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Fashion&きもの

2025.01.14

最高の「色」に命を懸ける。着物文化の未来のために【伊藤仁美+廣瀬雄一 対談】後編

四季の移ろいや自然との調和に根づいた日本の美意識は、衣服にもその結びつきの深さを見て取ることができます。京都・両足院に生まれ育った着物家・伊藤仁美さんの連載「和を装い、日々を纏う」の特別企画では、古来の自然観や価値観を受け継ぐ人々と仁美さんが対談し、日本の美の源泉を探ります。

ウインドサーフィン選手からの転向

伊藤 ところで、廣瀬さんはウインドサーフィンでシドニーオリンピックの強化選手にもなられ、その後江戸小紋の世界に転身されました。どういういきさつだったのですか。

廣瀬 18歳でナショナルチームの5人に入れたのですが、オリンピックに出れるのはその5人の中で1人だけ。結局、僕は出られませんでした。本当はもう少しやりたかったんですが、大学卒業のタイミングで周囲から家業の道を勧められました。

自分の中では子供の頃から見ていた江戸小紋が好きでしたが、やはりしばらくは失望感がありました。でもあるとき同世代の職人の作品を見たときに「すごい!」と正直に思ったんです。そのときに心のもやもやも吹っ切れて、未練のような感覚がなくなりました。

伊藤 それはどのような作品だったんですか?

廣瀬 藍田愛郎さんという江戸小紋師の作品です。愛郎さんは僕の1歳上なんです。彼の作品を見たときにその完成度のすごさに鳥肌が立ちました。

廣瀬さんの作品

完成度というのはバランスが難しくて、商品になるか否かという意味で言えば、おそらく職人が持つ技術の7~8割くらいでも十分な完成度は出せると思います。でも、愛郎さんの作品を見て、自分もやはり10割の完成度に到達してみたいと感じました。それから自分自身の仕事に対する考え方も変わっていったように思います。

だから僕も先人先輩たちが築き上げてきた技術に早く追いつきたいし、追い抜いていきたいというふうに思っています。

あまりにも「和」に囲まれた環境

——一方の伊藤さんは、京都最古の禅寺ともいわれる建仁寺の塔頭「両足院」に生まれ、和の空間に囲まれて育ちました。ご自身の生まれ育った環境に対して、若いころは反発心があったそうですね。

伊藤 そうです。反発心というより、いわゆる「和」の文化に囲まれ過ぎていたので、逆に洋風に憧れていた部分がありました。出窓があるお家で、ティーカップで紅茶を飲んだりする暮らしにずっと憧れていました(笑)。

でも、家を出た後でやはり「すごい場所にいた」ことを実感しましたし、他の場所では失われつつあるような文化——たとえば床の間にお軸がかけてあって、そこでお抹茶を点てて静かに頂くといったような暮らし方があまりにも当たり前にあったっことに気づきました。今考えてみれば非常に「特殊な環境」なのですが、そのありがたさに気づいたのはかなり時間が経ってからでしたね。

そうした生活をいまになって追いかけているというか、幼少期に経験させてもらったことを日常の中にもう一回戻してみたいという感覚はあります。小さいころからいろんな美しいものを見せてもらっていたことに感謝しています。

「好きになったものしか成功しない」

伊藤 廣瀬さんは江戸小紋を通して未来に届けたいメッセージはありますか。

廣瀬 そうですね。考えてみると日本には各地にさまざまな伝統工芸や技法がありますが、僕はそのすべてを必ずしも残さなければならないとは思わないんです。時代の移り変わりで人々が必要としなくなったのならば、消えていくものもあっていいと思います。

でも、僕自身はこの江戸小紋をなんとか残していきたい。自分がどういうメッセージを伝えるべきかはわかりませんが、とにかく僕は美しい反物をいかに染め上げるかということだけに命を懸けていこうと思っています。これだけの技術と歴史のあるものは世界的に見ても稀有なものだと思いますし、これが自分のルーツでもあるので、それをもっと広く知ってもらいたいと思っています。

伊藤 なるほど。視野は大きく広げつつ、核となる技術については深く掘り下げていくというのはなかなか誰にでもできることではないと思いますが、でも先程作業の様子を見させていただいた時に廣瀬さんがそのためにどれほど努力されているのか、その一端を垣間見させていただいた気がします。


着物家としての自分を振り返った時に、私自身も「幅」は広くを持っていたいと思っているんです。「この着物はあの帯と合わせなきゃいけない」とか「こういうところで着なきゃいけない」という発想はあまり持ちたくないんです。そうしたことに囚われてしまうよりも、若い方のすごくカジュアルな着こなしだとか、和洋の合わせ方などもすごく素敵だと思いますし、それを素敵だと思える自分でいたい。

いろいろな人がさまざまな楽しみ方をし、美は一通りではなく、それぞれの美を認め合う事こそ、着物文化が広がっていく、そしてこれからも残っていくために一番必要なことだと思っています。

廣瀬 自分の仕事を振り返ってみても、「好きになったものしか成功しない」と思うんですよね。僕も息子には継いでほしいとは思いますが、まずは彼が江戸小紋を「好き」じゃなかったらそれは苦しいだけになってしまう。

伊藤 息子さん、楽しみですね。

廣瀬 まだもう少し先の話だとは思いますが(笑)。

(Text by Tomoro Ando/安藤智郎)
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)

Profile 伊藤仁美
着物家/株式会社enso代表
京都祇園の禅寺に生まれ、着付け師範、芸舞妓の着付け技術まで持つ。「日本の美意識と未来へ」をテーマに「enso」を主宰。講演やメディア出演他、オリジナルプロダクト「ensowab」や国内外問わず様々なコラボレーションを通して、着物の可能性を追求し続けている。着物を日常着として暮らす一児の母。
▼伊藤仁美さんの連載はこちら
和を装い、日々を纏う。

Profile 廣瀬雄一
江戸小紋染職人/「廣瀬染工場」四代目
1978年、東京都生まれ。10歳から始めたウインドサーフィンでシドニーオリンピックの強化選手として活躍。大学卒業後、家業の「染め物」という日本の伝統文化で、海外に挑戦する夢を抱く。江戸小紋を世界中に発信するビジョンを実現すべく、日本橋三越などで作品を販売しているほか、フランスのデザイナーとコラボレーションした作品「パリ小紋」など新しいジャンルの開拓や、ストールブランド「comment?」立ち上げなど意欲的に活動している。

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和樂web編集部

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