尚、聞き手はオフィスの給湯室を、国宝級の茶室に見立て抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
日本に興味をもったきっかけは、聴いてもパッと“喜怒哀楽”がわからない三味線と長唄
給湯流茶道(以下、給湯流):日本に興味をもってくださる外国人の多くは、アニメや漫画がきっかけ、というイメージがあります。でも、Andiさんは違ったとか?

Andi:母がバイオリンの先生で、自分もクラシック楽器のファゴットをやっていました。それで世界中の楽器をYouTubeで調べていたとき、日本の三味線や長唄(ながうた/※1)の動画を見つけたのが、きっかけです。
給湯流:三味線や長唄のどんなところに、惹かれたのですか?
Andi:西洋の音楽は「ハッピー」「悲しい」といった感情がはっきりしていますよね。でも三味線や長唄は、喜怒哀楽のどれでもない“何か”を表現していて、すごく新鮮でした。そこから「もっと知りたい!」と思って日本語を学ぶことを決めました。
給湯流:生まれも育ちも日本である我々には無い観点! 日本に興味をもつきっかけがマニアックで素敵です。
ハンガリーの国会議事堂が友禅染めになった振袖に釘付け!
給湯流:長唄から日本語に興味をお持ちになり、日本に留学されたのですよね。

Andi:1年間だけ留学する予定で来日しました。ですが、ちょうど日本にいるときにコロナが流行してしまって、1年のはずが数年間日本に残ることになったのです。
給湯流:それは大変だ!
Andi:コロナ禍で日本に滞在し続けた2020年、「KIMONOプロジェクト」という企画を見つけました。日本の着物作家が、各国の文化・歴史・自然をイメージした振袖をつくるプロジェクト。その中でハンガリーの振袖をネットで見て、「これ欲しい!」と強烈に思ったのです。
給湯流:どんなところが、良かったのでしょう?
Andi:その振袖にハンガリーの国会議事堂が描かれていたのです。建物が振袖に描かれているのが最高に素敵でした。しかも、ハンガリー刺繍を参考にした模様もついていて。当時コロナ禍で帰国もできず、ホームシック気味だったので、故郷で見ていた風景がなつかしい気持ちもあって「欲しい!」と思ったのだと思います。
給湯流:なるほど。
Andi:でも、その振袖は何百万もする高価なものでした。当時学生だった自分に到底買えるわけがありません。だったら自分で作るしかない。それでフリマなどで安く買える古着の着物にハンガリー刺繍をしてみようと考えたのです。
小麦やパプリカがモチーフ? ハンガリー刺繍のかわいい世界
給湯流:ハンガリー刺繍は日本の着物の刺繍と、どう違うのでしょう?

Andi:まず役割が違います。ハンガリー刺繍は布を丈夫にするのが目的。だから木綿の糸を使うのが基本です。
給湯流:木綿の糸とは、知りませんでした。絹糸を使う日本刺繍とは異なりますね。
Andi:木綿の糸だから、水洗いもできます。半襟(はんえり/※2)にハンガリー刺繍をしたら、洗濯もできて便利です。
給湯流:半襟に木綿の糸の刺繍。とても相性がいいですね!

Andi:刺繍のモチーフは、お花のほかにパプリカや麦、ブドウなどがあります。
給湯流:パプリカ? 日本刺繍といえば、花鳥風月といったイメージです。でもハンガリーでは食べ物も刺繍にするのですね。パプリカはハンガリーでよく食べる野菜ですか?

Andi:パプリカを直接食べるというより、乾燥させて粉にして調味料としてよく使います。
給湯流:なるほど! 日本だったら、鰹節や醤油が刺繍されている感覚ですね(笑)。
Andi:麦やブドウもハンガリーでポピュラーな農作物です。ハンガリーの地域ごとに特徴もあります。葉っぱの色が二色だったり、色数が少なかったり、一色だけで刺したり。

給湯流:ハンガリー刺繍といえば、赤や黄色など鮮やかな色のイメージがあります。でも実際は一色の刺繍もあるのですね。
Andi:現在は20種類ほどのハンガリー刺繍が残っています。
古着の着物と、ハンガリー刺繍をした半襟のコーディネートが楽しい
給湯流:ハンガリー刺繍をした半襟と、日本の着物をどんなふうに合わせているのですか?

