をエンジョイするだけですね。

もちろん、私たちは天照のように怒りをぶつける必要はないでしょう。ただ、「準備が不足すると楽しめるものも楽しめない」というのは、神話でもリアルでも変わりはないと思います。言うまでもなく「引きこもりを楽しめなかった天照」が真実の姿というわけですが、私たちは「妄想の中にだけ存在する、準備万端で引きこもりをエンジョイできた天照」になれるよう、引きこもり生活に対して真剣に向き合うことが重要かもしれません。

アイキャッチ画像:『天岩戸図』アメリカ議会図書館蔵より

書いた人

学生時代から活動しているフリーライター。大学で歴史学を専攻していたため、歴史には強い。おカタい雰囲気の卒論が多い中、テーマに「野球の歴史」を取り上げ、やや悪目立ちしながらもなんとか試験に合格した。その経験から、野球記事にも挑戦している。もちろん野球観戦も好きで、DeNAファンとしてハマスタにも出没!?