狩野派が描いたカエルとは? 時代劇のふすまに描かれた絵などで見るような御用絵師のお堅いイメージとは裏腹ともいえる、ゆるふわ表現のカエルに出合った浮世離れマスターズのつあおとまいこ。その絵には思わぬ「奇矯」が潜んでいたのです。サントリー美術館の「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」展を訪れた二人は、米国屈指という日本美術コレクションをとてもゆるゆると楽しみ始めました。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて、今日はどんな珍問答が飛び出すことやら。
カエルにちょっかいを出す仙人がいた?!
つあお:たわくし(=「私」を意味するつあお語)、狩野山雪、好きなんです。
まいこ:それは初耳です! 狩野派って一括りで考えがちなんですけど、山雪さんはどんな人だったんでしょうか?
つあお:もともと京都で活動していた狩野派の本家は江戸時代に入ると徳川家の御用絵師になって江戸に行っちゃったんだけど、京都に残った絵師たちがいた。山雪はそっち系の人なんです!
まいこ:狩野派ってわりと堅いイメージがあるんですが、彼はどうだったのでしょう?
つあお:変な形が好きな人だった!
まいこ:えっ、意外?! それは面白い! この『群仙図襖』に描かれている仙人たちは真面目そうに見えますけど。
つあお:へへへ(不敵な笑い) 動物好きのまいこさんとして気になるところはありませんか?
まいこ:私は何と言っても一番右のふすまにいるミニ犬みたいな動物に目が行っちゃいます!
つあお:これきっと、犬じゃなくてカエルです。
まいこ:カエルかぁ。それにしては表情豊かですね。そしてアグレッシブ!
つあお:カエルの前の仙人は、いったい何をやってるんだろう?
まいこ:ニタニタ笑いながら、紐の先に何かをつけてカエルにちょっかい出してますね!
つあお:仙人にカエルってことは、蝦蟇仙人(がませんにん)なのかな?
まいこ:へぇ。
つあお:蝦蟇仙人がこんな風にカエルにちょっかいを出しているような図柄は見たことないけど、ほかにもあるのかな? ふすま全体としては仙人が何人もすごくきっちりと描かれているのに、ここの描写だけゆるい(笑)。
まいこ:私たちとしても、同類のゆるさを見つけることができてニンマリです。つあおさんが言っていた「変な形好き」の特徴が、ここの一点に集中してるような気がします。
つあお:わはは。このふすまは全体としてみるとすごく立派なのは確かで、かなり気合いが入った描きぶりのように見えます。
まいこ:つあおさんは、どのあたりに注目してますか?
つあお:まず、金箔の背景の中に立派な着物を着た仙人たちが描かれていて、荘厳な雰囲気を醸し出しているのは、一も二もなく素晴らしい。
まいこ:なるほど。
つあお:ところがね、もう一つ、山雪ファンにとっては、すごい秘密があるんですよ!
まいこ:えっ? 何何何?
つあお:実はね、このふすまはニューヨークのメトロポリタン美術館にある山雪の代表作として有名な『老梅図襖』という作品と、もともと表裏だったそうなんです!
まいこ:へー! 俄然ミステリアスになってきました!
つあお:それでね、そこに描かれている老いた梅の木の形はすごくエキセントリックで面白い。「こんな梅、ホントにあるんかい?」って誰もが思うような変な形なんです。
まいこ:梅の木ってもともとわりと面白い形をしていることもあるから、よほどすごそう! こちら側の面の「群仙図」は真面目に描いたように見えるのに、裏側には変な形! 二重人格?
つあお:そんな風にも見えますね。でもね、そうしたことを考えながら作者の山雪の心になって、もう一度この4面の絵を見直していたら、面白い発見をしました。
まいこ:えっ! 聞きたい!
つあお:仙人たちの配置が、老梅図とほぼ同じ形をしているんじゃないかと思うんです。
まいこ:おー!! ちょっと強引な気もしますが、素晴らしい仮説! 確かに梅の木の形状に仙人たちが配置されている。そんな気になってきました!!
