先日、東京の桜の開花宣言がありました! 本格的な桜シーズン突入です。
「花」と言えば、日本では「桜」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
もちろん、江戸の人々も桜が大好き。桜が咲き始めると連れ立って花見に繰り出し、桜の花見を楽しんでいたことは、桜や花見を描いた錦絵が多く残っていることからもわかります。そして、大勢の人が集まる花見の場は、桜の花だけではなく、花見に集まった人々も見物の対象でした。このため、おしゃれをして花見に出かける江戸の女子たちも多かったと言われています。
そこで、この記事では、お花見中のおしゃれ江戸女子を描いた錦絵の中から、個人的に「素敵なコーデ!」と思ったものを選び、ファッションスナップ風に紹介したいと思います。
江戸のお花見事情
日本人の桜好きは昔から。お花見がレジャーの一つとなったのは江戸時代になってからです。
日本のお花見の歴史
平安時代初期に成立した勅撰(ちょくせん)和歌集である『古今和歌集』には1100首の和歌が収録されていますが、そのうち、桜を詠んだ歌は約70首もあるのだとか。その中に収録されている在原業平(ありわらのなりひら)の歌は、「知ってる!」「聞いたことがある!」という方も多いと思います。
世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし(古今和歌集53)
(もしもこの世に桜というものが全くないと仮定したら、人々の春の心は本当にのどかでいられるのだが)出典:『日本古典文学全集 11 古今和歌集』 小学館
現在のように桜が鑑賞の対象となったのは平安時代になってから。天皇・上皇の命によって編纂された勅撰国史である『日本後記』には、弘仁3(812)年2月12日の条に、嵯峨天皇が宮中の庭で「花宴の節」を催したことが記されており、これが記録に残る最初の花見とされています。貴族の間で桜の花見が急速に広まり、貴族の邸宅にも桜が植えられるようになりました。
鎌倉時代になると、武士の間にも花見の風習が広がり、その後、庶民の間でも徐々に花見が行われるようになります。その頃の花見は、屋敷や寺社の境内、山野にある一本の桜の名木の鑑賞のことでした。
庶民が盛んに花見を楽しむようになったのは、江戸時代の寛文年間(1661~73年)の頃からです。
歴代将軍の鷹狩の休憩所である御殿山に、吉野から桜の苗木が移植されます。享保年間(1716~36年)には、八代将軍・徳川吉宗が王子の飛鳥山、隅田川堤、小金井堤などに桜を植えて、庶民の花見を推奨しました。
お花見ガイドの刊行
桜が咲き始めると、人々は連れ立って花見へと繰り出しました。
そして、お花見を楽しむためのガイドブックや様々な種類の桜の特徴・開花時期・名所等を紹介した「花譜」「花暦」も多く出版されるようになります。
文政8(1825)年、通油町(とおりあぶらちょう/現在の日本橋大伝馬町)にあった版元・鶴屋が出版した「新版狂歌江戸花見双六」は、日本橋を振り出しに、江戸中の桜の名所を巡りながらコマをすすめ、最後は日本橋に戻ってくるという趣向のもの。各コマには桜の名所の風景が描かれているほか、山桜、八重、山桜などの桜の種類も書かれています。
江戸のおすすめ花見スポットはここだ!
江戸の代表的な花見の名所を挙げると、上野、御殿山、飛鳥山、隅田川堤、小金井など。この他にも、江戸中に桜の名所があり、人々はワンシーズンにたくさんの名所を巡ったようです。
桜を眺めて楽しむだけではなく、桜の木の下でお弁当を食べたり、お酒を飲んだり、三味線を引いたり、踊ったり、おしゃべりをしたり……。錦絵にも、お花見を楽しむ人々の様子が描かれています。
上野
東叡山寛永寺(とうえいざんかんえいじ)は、徳川家の菩提寺で、上野の山全体を占める広大な境内に、数多くの諸堂が建っていました。
江戸初期の天台宗の僧で、東叡山寛永寺を創建した天海(てんかい)が桜を好み、吉野から桜を移植したことから、上野の山一帯は桜の名所となり、春には多くの花見客が訪れました。
隅田川堤
三囲(みめぐり)神社から木母寺(もくぼじ)まで、隅田川沿いにのびる隅田川堤は、「墨堤(ぼくてい)」とも呼ばれます。
隅田川堤の桜は、四代将軍・徳川家綱の頃から植えられていましたが、徳川吉宗は、享保2(1717)年5月に桜100本、享保11(1726)年には桃、柳、桜、計150本を増植。江戸時代は花見の名所として賑わいました。
隅田川堤は、江戸市中から舟の交通の便がよく、吉原の遊郭も近いので、人気がありました。名物として、桜餅が有名です。
飛鳥山
「飛鳥山(あすかやま)」の名前は、飛鳥明神(あすかみょうじん)が祀(まつ)られていたことによる。享保5(1720)年から徳川吉宗の命により、桜の苗木約1000本、ツツジ、赤松、楓などの植樹が幕府によって行われました。
江戸時代は、上野、隅田川堤と並ぶ花見の名所でした。眺望もよく、多くの人々が訪れました。
和樂webが選んだお花見コーデ10選
大勢の人々が集まるお花見の場では、桜だけではなく、集まる人々も見物の対象となります。女子たちにとっては、花見は男女の出会いの場であり、おしゃれをして出かける場でもありました。江戸のおしゃれ女子は、「花見小袖」と呼ばれる晴着を用意し、着飾って出かけました。その様子は、まるでおしゃれバトルのよう?
