三菱を創業した岩崎家4代のコレクションの名品を展示する「三菱の至宝展」(三菱一号館美術館)で眼福体験を喜ぶつあおとまいこの二人。会場を歩くうちに気づいたのが、日本美術における「反り」の表現でした。「反り」は美しい。そして主張やエネルギーがある。「反り」について語ると、日本美術の何かが見えてくるのではないか、というわけです。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。本日はまず、日本刀の美についてのおしゃべりから。
膨張率の違いで「反り」が生まれた日本刀の美
つあお:最近、日本刀を愛好する女性が世の中で増えてますね! まいこさんはどうですか?
まいこ:私はまったく縁がない世界に住んでいます。
つあお:そうだったのか。(チョットザンネン)博物館や美術館で日本刀が展示される機会が増えていて、出かけてみると本当にたくさんの女性がいる。しかも皆さんかなり熱心に鑑賞してるんですよ!
まいこ:へぇ。そんな状況が発生しているのですね! どのくらいの年齢のどんな人々なのですか?
つあお:20〜30代くらいの人たちが多いように思います。
まいこ:そうなんですね! インスタ映えするとかかわいいとか美味しいとかでもないとすると……彼女たちが日本刀を見に来るきっかけは何でしょう?
つあお:もともとのきっかけは、『刀剣乱舞』というゲームが多いと聞いてます。
まいこ:噂の!
つあお:彼女たちの感想には「この作品、ここのこういうところが美しい」なんて声も。
まいこ:皆さん、心から刀を楽しんでいるんですね!
つあお:まいこさんは、刃物は好きですか?
まいこ:料理で包丁はよく使いますが、刃物は基本的に切れればいいと思っているくらいで、好きだったり、こだわったりとかはないですね~。
つあお:日本刀だって本来は実用的な道具ですよね。実は私、数十年前から日本刀に熱烈なコレクターがいることは知っていたんですけど、魅力がまったくわかっていませんでした。でも、最近ちょっと見えてきたことがあるんです。
まいこ:何ですかそれは?!
つあお:まず……単純ですけど、光輝くことです。
まいこ:ほぉ~!
つあお:そしてね、日本刀はよく見ると刃の上にうっすらと模様があるんです。
まいこ:この波みたいな模様ですか?
つあお:そう。この波には結構個体差があって、なんとなくゾクゾクしたりするんです。
まいこ:波線萌えですね!
つあお:ははは。そして、特に魅力的だなあと思うのが、世界の刀剣の中でも日本刀独特といわれる「反り」なんです。
まいこ:なるほど〜! 確かに外国の刀剣ではあんまり見ない気がします。
つあお:「反り」は、カーブそのものが美しい!
まいこ:ふむふむ。
つあお:それでね、日本刀は最初から反っていたわけではなくて、どうやら、平安時代あたりに始まったようなんです。
まいこ:へぇ。でも、刀自体はほかの文物と同じく中国から伝わってきたものではないのでしょうか? 『三国志』関連の漫画や人形劇、映画なんかでも、いろんな刀が登場するのを見た記憶があります。
つあお:そもそも中国では、鉄器が生まれる前の青銅器の時代にも刀はありましたもんね。日本の鉄器の歴史についてはわかっていない部分も多いようなのですが、相当古くから刀はあったみたいです。
まいこ:中国の刀はわりとまっすぐで太いイメージがあります。
つあお:日本でも、いわゆる三種の神器の一つである『草薙剣』などはまっすぐのようです。
まいこ:では、日本刀のたおやかな反りは、どうやってできたのですか?
つあお:反りのある刀は、丈夫でかつ切れ味のいい道具を追究するうちに生まれたらしいのです。日本刀は鉄の刀身を焼くときに使う焼刃土(やきばつち)の塗り方によって刃の側と峰の側に膨張率の違いが出て、あの反りが生まれたのだとか。
まいこ:へぇ。武器としての性能を高めようとした結果だったっんだ。
つあお:そう。そして、この反りの形は、引いて切ることに適している!
まいこ:ブスッと刺すのではなく、スルッと引く! 確かに日本の剣術は西洋のフェンシングとはまるっきり違うし。
つあお:ノコギリなんかだと、西洋のものは押して切るんだけど日本のものは引いて切る。大工道具のカンナもそう。たわくしは料理は得意とは言いがたいのですが、包丁も基本的にはそのようです! 「引く」文化。なかなかおもしろい違いだと思います。
まいこ:へぇ。
つあお:「引く」からこそ、たとえば居合のような独特の美しさを備えた剣術も生み出されたんじゃないかと思うんです。長い刀を鞘(さや)から抜く動作もスムーズだし。
まいこ:戦いの術なのに、道具もそれを使う人間の所作も美を追究してる!
つあお:最後は戦わずに美のみを追究するようにもなる。それもあって、日本刀は美術品として見ても美しい、という話にもなる!
まいこ:本当ですね。展示室では刀とともに鞘のほうも展示されてますが、反りがそろってダブルでとても美しい!
つあお:鞘のほうは主に工芸品としては江戸時代に発達したらしいんですけど、やっぱり日本刀は究極の美を追究している武器と思えて仕方がありません。
まいこ:刀は人を斬る道具なのに、美意識を同時に極めるところはちょっと素敵かも。よく見ると先の方はさらに深く反っていたりしますね。カットも入っていて、ちょっとダイヤモンドみたい!
