箱根駅伝の出場校としてもおなじみの國學院大學。渋谷駅から徒歩約13分という同校のアーバンキャンパスに、誰でも無料で入館できる本格的な大学付属の博物館があるのをご存知でしょうか? 考古学と神道に関する資料を中心に、日本の歴史や文化を紹介している國學院大學博物館です。
國學院大學・学術メディアセンター(渋谷キャンパス)の地下1階にある博物館。上階にはメロンパンが人気のカフェラウンジ若木が丘が。(夏季は営業日が不規則なので、ご注意。)
そして、同館に新たに収蔵された浮世絵のコレクションを公開する目的で、今夏開催されている企画展が、その名も「浮世絵ガールズ・コレクション ―江戸の美少女・明治のおきゃん―」。まさにファッションショーさながらに、江戸時代後期〜明治時代の女性たちの姿を描いた浮世絵を多数展示した華やかな企画展示になっています。
考古学と神道の濃厚な歴史空間
國學院大學博物館は、歴史マニアにはたまらない、内容充実のきれいな博物館。約488坪ワンフロアという広々とした展示室は、考古展示室、神道展示室、校史展示室、企画展示室の4つのエリアで構成されています。博物館の建物自体は2008年竣工と新しいのですが、1882(明治15)年に設立された「皇典講究所」を母体とする國學院大學は、130年余の歩みのなかで、今日に至るまで、日本の歴史・文化に関する貴重な資料を多数所蔵し、堅実な研究実績を重ねてきました。
國學院大學博物館の「考古ゾーン」(常設展示)。壁面を埋め尽くす土器の展示は圧巻のひとこと。
博物館では、大学の由緒あるコレクションと調査研究の成果を、誰でも無料で見ることができます。じっくり見たら一日がかりになる濃密な歴史空間。夏休みの自由研究にぴったりのおでかけスポットです。
そして企画展「浮世絵ガールズ・コレクション」では、選りすぐりの浮世絵の美人たちが私たちを出迎えてくれます。
國學院大學博物館の企画展示室。「浮世絵ガールズ・コレクション」は、写真撮影OK!
発見! 国芳が使っていたカレンダー?
さてでは早速、「浮世絵ガールズ・コレクション」の展示室に参りましょう。展示室入口正面の展示ケースで私たちを迎えてくれるのは、女性が描かれた一枚の浮世絵と、パンフレットのような何か。一体なんでしょうか??
会場入口のショーケースには、浮世絵と青い表紙のパンフレット?
ひとまず向かって左側の浮世絵から見てみましょう。女性がソワソワした様子で、何かをのぞきこんでいます。新聞のように、枠があって、段があって、細かい文字が並んでいるようです。
一体なにを読んでいるの? 歌川国芳・鳥女「山海愛度図会 卅三 よい日をおがみたい 出雲 はち蜜」嘉永5(1821)年12月 蔦屋吉蔵版 國學院大學博物館
そして、右側の展示品に目を移してびっくり! 浮世絵の中の女性が読んでいるものと瓜二つ。びっしり書かれたくずし字は、素人には到底読めない代物ですが、ガラス越しに辛うじて「十月」「十一月」という文字が確認できます。
「十月 小建 辛亥」「十一月 大建 壬子」と読めるが……??
そうなんです。実はこれ「伊勢暦(いせごよみ)」と言って、江戸時代のカレンダーなんです。左側の浮世絵は、嘉永5(1852)年に出版された歌川国芳(うたがわ・くによし、1797-1862)の作品ですが、絵の中の女性が読んでいるものは、まさに右側の嘉永5年版「伊勢暦」の10月-11月のページなのです。(暦について詳しく知りたい方は、国立国会図書館が作成した「日本の暦」というサイトがおすすめです。)
そして「伊勢暦」には、各日の吉凶も記されていました。作品名の「よい日をおがみたい」は、まさに描かれた女性の心の声。両手を組んでいる仕草も、今月のラッキーデーを調べているとなれば納得です。髪型や化粧などから、そこそこ年齢のいった既婚女性であることがわかるのですが、一体どんな予定があるのでしょうか。雑誌の巻末の星占いを必ずチェックしてしまう読者の方は、彼女がちょっと身近に感じられたのでは?
