ルーヴルの至宝を、小さな文字盤の中へ
イベント当日、参加者はロールス・ロイス、レンジローバーによる送迎で表参道へ。到着したのは「ヴァシュロン・コンスタンタン ギャラリー 1755 表参道」。その名に冠された「1755」は、もちろんメゾンの創業年です。

この日、参加者を最初に迎えたのは、「メティエ・ダール – 偉大な文明へ敬意を表して –」の8本のタイムピースでした。ヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館との芸術的・文化的パートナーシップから生まれたこのコレクション。2022年に最初の4本が発表され、2026年、新たな4本が加わりました。新作では、ファラオ時代のエジプト、アッシリア帝国、古代ギリシャ、ローマ帝国という4つの文明から、ルーヴル美術館の専門家とともに作品が選ばれています。
2枚目:「メティエ・ダール – 偉大な文明へ敬意を表して – サモトラケのニケ」。ルーヴルを代表する勝利の女神像を18Kホワイトゴールドの彫刻で表現。翼や衣のヒダまで細やかに彫り込まれている。
3枚目:「メティエ・ダール – 偉大な文明へ敬意を表して – ダレイオス王のライオン」。アケメネス朝ペルシャの王宮装飾をモチーフに、立体的なライオンと鮮やかな色彩を細密な工芸技法で再現。
4枚目:「メティエ・ダール – 偉大な文明へ敬意を表して – タニスの大スフィンクス」。ファラオ時代のエジプトを象徴するルーヴル美術館所蔵の名品を、彫金やエナメルなどの装飾技法で文字盤上に表現。




美術館では巨大な彫像として目にする作品が、今度は手首に収まる時計へ。しかし、これは単に美術品を“小さくした”ものではありません。彫金、エナメル、ミニアチュール、マイクロモザイク、石彫など、メゾンが受け継いできた装飾工芸を駆使し、原作の精神そのものを時計という異なる表現へ置き換えているのです。時計というより、小さな美術館を覗き込んでいるような感覚に誘われます。
美術の中にも「時」は存在する
和樂の高橋木綿子統括編集長の挨拶、そして茶炉音・ド・和樂の鈴木 深支配人による乾杯ののち、この日のメインとなるクロストークが始まりました。登壇したのは、西洋美術史の研究で知られる池上英洋さんと、長年、世界の時計づくりを取材してきた柴田充さん。
池上さんが最初に取り上げたのは、美術における「時間」でした。西洋美術には、翼を持ち、鎌を手にした老人として「時」が擬人化されることがあります。翼は、時間が飛ぶように過ぎ去ることを示し、鎌は命を刈り取るもの。墓碑彫刻では、悲しむ人のかたわらにこの「時」の擬人像が置かれ、「どんな悲しみも、時がやがて癒してくれる」という意味を担うこともあるといいます。

時計は時間を計るもの。しかし美術は、はるか昔から、時間そのものを“見るもの”として表現してきたのです。話はさらに、ルーヴル美術館を代表する《サモトラケのニケ》へ。大階段の頂に立つ、翼を広げた勝利の女神。現在では世界で最も有名な古代彫刻のひとつですが、その姿には頭部も両腕もありません。
池上さんは、欠損しているからこそ人間の想像力が刺激されるのだと語ります。完全ではないから、かつてはどのような姿だったのだろうと人々の想像力を掻き立てるのです。そして二千年以上の歳月を経て、戦争や社会の変化をくぐり抜けながら現在まで残ったその「時間」までを含めて作品なのだと説明します。
一度その話を聞いてから、文字盤上の「サモトラケのニケ」を見ると、時計の見え方まで変わってきます。
数千年前の文明と、270年を超える時計づくり
では、なぜヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館なのでしょうか。柴田さんは、両者の関係がルーヴル美術館所蔵の歴史的な時計の修復を支援したことをひとつの契機として深まり、2019年に正式なパートナーシップを結んだ経緯を紹介しました。背景にあるのは、単に美しいものを生み出すだけではなく、優れた芸術や技術を守り、次の世代へ伝えていくという共通の思想です。
そしてトークは、時計と美術に共通する「修復」というテーマへ。
池上さんは、イタリアで暮らした経験にも触れながら、ヨーロッパでは靴や家具、時計など、良いものを修理しながら長く使い続ける文化が根づいていると話します。そして、ある宗教美術の修復をめぐるエピソードを引き合いに出しながら、「作品は作り手を離れると、持っている人のものでもある。その人の思い入れや歴史がつながっていく」と解説します。修復にはひとつの絶対的な正解があるわけではない、というのが池上さんの考えです。

