とても日本画とは思えないような劇的なモチーフを大胆に描いて人々を驚かせた画家、川端龍子(かわばた・りゅうし)。東京の大田区立龍子記念館で、その代表作と現代アート界の旗手たるアーティストたちの作品を対決させるかのような画期的な企画展 「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション ―会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃―」が開かれています。訪れたつあおとまいこの二人は、まず川端龍子の大作に圧倒され、現代アートコレクターとして著名な精神科医の高橋龍太郎さんが出品した作品の数々を見始めると、何やら感じ入り始めました。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
スケルトン戦闘機の大迫力
つあお:日本画家、川端龍子の『香炉峰』、大迫力ですよね!
まいこ:花とか鳥とかが描かれるものだなと思っていた日本画に飛行機が描かれている。それも原寸大くらいのインパクト!
つあお:1939年作ですから、ゼロ戦(零式艦上戦闘機)が開発されたかどうかという頃の戦闘機なんですよね。たわくし(=「私」を意味するつあお語)たちから見たらほとんどゼロ戦とイメージがかぶる感じです。
まいこ:戦闘機は詳しくないのですが、ゼロ戦なら聞いたことがあります。
つあお:ゼロ戦は太平洋戦争の象徴と言っていい戦闘機ですからね。それにしても、6枚をつないでいる日本画ということからは、屏風を思い起こさせます。屏風みたいな日本画に日の丸付きの戦闘機を描いてるって変じゃないですか?
まいこ:ミスマッチな感じがします。
つあお:屏風は普通は部屋の調度品ですからね。この絵が家にあったら、ちょっとびっくりです。
まいこ:色合いがまた、普通屏風に描かれている日本画っぽくないですね。オレンジが超鮮やか!
つあお:うーむ、赤系の色であるオレンジと緑の補色の関係がすごく利いている!
まいこ:そうですね! それでこの飛行機が飛び出て見えるのかな?
つあお:機体が画面からはみ出しているのも、迫力を増している!
まいこ:日本画の概念からあらゆる意味ではみ出してますね。
つあお:すばらしい。キーワードは「はみ出し」だ。
まいこ:作者は、結構破天荒な方だったのでしょうね。
つあお:川端龍子は「会場芸術」という概念を打ち立てて、作品を展覧会場で効果的に見せることをすごく意識した画家だったらしいですよ。
まいこ:屏風だったとしても、住宅の調度品として作ったわけではないのですね。展覧会場を意識したということは、今でいうインスタレーションみたいな感覚だったのでしょうか?
つあお:展示する場所を強く意識するということ自体は、インスタレーションに近そうです。ただ、特定の場所でというよりも、人々が多く訪れる会場で強いインパクトを放つという意識だったんだろうなぁ。
まいこ:この飛行機が半透明なところも気になります。
つあお:スケルトン!
まいこ:だから景色が透けて見える!
つあお:作品名の『香炉峰』は中国の唐代の詩人、白居易の詩に出てくる山の名前で、すだれをはねあげてその山を見る描写があるそうですよ!
香炉峰=中国江西省北端にある廬山(ろざん)の一峰。形が香炉に似る。白居易の「香炉峰の雪は簾(すだれ)をかかげてみる」の詩句は有名。(引用元=デジタル大辞泉)
まいこ:へぇ、風流! でも、この絵の山は緑!
つあお:そうなんですよ。龍子仕様!
まいこ:川端龍子は飛行機の迫力と景色の両方を見せたかったからいろいろ考えてこの方法を思いついたんじゃないかな。
つあお:きっとそうだ。ただ、迫力ある絵を描けばいいというのではなく、やはり美しい風景を描こうという気持ちもあったのでしょう。
まいこ:湧き出てきた発想をしっかり作品にしちゃうところがすごい。
つあお:この絵を描いたのは1939年ですから太平洋戦争が始まる前で、日中戦争の時期だったけど、すでに飛行機が亡霊になっているようにも見えますね。
まいこ:もう彼は戦争が終わった後のことに思考が向いてたのですかねぇ。
つあお:そこまではわかりませんが、何やら予言めいた絵にも見えてきてしまう!
まいこ:ところで、この飛行機に乗ってる人物は龍子さんに似てますね。
つあお:そう、自画像とも言われているそうですよ!
まいこ:やっぱり! 龍子さんは実際戦場に行ってたんですよね。飛行機にも乗ったと聞きました。
つあお:実体験に基づいて描いているのですね。そして香炉峰の上空を飛んだからこの絵が生まれたと考えればいいのか。
まいこ:だからこんなにリアリティーがあるのですね。
つあお:ひょっとすると、川端龍子はその頃、日本画壇という「戦場」に飛び立っていたのかもしれませんよ。
まいこ:おー! その武勇伝も興味深いなー。
日経新聞の上に描かれたありえない風景
つあお:現代美術家の会田誠さんがたくさんのゼロ戦を描いた屏風も破天荒ですね。
まいこ:龍子さんの戦闘機の絵のすぐ近くにこの絵があるのは、本当に面白い。昭和の画家と現代アートの対決? それともコラボレーション?