つあお:それもあって、この絵はこんなに魅力的だと思うんですよ。配置の妙がきいている。老梅の奇矯が群仙図にも反映されていると思うと、何だかたまりません。
まいこ:構図へのこだわり!
つあお:それでね、狩野山雪は、たわくしの大学時代の恩師である辻惟雄先生の名著『奇想の系譜』で取り上げられた絵師の一人なんです。
まいこ:そうでしたか! 狩野派でも江戸に行かず傍流になったから、奇想の系譜の絵師に入ることになったという感じなのでしょうか。
つあお:確かに、江戸に出ていたら本流になってしまい、辻先生が取り上げる前にもっと有名になっていたかもしれません。
曾我蕭白の鶴はキュートでエレガント
まいこ:私、同じような主題の絵で面白いなと思うものがあるんです。『群鶴図屏風』です。
つあお:「群仙図」の次は「群鶴図」かぁ。作者の曾我蕭白は、やはり『奇想の系譜』で取り上げられた絵師の一人だ!
まいこ:おー、素晴らしい! 蕭白は何年か前の『蕭白ショック!!』という展覧会で「奇想の画家」のイメージが刻まれました。狩野山雪さんと一緒だったとは奇遇です。画風が全然違うのに面白〜い。
つあお:蕭白にも有名な『群仙図屏風』があるから、ひょっとすると、この絵でも鶴の姿を借りて実は仙人を描いてるんじゃないか、とか想像してしまいます。鶴も仙人と同じくらい長生きしそうだし。
まいこ:でも、私はどちらかというと、仙人よりこのかわいらしい鶴さんたちのほうが好きですよ!
つあお:どの鶴がお好きですか?
まいこ:ダントツに好きなのは、右の屏風の左側にいる親子鶴です! 親鶴が大きく羽を広げてかわいい子どもたち3羽を迎えています.
つあお:ほんとだ。かわいい。鶴はやっぱり仙人より全体的に愛らしいですね。当たり前か(笑)。
まいこ:目がクリッとしてるのがキュート! 動きも曲線が多くてエレガントで柔らかい。
つあお:この屏風は曲線美に満ちていますね。
まいこ:特に左側の屏風は、大きな波と鶴の首と羽のそれぞれの曲線がうまいことリズムのようになってますね。
つあお:鶴と波が一体化してますよ!
まいこ:そこに1羽、直立不動でトランス状態のような鶴が出てきて、笑っちゃった。目もトリップしちゃってます!
つあお:まるで石の彫刻のように動かないハシビロコウみたいで、たわくしは好きだなぁ。
ハシビロコウ:待ち伏せ型の狩りをするため、ゆったりとした動きで、しばしば彫像のように動きを止めるため「動かない鳥」として知られる。(「神戸どうぶつ王国」の解説より引用)
まいこ:この荒波の中で何時間も動かないぞという感じ!
つあお:かと思えば、右の屏風には真っ黒な鶴がいる!
まいこ:黒い鶴なんて見たことも聞いたこともありません!
つあお:この間茨城県で、白鳥ならぬ黒鳥は見ましたね。
まいこ:ちょっと驚きましたね。なかなかリアルでお目にかかることがないので、白鳥の中に見つけた時は、新鮮でした。
つあお:『白鳥の湖』ならぬ『黒鳥の湖』とか言って、勝手に盛り上がっちゃいました(笑)。でも、バレエの『白鳥の湖』には、実は黒鳥も出てくるようです。
まいこ:ナタリー・ポートマン主演のサイコスリラー映画『ブラック・スワン』を思い出しました。
つあお:ほぉ!
まいこ:映画では彼女が『白鳥の湖』の主演バレリーナに抜擢されるのだけど、優等生すぎて、潔白な白鳥は完璧なのだけど、官能的な黒鳥を演じ切れない……。
つあお:それで?