つあお:まいこさんも、だんだん「刀剣女子」になってきましたね。
まいこ:うふふ。話していて自分でもびっくり。ちょっとうれしいです。
くねりは古今東西の願望
つあお:それでね、「反り」ってほかの日本の文化の中に根づいているのかなとも思うんですよ。たとえば、『十二神将像』なんか、どうでしょう?
まいこ:この「反り」には、かなり共感できるところがあるかも。自分が写真に写るときに、直立不動ではなく曲線を作ったほうがいいとアドバイスされることがたまにあるので!
つあお:なるほど。さすがまいこさん。モデルさんぽいな。
まいこ:つあおさんは「日曜ヴァイオリニスト」を名乗っているから、私は「日曜モデル」になろうかな!
つあお:期待しちゃうなぁ。実際、この像の反り方はどうでしょう? 写真に写るときの参考になりますか?
まいこ:素晴らしいと思います! 足から頭まで、数えて2回半くらい反ってますよね。なので動きもある。男性っぽいけどセクシー!
つあお:そうか! たわくしも目指さないといけないような気がしてきました!
まいこ:でも、日常的には男性はくねってないほうがよさそうな~(笑)。。
つあお:そうか。じゃあ、あんまりやらないようにしておきます。ところでこういうくねりって西洋の彫刻でも時々ありますよね。『ミロのヴィーナス』とか。
まいこ:確かに。やはりモデリングをする時に、魅力的に見えたいというのは古今東西普遍的な願望なのかもしれません。そうした時にくねりは必須なのかな!
つあお:確かに、筋肉美を見せたい時にもくねりがあった方がより強調されるように思います。
まいこ:この人物像の反りと先ほどの刀剣の反りに、何か共通するものはあるのでしょうか?
つあお:たとえば刀剣に目とか口を書いてみたらどうでしょうか? すごく自然な人間のように見えてくるような気がするんですけど。
まいこ:斬新すぎ(笑)!
つあお:そもそも人間の背骨だって反ってるんですよね、まっすぐ立っていても。つまり実は反りは自然の造形でもある。
まいこ:素晴らしい視点です! 反りを極めるのは、人間の自然のあり方を追究することでもあるのかも!
日本美術の底流にあるデザイン感覚の賜物とは?
つあお:造形的な「反り」については、この展覧会に出品されている橋本雅邦の『龍虎図屏風』についても、すごく気になりました。特に虎のほう!
まいこ:竹も虎も反りまくりですね! 反りづくし!
つあお:この反りは、実はこの虎の絵の反対側にある龍の勢いを表している!
まいこ:このギョロッとした目の先に龍がいるのですね! 波しぶきもすごい。突風なのかな?
つあお:これだけ竹が反るなら、風速70メートルはあるかも!
まいこ:ハリケーン並みですね。でも竹はしなりまくってるけど、虎はがっちりと対峙している。虎の体の中に曲線がいっぱいありますね。
つあお:そう。そこがこの絵の素晴らしいところだと思います。様々な曲線が呼応しあっているんですよね。これは日本美術の底流にある一種のデザイン感覚の賜物なんではないかとも思います。
まいこ:デザイン感覚?!
つあお:日本美術には写実とはちょっと違った表現の妙がたくさんあって、こうした絵にも反映されている。その中に「反り」もあるのだと思います。だから見ていて楽しいのです。
まいこセレクト
本の箪笥(たんす)っていいですよね! 最近、根津美術館の展示で見る機会も続き、芸術品と言えるような美しい本を、これまた美麗な箪笥に入れて大切にする文化ってステキだなと思っていました。そしたら、この赤くてキュートな箪笥に出会ったんです! 中には、嫁入り本としての『源氏物語』が入っているというのがまたいいな~。秘められた情熱も感じる。私もこんな婚礼調度品を携えて嫁入りしてみたい!
つあおセレクト
俵屋宗達ファンのつあおとしては外せない逸品。宗達は筆触もさることながら、デザイン力も素晴らしい。松の木や本当に渡れるんかいな? という橋など随所で「反り」が表現されている。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
変幻自在、脱力の極致。「猫背」などと言われながらも高い運動能力を持つ猫。なんと自在に「反り」を自分のものにしていることか。つあおは常々、猫の身体がほしいと切望しているのであります。
展覧会基本情報
展覧会名:三菱創業150周年記念 三菱の至宝展
会場名:三菱一号館美術館(東京・丸の内)
会期:2021年6月30日〜9月12日
前期:6月30日〜8月9日/後期:8月11日〜9月12日
公式ウェブサイト:https://mimt.jp/kokuhou12/
参考文献
臺丸谷政志著『日本刀の科学』(サイエンス・アイ新書)
河野元昭静嘉堂文庫美術館館長のウェブサイト『饒舌館長』より『三菱一号館美術館「三菱の至宝展」8〜10』:
http://jozetsukancho.blogspot.com/2021/07/blog-post_07.html
http://jozetsukancho.blogspot.com/2021/07/blog-post_08.html
http://jozetsukancho.blogspot.com/2021/07/10.html