一世紀半越しの邂逅 収蔵品が歴史を紡ぐ
ちなみに、この展示ケースの中の「伊勢暦」は、國學院大學“図書館”の収蔵品です。今回、学内の博物館と図書館、それぞれの所蔵品が照合されたことで、国芳が、この美人画を描くにあたり、小物の細部まで実物を参照しながら丁寧に作画をしていたことが明らかになりました。
こちらの作品で女性が持っている本も、よく似たものを図書館の収蔵品の中に発見。(右)歌川国芳・芳女「山海愛度図会 廿二 つゞきが見たい 志州 西宮白魚」嘉永5(1821)年8月 蔦屋吉蔵版 國學院大學博物館、(左)柳下亭種員・歌川国芳『児雷也豪傑譚』江戸時代 國學院大學図書館
一世紀半前に別々の場所で出版され、数多くの人々の手を渡ってきた浮世絵と暦が、21世紀の渋谷で相見えた歴史の浪漫に、心ときめかずにはいられません。会場では、他にも國學院大學の所蔵品の中から、浮世絵に描かれた装身具や調度品の同時代の類例を並べることで、浮世絵に描かれている人々の暮らしの情景を鮮やかに浮かび上がらせています。
鼈甲でできた簪(かんざし)と笄(こうがい)。浮世絵の女性を見ると、確かによく似た笄で髪の毛をまとめ上げている。なんと重厚感のあるヘアアクセサリー……。
ちょっと意外なことなのですが、國學院大學博物館にまとまった規模の浮世絵コレクションが入るのは、実は今回が初めてのことだそう。今後の研究調査で、さらに新たな発見があることが期待されます。美術館や博物館が作品を収蔵するということは、他の収蔵品やこれまでの研究の蓄積から、歴史の経糸と緯糸をなぞっていく、とても意義深いことなのだと改めて思いました。
國學院大學博物館「浮世絵ガールズ・コレクション」の展示ケース。ずらり国芳の美人画が並んだランウェイ。
モグラ女子は江戸時代から存在した!?
今回、この記念すべき新収蔵作品による企画展を鑑賞するにあたり、「浮世絵ガールズ・コレクション ―江戸の美少女・明治のおきゃん―」の監修者であり、國學院大学教授の藤澤紫(ふじさわ・むらさき)先生に、展覧会のみどころをうかがいました。
初心者向けの展示解説が嬉しい。「どうして武家の娘だと分かるでしょう?」といったように、クイズ形式で浮世絵の見方のポイントを説明しているものもあり、夏休みの自由研究にもぴったり。歌川国芳・芳幾「山海愛度図会 六十九 花をごらんあそばしたい 対馬 昆布海苔」嘉永5(1821)年12月 蔦屋吉蔵版 國學院大學博物館
「美人画」には女性の憧れが詰まっている!
藤 最新の衣装や髪型を満載した「美人画」は、実は女性たちの装いのお手本や、暮らしの情報源でもありました。本展には約50名もの魅力的な女性が登場します。しかも、彼女たちの年齢や階層は実にさまざま! 大人への階段を上る少女から母親世代まで、同性をも魅了した愛らしい浮世絵美人に会いにいらしてください。
明治時代になると浮世絵の中に、洋装の女性が登場。専業主婦、キャリアウーマン、学生、といった具合に、さまざまな女性のファッションが紹介されている。楊州周延「現世佳人集」明治23(1890)年1月 勝木吉藏版 國學院大學博物館
美人画と言うと、雑誌のグラビアのように、主として男性の需要に応じたものととらえている方も多いでしょう。しかし今回の展覧会の出品作品を見ていくと、「同性をも魅了した」という藤澤先生の言葉に納得することと思います。近年、モデルとしてもグラビアアイドルとしても活躍し、男女双方から好感度の高い芸能人を「モグラ女子」と呼びますが、「浮世絵ガールズコレクション」に登場する美人たちは、まさに当時のモグラ女子。流行のファッションに身を包み、ときに大人の色香もかいま見せる、浮世絵美人たちは男女双方の注目の的でありました。
『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)』は、女性の身だしなみについて総合的に論じた「美の教科書」。浮世絵の美人画に描かれたような「理想型」に近づくためのメイク術などが掲載されている。文化10(1813)年の刊行から、文明開化以降も女性たちに読み継がれた、100年超えのロングセラー本。
「侠」から「おきゃん」へ、受け継がれる心意気!
