内覧会狂想曲第1弾
梅咲き誇る2月・・・そう、梅といえば日本美術ファンなら、あの琳派の名作中の名作、尾形光琳作の『紅白梅図屏風』がみたい!と思うもの。この日本美術史上の最高傑作を有する熱海のMOA美術館は、毎年この時期に、この貴重な国宝絵画の展示をすることでも人気を博しています。さらに今年は、MOA美術館が全面改修を終えて約1年ぶりにリニューアルオープンする時期と重なり、いっそう大きな注目を集めているのです。しかも!そのリニューアルを手がけたのが、あの、現代美術作家の杉本博司氏となれば、期待度MAX100%!
ということで行ってきました、リニューアルオープンの記念内覧会へ!
特別内覧会とレセプションが開催されたのは今年2月3日。熱海、湯河原では梅林の梅も見頃を迎えようとしていた時期。日本美術関係者がこぞって訪れる大盛況の内覧会となりました。
MOA美術館というと、なんといってもバス停前の入口から、山上にある本館まで続く長大なエスカレーターが有名。まるで天上界に誘われるかのような仕掛けに、1980年代に開館したときには大変大きな話題となりました。今回のリニューアルではまず、この“天上界”の円形ホールが大変身! プロジェクションマッピングを使用して次から次へとめくるめく幻想の世界が円形ホールのドーム型天井に繰り広げられ、うっとり見とれてしまいます・・・。が、そんなことは言っていられません。何より杉本博司氏が設計を手がけた、本館へと急がねば!
室瀬和美先生作の根来塗りの扉が美の殿堂に誘ってくれる!
通常はこの円形ホールから本館玄関フロアへとさらにエスカレーターが続きますが、この日の内覧会では、一度、ヘンリー・ムアの彫刻で有名なムアスクエアへと出て、ドラマティックな大階段を上って正面玄関へと向かいます。ちょっと年配の方にはきつい上り階段ですが、その理由は玄関を入るときに明らかになりました。
なんと出迎えてくれたのは、本館玄関に設置された4メートルの巨大な漆塗りの扉!表からみると美しく艶めく黒の漆塗り。そして館内に入って振り向くと今度はLe Rouge et le Noir! いえいえ、漆の片身替り盆のような黒と赤の、やはり漆塗りの扉で、その存在感には圧倒されるばかり!
この漆の扉は、同館の運営母体=公益財団法人岡田茂吉美術文化財団代表理事で、人間国宝の室瀬和美先生の作。根来塗りの美しさ、神々しさ! 日本の工芸界の第一人者によって生み出された扉が、これから繰り広げられる美の殿堂への入口となって、私たちを迎え入れてくれるという仕掛けです。
うーーーん、この演出には一本とられました。
これまでと大激変!あまりのモダンな展示空間にビックリ!
さて、正面玄関を入って右のメインロビーへ!ここからは熱海の温泉街から相模灘まではるか見渡せ、こころが晴れ晴れとします。で、メインロビーを通り抜けて、いよいよ杉本博司氏設計の展示室へ!まずは、展示空間に入る扉へと続くアプローチ廊下・・・美術品に出合う前のこの段階から既に気持ちの高鳴りがおさえられません。通常の美術館の床と違い、まるで禅の名刹に紛れ込んだかのような格子の床!そして美しい障子戸のような扉。美術館に入っていくというのではなく、まさに名寺院を訪れたかのような錯覚にとらわれます。
一歩入ると、以前の展示室とはすっかり違った、あまりにもモダンな空間に瞠目せざるを得ません。展示室内はそれ自体が現代アートであるかのような、大きな黒漆喰の壁で仕切られています。通常の美術館より少し薄暗く、妙に落ち着く光量で、展示ケースの中の美術品がいっそう輝いてみえます。さらに驚くべきことに展示ケースの中には、畳が敷かれていたり、杉の一枚板が敷かれていたり! 美術品がすべて、畳か一枚板の上にのせられて展示されているのです。
室町時代の光の中で!大床の上の美術品を鑑賞!
リニューアルオープンのレセプションで挨拶に立たれた、杉本博司氏はその意図について、「室町時代の光の中で美術品を鑑賞する」という、今回のリニューアルのコンセプトについて語られました。
慈照寺東求堂にも通ずる光。足利義政もみたであろう光と同じような陰影の中で、日本美術の作品をみる!
