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2020.04.05

狩野長信「花下遊楽図屛風」を解説! 戦国時代のピクニック画の最高峰、幻の右隻が蘇る!

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春が来た! ピンク色のつぼみがふくらんで、ひとつ、ふたつと花開く。桜の開花のニュースは多くの日本人の心を浮き立たせずには置かない。春の訪れに触れてのワクワクは、同時に、お花見への期待でもある。桜の木の下に仲間と繰り出して、飲んだり、食べたり、歓談したり。ああ、なんて桜は美しく、宴は楽しいんだろう!

いまでは日本に暮らす外国人だけでなく、訪日外国人の春の観光の一番にHANAMIが挙がる。外国人向けの日本情報サイト、japan-guide.comでは、<Hanami can be just a stroll in the park, but it traditionally also involves a picnic party under the blooming trees./花見は公園を散策して花を見るだけでも成り立つが、伝統的には、桜が咲く木の下でピクニックパーティーが催される。>なんてことが和やかな集いの写真とともに紹介されて、お花見の現場で外国人が座を囲む姿も珍しくなくなった。

ピクニックスタイルであることは、花見をいっそう盛り上げる日本特有の桜鑑賞の流儀、といっていい。それは400年前も同様で、歌舞音曲はいまよりも断然にぎやかだったよう。現代に通じる<花の下でのどんちゃん騒ぎ>を描いた戦国時代のピクニック画の最高峰、それが国宝「花下遊楽図屛風」(かかゆうらくずびょうぶ)なのだ。

八重桜の下で宴を開いているのはいったい誰? プロジェクションマッピングを活用した展示では、花びらが舞い散る演出が粋。特別展「体感! 日本の伝統芸能ー歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊の世界ー」東京国立博物館 表慶館、~2020年5月24日(日)にて公開※展覧会は開催中止となりました。

徳川幕府の御用絵師、狩野長信が描いた「花下遊楽図屛風」とは?

「花下遊楽図屛風」は、江戸時代前期の絵師、狩野長信(かのう・ながのぶ/1577-1654)によるもので、国宝に指定されている。室町時代から江戸時代にわたり活躍した日本最大の絵師集団、狩野派にあって、その画風を開花させた永徳の末弟が長信だ。一族のなかでは最初に京から江戸に下って、徳川幕府の御用絵師に。二条城や日光東照宮などでの制作にも参加し、78歳で亡くなるまで狩野一門の長老として活躍した。

国宝「花下遊楽図屛風」 狩野長信筆 紙本着色 江戸時代(17世紀)六曲一双の左隻 148.6×355.8㎝ 東京国立博物館

当時の人々の暮らしぶりやファッションを生き生きと描く絵は、近世初期風俗画を代表する作品のひとつ。六曲一双屛風の左隻(左側)には、花咲く海棠(かいどう)の木が傍らに立つ八角堂の前で、桃山時代の最新モードを身に着けた女性たちが、風流(ふりゅう)踊りに興じるさまが。腰に刀を差すのは男装の一団。慶長8年のちょうど桜が咲くころに、出雲阿国がはじめた歌舞伎踊りを写した姿だ。画面からは踊り子が手拍子を打ち、鉦(かね)を鳴らしてはやし立てる、ウキウキとした声が聞こえてきそう!

左隻・部分。楽しそうに舞い踊る踊り手の、金泥を加えたきらびやかな衣装や道具に対して、背景の樹木や岩は水墨を中心とした控えめな表現。それが人物をいっそう引き立てる 画像提供/文化財活用センター、東京国立博物館

一方の右隻は、満開に咲き誇った桜の下での酒宴のようすを描く。けれど、写真をご覧のとおり、中央には謎の空白が……。いったい、どうしたというのだろうか。

国宝「花下遊楽図屛風」 狩野長信筆 紙本着色 江戸時代(17世紀) 六曲一双の右隻 148.6×355.8㎝ 東京国立博物館

東博恒例の春のイベント「博物館でお花見を」に展示されることが多い国宝「花下遊楽図屛風」。国宝室での展示でもこのとおり、中央に謎の空白が。(写真は2019年の様子。今後の展示予定は未定) 画像提供/文化財活用センター、東京国立博物館

にぎやかな花の宴に、主人公の貴婦人たちが約100年ぶりに戻ってきた

「屛風は実業家の原六郎氏が所有していたもので、明治時代には東京国立博物館で展示されたこともありました。絵画としての展示ではなく、桃山時代の風俗、とりわけ美しい衣装の描写があったことから、染織の展覧会で資料的に出品されたこともあります。それが明治40年代のことです。そして、大正12(1923)年の関東大震災の際に右隻の中央部分が失われたのです」と文化財活用センター 企画担当課長の松嶋雅人さんは説明する。「消失した部分にこそ、屛風の主人公である貴婦人たちが描かれていました」。

東京国立博物館 表慶館で開催される特別展「体感! 日本の伝統芸能―歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊―」で、玄関入ってすぐの吹き抜け空間に「花下遊楽図屛風」の高精細複製品が展示される。文化財活用センターとキヤノン株式会社との「高精細複製品を用いた日本の文化財活用のための共同研究プロジェクト」の一環で行われた制作で、消失部分の復元も試みられた。

復元された右隻がこちら。(復元部分がよくわかるようにトリミングしています)