つあお:社会のさまざまな事象を反映させた会田さんの表現は、見れば見るほど興味が深まります。この絵は何せ、ゼロ戦がニューヨークを空爆しているという、まるでありえない状況を描いている。
まいこ:きらきらしたゼロ戦が鳥みたいに群れて飛んでるし、無限大マークを描いてる!
つあお:描かれたのは架空の出来事でしかないんだけど、そこはかとなくリアリティーがある。
まいこ:ニューヨークの中心部が火の海。ありえないことなのでしょうけど、不思議なリアリティーがありますね。何だかゾクッとする。
つあお:そもそも、この絵が描かれたのは1996年。米同時多発テロの5年前なんですよね。
まいこ:なんと!
つあお:2001年のテロはゼロ戦が仕掛けたわけではありませんが、過去爆撃を受けたことのなかったニューヨークが飛行機による「攻撃」を受けたという点では通じている。
まいこ:なるほど。
つあお:しかも、テロは飛行機による体当たりという一種の「特攻」でした。ゼロ戦は、特攻隊のイメージに直結する。
まいこ:偶然のことなのに、深い意味を感じます。
つあお:でもね、この屏風を遠目に見るとゼロ戦の群れはなかなか美しいんです。
まいこ:会田さんのゼロ戦は、螺鈿(らでん)のように艶やかでカラフル。美しくて装飾的ですね!
つあお:まさに日本の伝統美術の王道。俵屋宗達の『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』に描かれた鶴の飛翔やそのオマージュと考えられる加山又造の『千羽鶴』を思わせます。
まいこ:その表現手法と描かれたモチーフのミスマッチが何ともいえない。一方で、ビル街の火の海の激しい描きぶりは、劇場っぽい感じがします。
つあお:たわくしは、不動明王の後ろで燃えている炎がそこら中に集まっているのかとも思っちゃいました。
まいこ:分かります〜。赤と白のミックスでちょっと漫画チックな炎があちらこちらにありますね。
つあお:これも伝統的な様式美にのっとった表現をあえてしているのだろうと思うんだけど、日本の絵画ってそもそもけっこう漫画チックですからね。
まいこ:なるほどです!
つあお:そして、エンパイアステートビルも描かれているけど、ソニーの看板なんかもある。さらには、PAN AM(パンアメリカン航空)という、20世紀の終わり頃に倒産した航空会社の看板もあります。
まいこ:へぇ。ということは描かれた風景は20世紀後半ということになる。
つあお:そうなんです。そしてね、この絵は日本経済新聞の上に描かれているらしいんですよ。新聞紙が媒体なんです。
まいこ:えーっ! なぜ?!
つあお:この絵が描かれる少し前の時代、日本はバブル経済の絶頂期で、それが燃え落ちたということを表しているのかもしれない(遠い目)。
まいこ:なるほど! 日本経済新聞社は美術記者としてのつあおさんの古巣でもありますね。でもそちらの新聞はちゃんと生き残っています!
つあお:あーよかった。お世話になりましたからねぇ。
まいこ:作品の技法のパネルを見ても、素材として「日本経済新聞」と書いてありますね。ときどきコラージュ作品なんかで「新聞紙」と書いてあるのは見ますけど、わざわざ新聞の名前まで書いてあるのって…?
つあお:やはり、当時の経済の状況を表現するためには、ほかの新聞ではなく日本経済新聞である必要があったということなんでしょう。
ラクダに囲まれた源義経
つあお:川端龍子は、こんな絵も描いている。今度はジンギスカン。でも、源義経なんです。
まいこ:えーっ! どういうこと?! 金髪のラクダに乗ってる!
つあお:兜鎧に身を包んでいるけど、ラクダのおかげで超絶優雅。ジンギスカンと源義経のつながりはご存知ですか?
まいこ:知らないので、この展開にちょっとついていけてないです。
つあお:源義経は兄の頼朝と敵対した末に奥州で死んだことになってますけど、実は生き残って大陸に逃げ、その後ジンギスカンになったというまことしやかな伝説があるんですよ。
まいこ:へー! 義経さんに生きてて欲しいという願望がそういうストーリーになったのかしら? エルヴィス・プレスリーもいまだに「見かけた!」とかいう話がありますものね!
つあお:判官贔屓(ほうがんびいき)という言葉もあるくらいですから、伝説を知って義経に生きてほしいと思った人は多かったのでしょう。それでね、やっぱり日本の武将の周りをラクダが囲んでいるというありえない描写が、たわくしとしてはたまらないんです。
まいこ:とてもエキゾチック! さすが龍子さん!