お花見にやってきたおしゃれ女子。上半身しか見えませんが、メイクもヘアスタイルも手抜きはありません。
メイクは流行の「笹紅」リップ。下唇が玉虫色に光っているのがわかりますか? ヘアスタイルもしっかりと整えられ、前髪には、お花見に合わせた桜の花模様の簪(かんざし)が! びらびらの飾りのついた簪も挿していますが、簪をよく見ると、人の顔のような模様が!
それでは、錦絵で、江戸のおしゃれ女子のお花見コーデを見ていきましょう!
江戸のファッションリーダー・花魁の桜コーデコレクション
江戸のファッションリーダーだったのが、吉原の遊女たち。錦絵にも、遊女たちの艶やかな姿が描かれています。
吉原遊郭では、桜の季節になると、「仲の町(なかのちょう)」と呼ばれるメインストリートに桜の木が植えられました。吉原は夜も明るかったので、夜桜を楽しむことができました。
遊郭は、日常の世界とは隔離された特殊な空間。吉原の入り口・大門(おおもん)の先に広がる満開の桜と艶やかな花魁の姿という幻想的な風景。満開の桜は、華やかできらびやかな世界を演出するためにひと役買っていたのです!
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【1】美人花魁が着こなす、桜ピンクのふんわりコーデ
満開の桜の木にすっくと立つのは、越前屋の花魁・唐土(もろこし)。鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)や喜多川歌麿(きたがわうたまろ)も、唐土をモデルとして描いています。
吉原の花魁と言えば、庶民にとっては非現実的な豪華な派手なファッションで描かれることが多いのですが、唐土の衣装は桜ピンクのやさしい色合いです。でも、俎板帯(まないたおび)には、鋭いくちばしと爪を持つ鳥の模様が! 打掛は、「立涌(たてわく)」と呼ばれる波状の曲線を向かい合わせの連続模様のふくらんだ中に、雲の模様が入っています。衿元と裾からのぞく中着の緑が、コーデを引き締めるアクセントとなっています。
お付きの禿(かむろ)が、花魁の打掛と色違いの同じ模様の着物を着ています。花魁と禿のコーデは、色や模様がさりげなくリンクして素敵ですね。
【2】市松模様を重ねて魅せる花魁コーデ
『鬼滅の刃』で人気になった、市松模様。色違いの正方形を交互に組み合わせた模様は、江戸の女子たちにも人気の模様でした。
満開の桜のもとにたたずむ花魁のコーデは、衿元、裾から、様々な色の市松模様の着物や中着も市松模様をわざとずらして見せています。シンプルな市松模様もこれだけ重ねると華やかで迫力がありますね。
コーデを引き締める黒地の帯には、御所車の車輪を図案化した「源氏車(げんじぐるま)」と呼ばれる模様と葵模様です。
満開の桜vsお花見美女5人。一番綺麗なのは、誰?
画像のタイトル「浅草山中」とは、浅草寺の裏一帯、観音堂西側の奥山(おくやま)と呼ばれた地域のことだと思われます。浅草寺境内には楊子店や水茶屋なども多く、奥山には見世物小屋が並び、参詣人を楽しませたと言われています。
また、浅草寺には、「金龍山千本桜」と呼ばれる吉原の遊女が寄進した桜があり、桜の名所として人気を集めていました。
「浅草山中花くらべ」は、5枚続の錦絵です。1枚1枚に描かれたコーデはどれも素敵なので、大きな画像で、美女たちの自慢のコーデを詳しく見ていきましょう。
【3】シックな格子柄はメリハリをつけてコーデする!
