連載

Fashion&きもの

2026.07.28

着物をたたみながら、10年という時間を振り返る【和を装い、日々を纏う。】15

着物家として活動する伊藤仁美さん。京都の禅寺、両足院に生まれ育ち、現在は着物を通して日本の美意識の価値をひもとき、未来へとつないでいくことをテーマに講演やイベント出演など幅広く活躍しています。この連載ではこれまでの彼女の歩みや日々纏う着物の魅力について語って頂きます。

前回までの連載はこちらからご覧ください

心地よく美しい音が教えてくれること

このたび、久しぶりに引っ越しをしました。荷造りをしながら、一枚一枚、着物をたたんでいきます。手に触れるたび、その着物を纏っていた頃の光景が、静かによみがえります。

十年前、上京したばかりの私は、新しい土地で自分の居場所を探すことに精一杯でした。引っ越しを機に身の回りのものと向き合ってみると、それらが鏡のように、今の私を映し出していることに気づきました。

たたむ手がゆっくりになるのは、決まって、しばらく袖を通していない小紋です。色柄に力があり、どこか主張のある着物。当時の私は、そんな着物を好んで纏っていました。

今振り返ると、あの頃の着物は「着るもの」であると同時に、自分を装い、守るためのものでもあったように思います。まだ居場所を探していた私は、装うことで、どこか必死に自分を支えていたのかもしれません。時を重ねる中で、私は少しずつ、さまざまなものを手放してきました。

「こうあるべき」という思い込み。肩に入っていた力。そして、とにかく答えを見つけようとする自分。その変化は、着物を纏い続けてきた時間と、無関係ではないように思います。

着物は、頭で考えるよりも先に、身体に問いかけてきます。衿元は心地よいか。帯の締まり具合はどうか。今日の光や風に、この一枚は馴染んでいるか。

そんな小さな身体の感覚に耳を澄ませることが、いつしか日々の習慣になっていました。朝の光や、昨日とは少し違う空気を感じながら、その日の一枚を選ぶ。着物に触れ、自分と着物がもっとも心地よく、美しく調和する、その日だけのかたちをつくっていく。

すると、気づけば呼吸が深くなり、心と身体が再びつながっていくのを感じます。その積み重ねが私の心身をととのえ、世界とのつながり方まで、少しずつ変えてくれたように思います。

引っ越しは、ただ住まいを移すことではありません。今、自分の周りにあるものを見つめることは、自分の在り方を見つめることでもあります。だとすれば、ワードローブは単なる衣類の収納ではなく、身体の記憶の積み重ねであり、生き方の軌跡なのかもしれません。

今回の引っ越しであらためて気づいたのは、「今、何を持っているか」よりも、「これまで何を手放してきたか」ということでした。一つひとつの選択が、今の私という身体をつくり、暮らしを育み、今日纏う一枚へとつながっているのだと思います。

新居の、まだ何もないクローゼット。そこへお気に入りの着物を一枚ずつ納めながら、この十年という時間は、着物だけでなく、私自身の身体と生き方も、少しずつ育ててくれていたのだと、しみじみ感じたのでした。

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伊藤仁美

着物家/伊藤仁美 京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。 オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
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