Andi:古着屋で安い無地の着物を買って、そこにハンガリー刺繍をした半襟を合わせることが多いです。たとえシンプルな着物でも、楽しくなるのですよ。
給湯流:アクセサリー感覚で楽しめるわけですね。
Andi:ほかにも、古着の着物で汚れがついている部分にハンガリー刺繍をすることもあります。ただ、着物本体に刺繍をし始めると面積が大きいので日数がかかります。半襟なら数週間で完成しますし、いろいろな着物と合わせられるので面白いです。
給湯流:ハンガリー刺繍を半襟にすることは、いろいろな面で良いのですね。
人生初のワークショップを“手芸のつまみぐい”ができるクラフトラウンジ京都・有閑堂で開催
給湯流:最近は、人生初のハンガリー刺繍のワークショップを開催されたとか?

Andi:はい、京都の「有閑堂」というクラフトラウンジで初めてワークショップをしました。ここは時間料金制で、刺繍や編み物、水引やレザークラフトまで道具が揃っているのです。
給湯流:おお、手芸好きには天国ですね。

Andi:参加してくださった方の年齢幅が広くてびっくりしました。高校生から60代の方、毎日着物を着ている方まで。和裁をお仕事にしている人もいらして、とても嬉しかったです。
給湯流:いろいろな層のお客さんが集まったのが、すごいです。
Andi:現代は、いろいろなものが加速化しています。常にスマホをさわり、大量の情報を浴びて忙しい。でも刺繍をする間は、1つのことに集中してチクチクできます。ちょっと心が落ち着き、リラックス効果もある気がします。

給湯流:確かに、現代人に必要な時間ですね。
Andi:ぜひ、多くの人にハンガリー刺繍を楽しんでほしいです。手先が不器用だと心配しなくて大丈夫。完成するまでサポートしますので。どうしても時間が取れない場合は、注文を受けて私が刺繍をすることもできます。気軽に声をかけてほしいですね。
給湯流:関西弁もすらすらと話すAndiさんと、幅広い年齢層の仲間と一緒にハンガリー刺繍をするのは本当に楽しそうです。今日は、いろいろなお話をありがとうございました!
ハンガリー刺繍作家Andi
ハンガリーの首都ブタペスト出身、京都在住。大学留学で初めて来日。ワーキングホリデーで能登半島の旅館で仲居として働いた後、京都の大学院に留学。
現在は京都で会社員をしながら着物と刺繍をエンジョイ中。
注文を受け、ハンガリー刺繍をすることもできます。Instagram、XのDMまたはホームページの問い合わせからご連絡ください。

・HP:https://kimosato.jp/kimono_hungary_andi/
・X:https://x.com/retrokimonolove
・Instagram :https://www.instagram.com/kimono.hungary_andi
Andiさんのワークショップに参加できる! 京町家のクラフト・ラウンジ「有閑堂」
京都・二条城前の築100年以上の京町家に2025年9月にオープンしたクラフト施設。
デジタル社会に生きる忙しい現代人に、没頭する幸せと世界各地の手工芸との出会いを届ける場として、
通常は道具を自由に使える時間料金制のクラフトスペースとして運営。

各種ワークショップなど体験イベントやクリエイターとの交流会や茶会、展示などを企画中。
10月にはAndiさんに刺繍を依頼した特注の帛紗を使い、刺繍枠を満月に見立てた「ハンガリー刺繍を愛でるお茶席」も開催した。

予約不要・ご利用は高校生以上・水木定休(営業情報はSNSをご参照ください)
京都・山元染工場のテキスタイルブランド「ケイコロール」にオーダーした華やかなのれんが目印。
・Instagram:https://www.instagram.com/craftlounge_youcando.kyoto/
・X:https://x.com/youcandoowner