つあお:ラクダは金髪も素敵ですけど、目に強い意志があって、これなら義経もジンギスカンとしてちゃんとやっていけるっていう感じがします。
まいこ:本当に目力が強い! 白い馬が1頭いますが、こちらから乗り換えたのかな?
つあお:多分義経は普段は白い馬に乗って移動してるんでしょうね。ラクダはお供。
まいこ:そういうことか〜!
つあお:でもやっぱり川端龍子のこの大迫力の絵は、ホントに魅力的だなぁ。
まいこ:義経の目がギョロっとしてるところも、やる気が感じられていいですね!
骸骨の武士
つあお:それでね、この絵の近くに並んでいた山口晃さんの5人の武者の絵は、輪郭線で描いたモノクロームの作品なのだけど、力強さがすごくよく表れているなぁと思いました。
まいこ:わーお、川端さんと山口さんの武者対決?!
つあお:実は山口さんは油絵の具を使うことも多いんです。だけど、この絵は墨で描いている。
まいこ:よく見ると顔が骸骨だったりして、すごくエキセントリックですね。
つあお:むしろ墨で味わい深く描いた多くの歴史的な水墨画とは一線を画していて、キャラクターがすごくはっきり出てくるように描かれてる。だから骸骨にも確固たる存在感がある。
まいこ:真ん中だけが人間で、なんとなくさっきの義経に似てるような。。。あとの4人の骸骨は誰なんでしょう?
つあお:戦って死んじゃった人たちの亡霊かな?
まいこ:周りに書かれてる文字も意味深に見えます。
つあお:なんとなく花押っぽい文字が各絵に1字ずつ書かれていますね。
まいこ:やっぱり真ん中の人の文字がゴージャス。読み解けると何かすごい発見があるかも?!
つあお:読み解くことができるかどうかはわかりませんが、この人物、だんだん源義経みたいに見えてきました。
まいこ:作家さん二人はお互い意識してなかったはずなのに不思議ですね。それぞれが持ってる武器も全部違っていて面白い
つあお:それにしてもなんで家来たちはみんな骸骨なんでしょうね。
まいこ:もしかしてご主人様のために一生懸命戦ったけど死んじゃったのかな。ちょっと悲しいストーリー。でも、武士道の美学も感じる!
つあお:判官贔屓につながりそう。死んだ後でも戦っているという美しいストーリーなのかも。
まいこセレクト
実は、この会場で一番想像を自由に羽ばたかせることができたのがこの作品。まず最初に、めくれ上がるスカートからは、映画『七年目の浮気』のマリリン・モンローの華麗なる姿がオーヴァーラップしてきてものすごい吸引力を感じました。そして、咲き誇る花々とタイトルの『ラ・プリマヴェーラ』が目に飛び込んできて気分はすっかり春に! 特に、私はヴィーナスの大ファンなので、ボッティチェッリが描いた『春(プリマヴェーラ)』へも同時にトリップしていました。赤いシューズを履いた二本足は、まさにヴィーナスのポジション。スカートを形作っているのは無数の剣ですが、これは、愛と美の女神ながら、同時に戦いにも強い悪女ヴィーナスを象徴しているようでかっこいい! 嵐の中を飛び交うミツバチたちは、キューピッドの分身かな? これからひと悶着ありそう! でもきっとハッピーエンド。毎日いろいろな物語が生まれそうでワクワクする一枚です。
つあおセレクト
一見、古い仏教絵画のように見えるが、間近で細部を見るとぎょっとする。「千手観音」がそれぞれの手に持っているのは、ピストル、機関銃、アーミーナイフなどの武器である。アフガニスタンにおけるタリバンと米国の確執などを見てもわかるように、宗教と暴力はしばしば結びつき、歴史上でさまざまな事件を起こしてきた。天明屋は、その悲しい現実をこの絵に象徴させたようだ。なお、この観音の頭には11の小さな頭が載っており、十一面観音としても描かれている。この絵の両脇には川端龍子の『吾が持仏堂 十一面観音』と『青不動(明王試作)』が掛けられ、近くに大田区所蔵の彫刻『十一面観音菩薩立像』(奈良時代、東京国立博物館寄託)が展示されていた。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
龍子x龍太郎のコラボレーションに敬意を表して登場したのが、零式艦上戦闘機ならぬ龍式艦上戦闘機。すごく強そう!
展覧会基本情報
展覧会名:コラボレーション企画展 「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション蔵 ―会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃―」
監修:山下裕二(美術史家、明治学院大学教授)
会場:大田区立龍子記念館(東京・大田区)
会期:2021年9月4日〜11月7日
公式ウェブサイト:https://www.ota-bunka.or.jp/facilities/ryushi/exhibition?23564
参考文献
『川端龍子 vs 高橋龍太郎コレクション−会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃−』(求龍堂)