まいこ:でも、次第に悪魔的な官能性も身につけた上でつきぬけた白鳥シーンを実現させることができるようになる……?!(以下ネタバレ防止)
つあお:うわぁ、ネタばらして! って感じ(笑)。
まいこ:というわけで、この屏風絵でも、変わり種でちょっと悪魔的な黒鶴が、前景の白鶴を際立たせてるようにも見えます。
つあお:対比の美学! こうやって見るとすごくいろんな種類の鶴が描かれていて面白いなぁ。
まいこ:人間たちのお茶目で多様な性格が鶴で表現されてるようにも見えてきます。
つあお:ホントだ。1羽1羽きっと違う感情を持っているに違いない。
カニに捕まった哀れな雷神?!
つあお:「奇想」という点でもう一つ、まったく知らなかった画家の素晴らしい作品を見つけました。佐竹永海という画家の『風神雷神図』です。
まいこ:「風神雷神」は好きなモチーフですが、この作品は遠目からも何となく変な感じがして、目立ってました。
つあお:近寄ってみるとめっちゃ面白くないですか?
まいこ:もう、面白すぎです。まず風神が鷲に捕まっちゃってる!
つあお:風神弱し!
まいこ:神様なんだから吹き飛ばしちゃえばいいのに! トレードマークの袋もしぼんでる!
つあお:雷神のほうはもっとすごい。カニのハサミに足が捕まってる!
まいこ:もう足が切り取られる寸前! 上を向いて、断末魔の叫びですね。
つあお:カニを雷でやっつけることはできないんだ。雷神弱し。
まいこ:雷神の太鼓も散らばっちゃって、コーラの空き缶みたい。
つあお:空き缶が海の中でゴミになるのはよくないなぁ。
まいこ:すでに一つ浮いてます。環境にもよくないので、カニさんは風神雷神さんたちをいじめないでほしいです。
つあお:今度カニ様にお願いしておきましょう(笑)。
まいこ:それにしても、作者の佐竹さんという方の絵は今回初めて見ましたが、米国のミネアポリス美術館に収蔵されていたとは驚きです。
つあお:海外の収集家は図柄の面白さで作品に注目するから、画家の名前なんかは気にせずに集めたんじゃないかな。
まいこ:ホント面白い絵ですもんね! 言語や文化が違っても伝わる。
つあお:伊藤若冲のコレクターとして有名なジョー・プライスさんも、最初は画家の名前を知らずに集め始めたそうですよ。
まいこ:純粋に絵の内容で選ぶって大事。今回の展覧会で私は何人か初めて目にする作家さんがいました。そういった意味で、里帰り展覧会は再発見があって興味深いです。
まいこセレクト
小品ながら、色合いの美しさと滝の涼しさに惹かれました。
それにしても、大の大人が4人、着物でめかしこんで、滝の鑑賞に出かけて和歌を詠む……。なんて優雅なのだろう……。そして、もしかしてヒマ(笑)? でも、時間ができた時にこんな文化的なふるまいができるってステキ♪ 現代のビジネスパーソンの理想形がここに!
つあおセレクト
手や足が長いとずいぶん便利なことがありそうだ。当時はまだキリンなんて日本にはいなかっただろうし、想像力がホント豊か。そして、妙に縦長の画面がまたシャレている。「奇想」と言える作品なのではないか。
「手長」「足長」の人物は、葛飾北斎の絵手本『北斎漫画』にもそれぞれモチーフの例として描かれている。北斎に私淑していた暁斎が、『北斎漫画』を本当に絵手本として使った可能性は十分ありそう。それにしても楽しい絵だと思う。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
Gyoemon『群蛙図』
もしもカエルが仙人になったら、世の中はさぞかしにぎやかになることでしょう!
展覧会基本情報
展覧会名:サントリー美術館 開館60周年記念展「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」
会場名:サントリー美術館(東京・六本木)
会期:2021年4月14日(水)~6月27日(日)
※4月25日~5月31日は臨時休館
※開館状況が変更となる場合があります。最新情報はウェブサイトでご確認ください。
※福島県立美術館(2021年7月8日〜9月5日予定)、MIHO MUSEUM(2021年9月18日〜12月12日予定)他に巡回
公式ウェブサイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2021_1/