右端の女子は、シックな格子柄の着物に、黒地にオレンジ色などの格子柄の帯を合わせたコーデです。衿元や裾から見える着物と同系色の中着は桜の模様が! 袖口と裾からさりげなく赤い長襦袢を見せて、コーデのアクセントにしています。
帯に挟んだ懐紙から垂らした花模様とひょうたんを組み合わせたチャームも凝っていて、おしゃれですね。
【4】個性的なグラフィック柄着物のハンサムコーデ
右から二人目の美女は、黒地に「中」の字のような模様が並ぶ個性的な着物を着こなしています。帯にも模様がありますが、着物と似たようなトーンにしてなじませています。衿元から鹿の子麻の葉模様の半衿、裾からドッド模様の中着や赤い長襦袢を大胆に見せて、コーデのアクセントにしています。
【5】赤の小物をアクセントに使った、シックな振袖のお嬢様コーデ
中央は紫から若草色へのグラデーションでシックな地色の振袖のお嬢様。振袖には香道に用いられる符号をアレンジした「源氏香(げんじこう)」と呼ばれる白い模様のほか、桜の模様、青い抽象的な模様が散りばめられています。上品でシックな振袖には、黒地に青い大きな花模様の帯を合わせています。帯の下に結んだしごき帯は赤いドッド柄で、帯締も赤。振袖の袂や裾から、赤い鹿の子麻の葉模様の中着をのぞかせています。
花模様の簪も素敵ですね!
【6】ブルー系の着物と帯のコーデは、裾模様で映える!
左から二人目の美女は、濃いブルーの着物、ややグレーがかったブルー地に大きな花柄模様、中着もブルーの花柄と、ブルー系でまとめたコーデ。着物の裾模様には繊細な花模様は、まるで青空の野に咲く花のように映えています。
【7】クリアな白を利かせると、シックなコーデも地味に見えない!
左端の、床几に座る美女は、シックなブラウンの格子柄の着物。白い大きな亀甲模様の、ネイビーの帯を合わせています。亀甲模様の六角形が、何となく、桜の花びらを組み合わせているようにも見えます。
右端の美女と同じく、シックな色の格子柄着物のコーデですが、どことなく大人の余裕が感じるコーデだと思ったのは、私だけでしょうか?
背景の桜をコーデに活用するテク、大公開!
江戸女子のお花見コーデを見ていくと、満開の桜の中でより華やかにして魅せるコーデと、色や模様を控えめにして魅せるコーデがあるようです。お花見コーデ、どちらが好みですか?
【8】春らしい淡色トーンのフェミニンコーデ
桜色の着物を含め、帯、中着も春らしい淡色トーンでまとめたフェミニンコーデの美女。着物の裾の抽象的な花模様が黒で、帯の裏地も黒。少しの黒が引き締めカラーとなっています。
【9】正統派お嬢様の華やか振袖コーデ
袂と裾には、色とりどりの菊模様が華やかな振袖のお嬢様。青地の唐草模様に、華やかな「宝相華(ほうそうげ)」と呼ばれる花模様の帯を合わせた、正統派コーデ。赤地の中着は蝶の模様。
帯の下結んだしごき帯の黄色は、振袖の模様、帯の模様に使われている色とさりげなくリンクしています。
【10】おしゃれ上級者は、シンプルシックなコーデで映える
シックな裾模様の着物に黒い帯を合わせた、シンプルシックのお手本のようなコーデの美女。裾模様は、よく見ると貝殻?
「華やかな着物が多いんだったら、逆にシンプルな着物を着こなして目立っちゃおう! その方が、満開の桜にも映えるんじゃない?」とでも思っているのでしょうか?
桜の描き方にも注目!
今回の記事では、お花見の美女コーデを見てきましたが、絵によって桜の描き方が異なっていることにも気づきましたか?
桜の品種ではソメイヨシノが有名ですが、その他にもたくさんの桜の種類があります。絵師たちも、桜の色、形、背景の色など、工夫しながら桜を描いています。美女たちの背景の桜も、花や枝ぶりなどが様々で、美女たちがより映えるように描かれているように思いました。
今回紹介した錦絵のほかにも、桜を描いた錦絵はたくさんあります。ぜひ江戸の女子たちと一緒に、お花見を楽しんでみてください。
主な参考文献
- ・『ニッポンの浮世絵』 太田記念美術館監修 日野原健司、渡邉晃著 小学館 2020年9月
- ・『着物の事典:伝統を知り、今様に着る』 大久保信子監修 池田書店 2011年4月
- ・「錦絵で楽しむ江戸の名所 桜」(国立国会図書館)