前編はこちらからご覧ください。
着物×リュックのコーディネート
澤田:率直な質問なのですが、ご旅行などで荷物が多いとき、お着物はどのようにしておいでですか? 私はいつでも荷物が多くて、資料や本、パソコンなどを詰め込まなければいけなくて。一時は手持ちのカバンにしたこともあったんですが、やっぱり無理で、リュックが一番多いんです。それでもどんどん荷物が増えていて。
伊藤:私も着物でリュックを担ぐことがありますよ。そのときはタートルを着て、上に大島紬やウールなどのざっくりした着物にします。広衿(ひろえり)だと衿がだんだん出てきちゃうんですけど、バチ衿(半分に折った状態で縫いとめてあり衿肩回りから衿先に向けて幅が広くなっている衿のこと。形状が三味線を弾く時に使うバチに似ていることからバチ衿と呼ばれる)のものを着るようにしています。でもやはり遠出するときはキャリーケースを使うことが一番多いですかね。
澤田:リュックのとき、帯はどうされているんですか?
伊藤:半幅帯でカルタ結びや貝の口など、ペタンとしたものにしています。前に結んでしまうこともありますね。思い出したのですが、さすがに東京の満員電車は、京都では想像できないほどの混み具合なので、その時だけ帯を前にできればなといつも考えています。
澤田:電車は着物との相性が悪いですよね。吊り革も、着物だと袖が落ちてきてしまってつかめないですし、不便だなといつも思います。
伊藤:明治に入って導入されたものは基本的に洋服で乗る・使うを前提にしていますよね。
シャープな着付けの東京、丸みのある京都
——京都ご出身のお二人から見て、東京での着物の着方は異なりますか?
澤田:そうですね、どちらが良い悪いではなく、東京では衿の抜き方が違うなと感じたことがあります。東京はシャープな感じで着付けるのに対し、京都は衿に丸みを残すように思います。
伊藤:京都の芸妓さんや舞妓さんは衿を丸くつくりますし、確かにそういう印象がありますね。東京はV字に抜くこともあって、どちらかというと粋な着付け方をされる方が多い印象です。
——伊藤仁美さんの連載「和を装い、日々を纏う。」の中でも、京都には宮中の文化がベースにあり、東京には江戸っ子の町人文化がベースにあると書かれていましたね。着付けの仕方にもその違いが見えると。
伊藤:そう思います。他にも、京都は色を重ねて遊ぶ傾向がある一方、東京では柄合わせで遊ぶような感じがあります。私は、東京に来てからグレーがとても好きになりました。特に江戸小紋(江戸時代から伝わる「型染め」による染めもののこと。武士の裃から発達したとされる微細な型染め模様も特徴)には多種多様な灰色があって、一見、色無地に見えても、実は型染めで細かい模様が入っている。まさに江戸の文化が詰まっている感じがして、好きになりました。
澤田:お草履も違いますよね。
伊藤:そうですね。鼻緒の形やかかとなどもさまざまで、色使いも異なる気がします。たとえばかかとの高さに関しては、東京では通好みの地下付け草履のように、一般的な草履に比べるとかかとがとても薄いものを好んで履かれる方も多いですね。
澤田:私は今も同志社大学に籍があるのですが、少し前に卒業式があったんです。今の女の子たちって、卒業式に多く袴をつけますよね。その色合わせの仕方が大きく二つに分かれていることに気づいたんです。一つは、黒に近い紺の袴に赤などの華やかな印象の着物をシャープに合わせる感じ。もう一つは、パステルカラーの薄いサクラ色と濃い桜色を組み合わせたような雰囲気。どちらも「今はこんな合わせ方があるんだ、かわいい!」と思ったんです。
あと、袂(たもと)も袖丸(袖の丸みのこと)がとても大きい子がいて、和服というよりも「漢服」に近い感じがあって、和装も進化しているというか、今の若い子たちの感覚がすごく良いなと思って眺めていました。
伊藤:若い子たちの色使いなどから刺激をもらうことは私も結構多いです。「素敵な組み合わせ!」と感じることがたくさんあります。
ルールに縛られず、もっと気楽に
——洋服に比べて、着物には「正しい着付け方」のようなルールがたくさんあるように感じられますが、お二人はこれまでにない色の合わせ方や着方でも「素敵」「かわいい」と感じて取り入れることがおありなんですね。
澤田:着物の歴史は長いですが、明治時代や大正時代の人たちは現代の我々とは全然違う感覚で着物を着ていましたし、四角四面なルールで縛ってしまうよりも、もっと気楽に楽しんでいいのではないかと思いますね。
伊藤:私は本当に若い人たちに勉強させてもらっているんです。レースを合わせたり、そういう姿をSNSで発信するのも上手ですし。「入り口」はどこからでもいいと思うので、私はとにかく「私も着物を着たい」と思う人が増えてくれるのが一番良いことだと感じるので、応援したいというか、勉強させてもらうつもりで見ています。
澤田:時代に合わせて仕立て直せるというのも着物の良さだと思いますね。
伊藤:その通りですよね。私の場合、おばあちゃんからもらったけれどあまり着ない羽織を、形を変えて帯にしたりしています。染め直しもできますし、特に染め直しをすると、色が変わって新たな仕立てとなった中に以前に使っていた人の息吹が感じられたりして、やはりそこが着物の良さだと感じます。
澤田:私もこの間、自分が10代のころに仕立ててもらったピンクの可愛い小紋があって「さすがにもう着られないな」と思っていたんです。そうしたらお世話になっている呉服屋さんから「少しだけ色をかけては」と言ってもらい、染め替えていただいたら、落ち着いたすごく良い色になったんです。思い出の詰まったお気に入りを、捨てずに、時間が経っても長く使えるのは、純粋に嬉しいことだと思います。
先ほどお話しした通り、私のもとには親類縁者から一時たくさんの着物が集まってきたのですが、「これはすごく丈が大きいから、体の大きかった○○おばさんのやつだね」とか、「八掛(袷の着物の裾の裏につける布)にこんな色がつけてあるなんて、○○さんらしくておしゃれだね」といった感じで、染め替えた私の着物のように、着ていた人の物語や人となりが感じられることも、着物の大きな魅力の一つですよね。
【後編に続きます】
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)
Profile 澤田瞳子
1977年、京都生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。2010年に『孤鷹の天』でデビュー、中山義秀文学賞を受賞。2016年『若冲』で親鸞賞、2021年『星落ちて、なお』で第165回直木賞受賞。近著に平安時代を舞台にした『のち更に咲く』。同志社大学客員教授。
▼澤田瞳子さんの連載はこちら
美装のNippon
Profile 伊藤仁美
京都祇園の禅寺に生まれ、着付け師範、芸舞妓の技術を習得。 「日本の美意識と未来へ」を掲げ、着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、 未来へとつないでいく事をテーマに『enso』を主宰。講演やメディア出演他、オリジナルプロダクトや着物の研究を通して、着物の可能性を追求し続けている。着物を日常着として暮らす一児の母。
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和を装い、日々を纏う。