藤 本展示では幕末期を彩る粋でいなせな女性たちと、その活発さを受け継ぎながら文明開化の波にのったおきゃんな娘、その双方の魅力をお楽しみいただけます。実はタイトルにある「おきゃん」の語源は、もとは勇み肌の粋な男女などを指す「侠(きゃん)」という用語でした。そこに「お」を加え、明治期には活発でちょっと軽はずみなところもある若い女性をあらわすようになります。
国芳の弟子・月岡芳年は幕末に生まれ明治時代に活躍した「最後の浮世絵師」のひとり。師の国芳が愛した江戸の侠を守りながらも、新たな時代の美人表現を模索した。
企画展のメインともいうべき歌川国芳の美人画は、すましたところがなく、一人一人が生身の人間らしく、とてもいきいきしています。国芳作品から読み取れる女性のファッションセンスや活発さ、自立した意志には、誰もが共感を覚えることでしょう。とりわけ「山海愛度図会(さんかいめでたしずえ)」は、国芳55歳のときに手がけた美人画の一大シリーズ(70図近くあるとも)。すでに武者絵の評価も定着した国芳が、彼なりの美の哲学を注ぎ込んだであろう作品群には、ジェンダーレスなかっこよさを感じます。
歌川国芳・芳幾「山海愛度図会 四十八 はやくにげたい 下総 葛西海苔」嘉永5(1821)年12月 佐野屋喜兵衛版、歌川国芳・芳幾「山海愛度図会 五十五 すがたを見たい 豊後 しぼり染」嘉永5(1821)年12月 蔦屋吉蔵版 ともに國學院大學博物館
ちなみに「山海愛度図会」には、長女・とり(登里/鳥、生没年未詳)との共同制作もあります。紺屋の息子と伝えられ、着物の柄には並々ならぬこだわりをもつ国芳。さらにお年頃(?)の娘二人を持つ親父として、世の女性たちの憧れをファッショナブルに描く美人画の大作に、相当な気概をもって望んだであろうことは想像に難くありません。
もしかしたら、娘たちや息子同然の年の差の弟子たちと一緒になって「いま若者のあいだでは何がイケてるのか」「どういう女性がクールなのか」、やいのやいの言いながら絵筆を走らせていたかもしれませんね。
浮世絵 美人画コンテストも! 投票に参加しよう
企画展示室では、展示作品の中からお気に入りの浮世絵美人を探して投票する「浮世絵 美人画コンテスト」も開催しています。(投票は7月21日まで。)ずらり並んだ50名の中から、お気に入りの一人をぜひ選んでみてください。
会場では浮世絵 美人画コンテスト開催中。総勢50名の江戸・明治の美人たちから、お気に入りのあの娘に投票!
そして、どうしてその女性を選んだか、ちょっと考えてみてください。表情? 仕草? ファッションセンス? みなさんが感覚的に「好き」「いいな」と思ったその理由、実はけっこう日本美術の根深いところにあるかもしれません。そして、たぶんそれが日本文化への入り口なのだと思います。学生さんも、そうでない方も、この夏は、自分の美意識を探る自由研究を、國學院大學博物館でいかがでしょうか?
写真撮影OKの体験コーナーも。このかつら、かぶれます!
「浮世絵ガールズ・コレクション」展覧会情報
夏休み2ヶ月に渡って開催される企画展「浮世絵ガールズ・コレクション」は、会期中にトークイベントなども。7月27日には、本展監修者の藤澤紫先生と、TVのバラエティ番組でもおなじみ、あの「ハコちゃん」こと岩下尚史先生による講演会も開催します。江戸・明治のガールズ・コレクション、ぜひ心ゆくまでお楽しみください!(会期中、お盆休みがあるので、開館日にご注意ください。)
◆浮世絵ガールズ・コレクション ―江戸の美少女・明治のおきゃん―
会 期 2019年6月29日〜8月25日
会 場 國學院大學博物館 企画展示室
休館日 7月22日、8月13日~22日
時 間 10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
▼会期中のイベント▼ 詳細は公式サイトでご確認ください。
*藤澤紫先生によるミュージアムトーク 7月20日 13:00~14:00(無料)
*講演会「女性美と粋 ―江戸・明治の美人に学ぶ―」 7月27日 12:30~14:00(要申込・別途受講料)
昔の鏡って、こんなにきれいに映るんですね。自分の体験にもとづいた知識って、財産。
取材協力/國學院大學博物館、藤澤紫