幼少期から日本を愛した、ムッシュ ディオール
「浮世絵を模した大型パネルが階段全体を飾っていました。そこに広がる歌麿と北斎はさながら私のシスティーナ礼拝堂。それを何時間も眺めていたことを覚えています……」
ムッシュ ディオールは、自叙伝において、グランヴィルにあった一家の邸宅「レ リュンブ」の1階を回想してこのように語りました。豊かな日本の文化は彼の生涯を通してインスピレーションの源であり続け、また彼は日本のファッションにインスピレーションを与えた最初のヨーロッパのクチュリエとなったのです。
その結びつきを確かなものにしたのは、1958年のこと。クリスチャン・ディオールは、明仁親王の妃となられる美智子様のために、3着のウェディングドレスをデザインしました。それ以降も、北斎の版画『神奈川沖浪裏』を思わせるモチーフに包まれたリネンコートを発表するなど、日本とディオールは関係を深めていきます。京都・東寺で開催された「2025年フォール コレクション」は、その固い絆を象徴する舞台となりました。
京都の龍村美術織物、友禅作家の5代目田畑喜八氏、染色工房の福田工芸染繍研究所とコラボレーションした本コレクションは、日本の伝統技・職人技と、フランスのクチュリエの技が融合された作品が多数発表されました。
日本文化とマリア・グラツィア・キウリのDNA
2025年フォール コレクションで、ウィメンズ クリエイティブ ディレクターのマリア・グラツィア・キウリが目指したのは、世界各地の文化が持つ装いの伝統に光を当て、それらを繊細に結びつけることでした。彼女は、衣服を「平面」と「立体」という2つの視点から捉え直し、その本質に迫ろうとします。
その象徴的な試みのひとつが、キモノジャケット。これは、1957年秋冬コレクションでムッシュ ディオールが発表した、着物のフォルムを尊重しつつ洋装に落とし込んだ「ディオパルト」や「ディオコート」へのオマージュでもあります。キウリは、その精神を現代的に再解釈し、文化を超えたファッションの可能性を提示しました。
身体を包み込むようなゆったりとしたラインを湛え、時にはベルトで締めるデザインのジャケットやコート。シルクの生地に、シルエットを引き立てる日本庭園のスケッチ……。そのいずれもが貴重なクリエイションを構成しています。
アイキャッチ画像:© DAICI ANO