木島櫻谷(1877〜1938年)−−まず作家の名前が読めないではありませんか。「このしまおうこく」と読むのです。京都の画壇では著名でしたが、没後はなぜか歴史の中に埋没していた感があった日本画家です。その「おうこくさん」を顕彰する『木島櫻谷〜究めて魅せた「おうこくさん」』展が、京都市右京区の渡月橋の近くに立つ福田美術館と嵯峨嵐山文華館の2館共同で開催されています。訪れたアートトークユニット「浮世離れマスターズ」のつあおとまいこは、匠の技や華やかな作品の数々に目を丸くしました。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
もふもふのたぬき現る!
つあお:見てください、このたぬき君。匠の技で描かれてる!
まいこ:ホントですね!
つあお:おうこくさんって全然有名じゃない日本画家ですけど、この展覧会で作品をたくさん見て、ホントすごいなぁって思っちゃった。たわくし(=「私」を意味するつあお語)は「日本画ウォッチャー」を自認していたつもりなんだけど、まだまだだなぁ。
まいこ:ほかにも動物を描いた絵がたくさんありますけど、まず表情がかわいい。愛を感じます!
つあお:かわいいのにリアルなんですよね。相当な匠だと思いますよ。
まいこ:ちょっと前に浮世離れマスターズのアートトークで、円山応挙の犬君についておしゃべりをしましたけど、そのリアルなかわいさともまた違う!
つあお:おうこくさんのこのたぬき君は、生きてる感じがします。
まいこ:「子犬」みたいに、かわいい動物の定番じゃないのに、魅力を全開にしてるところが素敵!
つあお:相当なたぬき愛が感じられますね。多分自然の中で実際によく出会っていたんだろうなぁ。
まいこ:たぬきも実はこんなにもふもふだったんだなって改めて気づかされますね!
つあお:背景の竹林の描き方がまた幻想的ですごくいい。たぬき君のリアリティーとは対照的です。
まいこ:ちょっと霧がかかったような竹林が、とても幻想的ですね。ここに虎とかがいると真面目な感じなんですけど、たぬきが出てくるとちょっとコミカル?!
つあお:おうこくさんが生きた大正時代とか昭和の初め頃っていうのは、日本画の世界でも西洋の絵画の技法や捉え方がたくさん入ってきていたんですけど、その中からいいとこ取りして日本の伝統の中に溶け込ませた感じがする。うなりまくりです。
まいこ:へえ。日本画ウォッチャーをうならせるとは?! どの辺りのいいとこ取りなんですか?
つあお:いい質問ですね。本当に目の前にいるたぬき君におうこくさんは挨拶してるんだけど、たぬき君はちょっと身構えて逃げようとしている微妙な瞬間を捉えているところとか。そのリアリティーの表現力が、おそらく西洋絵画から学んだことだったのだろうと思うんです。
まいこ:そうか〜! だからもやっとした潤いを感じる背景に、ひょっこり本物のたぬきが出てきたように見えるんですね!
つあお:そうそう、もやもやは日本の絵画の得意技ですもんね。
もやもやを吹き飛ばす百花繚乱
つあお:さてこっちの屏風は、動物の絵とはまるっきり違う世界を創り出してる。これもすごい!
まいこ:もやもやを吹き飛ばす百花繚乱! カラフルで美しい世界が広がっていますね!!
つあお:実際に見る花ももちろん美しいなとよく思いますけど、この絵を見てると何だか現実離れした美しさの極みを見ているような気になる。
まいこ:例えば紫陽花! こんなにきれいな水色、見たこともないですよ!
つあお:ピンクとか赤の花との対比がまた素敵です!
まいこ:黄色い花のアクセントも絶妙にきいてます!
つあお:それでね、この絵のすごく面白いのは、花とか木の幹の輪郭がはっきり描かれていないことだと思うんです。
まいこ:ホントだ! 輪郭がない!