なんと素晴らしいコンセプトでしょう!さらにはその展示ケースについての意味も、モダンな美術館の中に大きな床の間をつくり、その床の間に美術品を飾って鑑賞する・・・と説明くださいました。
なるほど!
かつて和樂の取材で、建築家の谷口吉生先生が日本の住宅における床の間の意味について、「(日本人は)自分の家の中に床の間という小さな美術館をもっている」と話してくれましたが、まさに床の間は室町時代以来の日本人にとって、美術品を飾る最も重要な場所なのだということを思い出させてくれます。それをそのまま美術館という、現代建築の中に実現するというのは、本当に“コペテン(言葉使いが古い!)”的とも言える、発想のダイナミズムを感じざるを得ません。
屋久杉の一枚板や行者杉を使った展示ケース。現代的空間の中で、この日本独特の素材が実に美しくみえる感覚は新鮮でした。
一方、畳を使った展示ケースの方は・・・・
畳の上に美術品を飾ったように見えた展示ケースですが、実は畳に似せて紙でつくった「疑似畳」なのだそう。なんでもイグサでつくった本物の畳を展示ケースに入れると、そこに虫が付いたりして美術品を劣化させる可能性があるということで、文化庁からの許可が下りなかったということです。(じゃあ、寺院にある障壁画とかどうするんだとか・・・そもそも古い美術館の収蔵庫は畳敷きじゃないのか・・・とかいろいろ思ったりしますが、それはそれとして・・・)
いずれにせよ、この展示手法が、メチャクチャかっこいいのです。これはおそらく、今後の美術館の展示手法、美術館の設計に、新しい潮流を生むに違いない。・・・そんな予感がしました。
え?展示ケースにガラスがない?そう思うほど透明度の高いガラスを使用
リニューアルによって、もうひとつ大きな変化がありました。それは展示ケースのガラス。ガラスが入っていないようにみえるほど透明感があり、美術品に対するときの臨場感が半端ないのです!あまりの透明感に、顔を近づけた人が何人もガラスの展示ケースに顔をぶつけているのを目撃しました。ゴツン、ゴツン・・・そしてそのためにいくつかの鼻の脂も・・・。
今回のリニューアルオープンの記念展覧会の目玉でもある、国宝の「紅白梅図屏風」(尾形光琳)を、新しい展示ケースで拝見しましたが、以前にみたときとはまったく別物のようにみえるのです。ふっと息を吹きかけると、屛風に届くのではないかというような臨場感があり、紅梅、白梅の枝や幹のたらし込みの技法、さらには流水紋の金の線、繊細な梅の花の花弁の描き方など、天才光琳がその画業の最晩年にたどり着いたというクリエイションのすべてが、手に取るように鑑賞することができます。
今や美術館の展示手法はどんどん進化をしています。耐震、免震装置の設置、日本美術の大敵である湿度の管理。さらにはLEDを使用した美術品に優しい照明。そして、“高透過彽反射“を実現した、最新の展示ケース用ガラス。
同館では、個人での楽しみの範囲に限定し、さらにフラッシュや三脚を使わないという条件付で、同館の所蔵作品に関しては(他美術館からの貸し出し美術品は不可)、撮影も許可しているそうで、その太っ腹ぶりもうれしいところです。
今回のMOA美術館のリニューアルは、杉本博司氏の驚くべき設計と、最新鋭の技術によって、美術品に優しく、同時に“来館者ファースト”をも実現したことになるのです。さてさて、あまりの展示室の設計のかっこよさに、その説明ばかりが長くなってしまいましたが、このリニューアルを機に開催されている「リニューアル記念名品展」の中味も、ものすごいことになっていますので、それについての説明を・・・と、その前に、このMOA美術館の歴史と魅力についてちょっと説明いたします。(次号へ続く)
MOA美術館
住所/静岡県熱海市桃山町26-2 地図
開館時間/9時30分〜16時30分 (最終入館は16時まで)
休館日/木曜日(祝休日の場合は開館)、展示替日、年末年始
観覧料/一般1,600円 (1,300円)高大生1,000円 (700円)シニア割引1,400円障害者割引800円小中生無料
ホームページ/http://www.moaart.or.jp
【内覧会協奏曲(MOA美術館)】
第2弾 光琳に仁清!国宝3点、重文66点を所蔵する熱海の世界的美術館
完結編 北斎も歌麿も登場!リニューアル記念名品展はこんなにすごいぞ!