長年使われた時計には、ケースについた小さな傷も、その時計と持ち主が過ごした時間の一部かもしれません。一方で、内部の機構は正しく修復しなければ、その先の世代へ時を刻み続けることはできない。何を残し、何を直すのか。「修復」とは、過去を消して新品に戻すことではなく、そこに積み重なった時間を受け止めながら、未来へつなぐための営みなのです。
270年以上にわたり時計づくりを続けてきたヴァシュロン・コンスタンタンにとっても、これは重要な使命です。古い時計を修復するためには、現在では使われなくなった技法や工具が必要になる場合もある。時には過去の資料をひもとき、当時の技術そのものを学び直して修復に臨む——。そんな時計づくりの姿勢も、トークの中で紹介されました。
美術館と時計メゾン。一見異なるふたつの世界を結んでいるのは、過去の名品をただ保存することではなく、そこに宿る技術や記憶まで含めて、次の時代へ受け渡していくという「継承」なのです。今回、初来日した8本のコレクション「メティエ・ダール – 偉大な文明へ敬意を表して –」にも、その思想は色濃く表れています。
2022年に発表された第1章では、ルーヴル所蔵作品の中心となる像を、主にゴールドの彫金によって立体的に再現。たとえば《サモトラケのニケ》では、わずかな厚みの中に、翼の広がりや衣のヒダまでを彫り出しています。古代ローマを題材にしたモデルでは、人物像の周囲に極小の石を組み合わせた装飾も。池上さんはその技術を目の当たりにし、「一点一点が美術品だと感じます」と驚きを口にしました。
一般的な腕時計のように文字盤の中央に時針や分針を置けば、立体的な造形を作るための空間が失われます。そこでこのコレクションでは、時刻や曜日、日付などを文字盤の周囲に設けた4つの窓で表示。中央部をひとつの“カンバス”として開放しました。高度な装飾工芸を成立させているのは、それを可能にする機械式時計の設計そのものでもあるのです。
「金を彫る」から「石を彫る」へ。2026年の新たな挑戦
そして2026年。「メティエ・ダール – 偉大な文明へ敬意を表して –」は、さらに新たな領域へ踏み込みました。大きな特徴となったのが、「グリプティック」と呼ばれる石彫の技法です。これまでゴールドで表現していた彫像を、今回は石そのものから削り出しているのです。
時計装飾のために培われてきた従来の工具だけでは、極小の石を思いどおりに彫ることはできません。伝統的な手仕事に加えて、現代的な技術も採り入れながら、古代の造形を数センチの世界へ再構築しています。ヴァシュロン・コンスタンタンも2026年の新作を、2022年作に続く「新たな章」と位置づけています。
数千年前、名もなき職人たちが石に刻んだ文明の記憶。それを21世紀の時計職人が、もう一度石に刻む。古代と現代の職人が、何千年という時間を超えてひとつの文字盤上で出会っているともいえるでしょう。
憧れの時計を、実際に腕にのせてみる!
イベントの締めくくりは、ヴァシュロン・コンスタンタンのさまざまな時計を実際に腕に乗せる、タッチ&トライの時間です。レディスで注目を集めたのが、「オーヴァーシーズ」と「エジェリー」。
“旅の精神”をテーマにした「オーヴァーシーズ」は、スポーティーでありながらエレガント。今回紹介された34.5㎜の「オーヴァーシーズ・オートマティック」には、ピンクゴールド製ブレスレットだけでなく、レザーやラバーのストラップが用意され、工具を使わずに交換できるインターチェンジャブル・システムが採用されています。

実際にラバーストラップへ替えてみると、同じ時計とは思えないほど印象が軽やかに。
「夏はラバー、秋冬はレザーというように、季節で変えるのも楽しそう」
「お店に持っていかなくても、自分で簡単に替えられるのがいいですね」
そんな声も聞かれました。
一方、「エジェリー」は、オートクチュールとオートオルロジュリーからインスピレーションを得たレディスコレクションです。「エジェリー・オートマティック」はケース径35㎜。文字盤に施されたプリーツを思わせる模様、縫い針を想起させる繊細な秒針など、時計と服飾の感性が重なります。交換可能なストラップを備えたモデルも用意され、赤やベージュなど色を替えるだけで印象は一変します。
「時計だけ見ると華やかなのに、腕にのせると意外と馴染む」
そんな驚きの声も。


また、メンズでは、「ヒストリーク」「パトリモニー」、そして「トラディショナル・コンプリートカレンダー」などが登場。クラシカルな雰囲気を纏った時計は、秋冬シーズンやビジネスシーンにもぴったりです。

ケースの中では“美術品”のように見えていた時計も、自分の腕にのせれば一気に印象が変わります。
「今日で時計熱が一気に高まりました!」
そんな声まで上がり、会場は最後まで時計談義で盛り上がりました。
時間を計るものから、時間を受け継ぐものへ
数千年前につくられた古代美術。世界の名品を守り伝えるルーヴル美術館。そして1755年以来、時計づくりを続けるヴァシュロン・コンスタンタン。この日、トークを通して浮かび上がったのが、「修復」と「継承」というふたつの言葉でした。

美術品も時計も、つくられた瞬間だけで完結するものではありません。時を重ね、傷つき、時には修復されながら、人から人へと受け渡されていく。その過程で加わった記憶もまた、そのものが生きてきた「時間」の一部なのかもしれません。

古代の職人から、ルーヴル美術館へ。ルーヴル美術館から、現代の時計職人へ。そして時計職人から、それを腕にする人へ。時を超えて、美を受け継いでいく。ヴァシュロン・コンスタンタンとともに、そんな壮大な“時間の旅”を味わう「茶炉音・ド・和樂」の1日だけの贅沢なイベントとなりました。

これからも『和樂』および『和樂web』では、多彩なゲストをお招きし、美術や文化、美しいものと出合う特別な時間をお届けしてまいります。今後のイベントにも、ぜひご期待ください!
「茶炉音・ド・和樂」のご案内
『和樂』と『和樂web』では、今後も読者のみなさまにお楽しみいただけるスペシャルなイベントを企画しています。
このような特別な企画、プレゼントのご案内は「茶炉音(サロン)・ド・和樂」ご登録のみなさまへお届けします。ぜひお気軽にご参加ください!