つあお:これはどうも琳派(江戸時代に俵屋宗達らが始めた作風を継承した流れの総称)の技法の「たらしこみ」というやつなのではないかと。
まいこ:かの有名な「たらしこみ」ですね!
たらしこみ=日本画の技法の一。色を塗って乾かないうちに他の色を垂らし、にじみの効果を生かすもの。俵屋宗達の創案と考えられ、琳派(りんぱ)が多く用いた。(出典=小学館「デジタル大辞泉」)
つあお:そうなんです。西洋とは違って日本の伝統的な絵には普通輪郭線があったから、むしろちょっと特異な感じがします。
まいこ:確かにこの葉っぱを見るとよく分かりますね。輪郭はないけどにじんでいて、葉脈ぽい感じもする。
つあお:この技法を琳派の作家でもないのにこれだけ巧みに使って、こうした大きな画面に美しい世界を創り上げた力量は、実に見事なものだと思いますよ!
まいこ:たらしこみの表現って日本画の画材じゃないとなかなか出来ないものなんでしょうか?
つあお:そうですね。油絵具だとやっぱりギトギトしてしまうので、こんなに爽やかな表現にはならないと思います。おうこくさんは日本画の画材の力をよく知っていたのでしょう。
まいこ:おうこくさん、すごい! 私には、琳派というと、こういう華やかな植物が金色の地を背景に咲き乱れてるイメージがあるのですが、おうこくさんさんの描き方は、ちょっと変化球なのかな?
つあお:確かに。それもストレートやカーブじゃなくて、パームボールみたいな感じかな。
まいこ:パームボール????
パームボール=野球で、投手の投球の一。手のひらで押し出すようにして投げる球で、あまり回転せず、打者の近くで不規則に変化する。(出典=小学館「デジタル大辞泉」)
つあお:変化のしかたがヴァラエティーに富んでいる投げ方なんですよ。おうこくさんのこの絵は琳派の様式美とはまた違ったリアリティーに満ちているのだけど、四季折々の花が一同に集まっているので現実にはありえない。まさに変化に富んだ絵だと思います。
まいこ:ふむふむ。テクニシャンですね~。
つあお:背景の白がこれだけ爽やかな画面を作り出したというのは、一種の発見だったのかもしれないですね。
まいこ:この爽やかさ、クセになりそう! 隣のひまわりやハイビスカスもエキゾチックでいいですね! 描かれている花を全部集めた花束が欲しい!
つあお:それは無理(笑)。
まいこ:そこをなんとか!(笑)
まいこセレクト
たぬき君までかわいく描いてしまうおうこくさんですから、犬君はどんな風に描くのかな~と集中して探しました。そして気がついたのは、この白黒模様の犬君が、何回か登場するということ。脇役のように小さく登場することもあるのですが、この絵では主役です。多分なのですが、おうこくさんが飼っていた犬君です!
印象的なのは、花と遊ぶスズメたちを一心に見つめる眼差し。
優しい目ですよね~。人間的なインテリジェンスを感じます。さりげなく揃っている前足もかわいい! 円山応挙のコロコロした日本の子犬とはまた違った魅力を感じていいですね~。
つあおセレクト
おうこくさんは秋景色を描くのを好んでいたそうですが、こうした絵を見ると、本当に自然を慈しんでいたのだなあと思います。鮮やかでいて、やわらかい。リアリティーというよりも、自然への深い慈愛に満ちているように、つあおには見えるのです。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
自然を愛し、動物を愛したおうこくさんは、おそらく多くの動物に慕われたに違いありません。そんな風景を描いてみました。
展覧会基本情報
展覧会名:木島櫻谷〜究めて魅せた「おうこくさん」
会場名:福田美術館・嵯峨嵐山文華館(京都市右京区、2館共同開催)
会期:2021年10月23日〜2022年1月10日
公式ウェブサイト:https://fukuda-art-museum.jp/exhibition/202105191639