桜の木の下に敷いた毛氈(もうせん)に腰を下ろし、美しい衣装に身を包んでにこやかにほほ笑むのが主人公の貴婦人だ。杯を片手に、このころ日本本土に伝わった三味線の音に聴き入って、このうえなく楽しそう。「主役は左隻で踊る人たちよりも右隻の貴婦人のほうですから、とても大きく描かれているんです」(松嶋さん)

長信が生きた時代から推測して、宴は秀吉が催した「醍醐の花見」をも想起させ、貴婦人は秀吉の側室淀殿、あるいは浅井三姉妹のいずれかといわれている。実に約100年ぶりに、花の宴に主役たちが戻ってきたのだ。

ガラス乾板に残されていたのは、撮影者さえ知らずにいた遊楽図のリアル

「花下遊楽図屛風」の完全な姿を唯一伝えるのは、明治時代にガラス乾板で撮影されたデータ。つまり、写真フィルム登場前の記録メディアで写されたもので、色はモノクロ(白黒)だ。「六曲の一隻ずつを撮影しています。大きさは25.3×30㎝の四つ切サイズ。中央の2扇はその一部ですから写るサイズは小さい。昭和時代に発行された『國華』に図版が掲載されていますが、研究者はその画像を見てこれまで研究せざるを得ませんでした」と松嶋さん。

※『國華』は岡倉天心らを中心に1889年に創刊された日本と東洋古美術の研究誌。現在も刊行を継続している、世界でもっとも古い美術雑誌

明治44(1911)年ごろに「花下遊楽図屛風」(右隻)を撮影したガラス乾板。唯一残されていたこのモノクロデータを手掛かりに復元が試みられた 画像提供/文化財活用センター、東京国立博物館

ガラス乾板に残された画像は現代の最高技術を用いてスキャニングされ、デジタルデータ化された。「人間の目で見たのではわかりませんが、ガラス乾板には光を反射する部分のあらゆるものが写しこまれています。撮影者さえ気づかないものさえ写っている。だから、今回の複製品制作では画像を原寸大に広げられました」。

デジタルデータから桜の木の下に座る貴婦人らの着物の柄は判明した。杯を手にした女性は藤の花の打掛を羽織り、隣で手を挙げている女性はツバキ柄の小袖をまとう。背中を向けた侍女の衣装には鹿の子絞りの柄がはっきりと。

「桜の花、枝や幹、地面、岩などは残されている画面の同一モチーフから判断して、色を載せています。貴婦人の横に座る少女の場合は左隣の扇に裾の色が出ていますから、これは全面展開できました。女性たちの肌の色も他と同じでいい。杯を持つ女性は部分的に模写があり、そこに『地赤』という文字が残されていたので、今回は試みとして赤を入れました。主人公なので、画面の中で一番明るい赤を見つけて入れています」(松嶋さん)

校正段階の屛風の前で説明をしてくれた、文化財活用センターの松嶋雅人さん。「桜の花びらに盛られた胡粉さえ、明治から100年以上の時を経て劣化が進んでいることもあって、残された部分と復元部分の調整は手間のかかる作業でした。でも、この絵ってまったく狩野派らしくないんですよね。私は長谷川派だと思っています」。松嶋さんについて詳しくはこちらの記事(国宝 聖徳太子絵伝)も参照ください

高精細複製品での色の再現はここまで。資料をもとに分析できる以上に手を施すのは、想像になってしまうからだ。つまり、「ウソはつかない」というのが文化財活用センターでの複製品制作における最低限のルール。それは作者に対する礼儀、守り伝えられてきた文化財に対するリスペクトということなのだろう。

「表慶館での特別展では、高精細複製品に映像で色を載せ、400年前の高貴な人々の花見の世界をダイレクトに感じていただけるよう、プロジェクションマッピングを使った体験型展示を行います。穏やかに鳥がさえずり、桜の枝が緩やかに揺れる。『花下遊楽図屛風』に描かれているのは、春先のうららかな世界。戦国時代の高貴な人も、現代の私たちも、桜や花見に求めている感情は変わらない。昔の暮らしと今の暮らしはこうしてつながっているのです」(松嶋さん)

いにしえの花見を体感し、その心に触れる。守り伝えられてきたオリジナルを鑑賞するタイミングを得たら、そのチャンスも逃さないで!

ユネスコ無形文化遺産 特別展「体感! 日本の伝統芸能ー歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊の世界ー」 基本情報

※展覧会は開催中止となりました。

東京国立博物館 表慶館 
会期:2020年5月24日(日)まで
住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
料金:一般1000円、大学生500円 高校生以下及び満18歳未満、満70歳以上は無料
開館時間:9:30~17:00、金曜・土曜は21:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日 ※5月4日(月・祝)は開館
※開館期間については東京国立博物館サイトなどでご確認ください
展覧会公式ウェブサイト 
東京国立博物館公式ウェブサイト

文化財活用センター

文化財活用センターでは高精細複製品を活用した「ぶんかつアウトリーチプログラム」(美術館や博物館、小・中・高等学校に無料で複製品を貸し出す)を行っている。教育現場にいる方は活用してみては?
公式webサイト https://cpcp.nich.go.jp

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書いた人

日本美術や伝統芸能(特に沖縄の歌や祭り)、建築、デザイン、ライフスタイルホテルからブラック・ミュージックまで!? クロス・ジャンルで世の中を楽しむ取材を続ける。相棒は、オリンパスOM-D E-M5 Mark III。独学で三線を練習するも、道はケワシイ。島唄の名人と言われた、神=登川誠仁師と生前、お目にかかれたことが心の支え。