Art
2022.02.05

文様と技法で作品を読み解く~根津美術館企画展『文様のちから 技法に託す』より~

この記事を書いた人

古くから、染織、漆工、金工等の職人たちは、文様を施すために最も適した技法を選択する一方で、技法が活かされる文様を追求してきました。また、織る・縫う・彫るといった技法によって、作品が持つ雰囲気や魅力も異なってきます。今回は、根津美術館企画展『文様のちから 技法に託す』をご紹介しながら、さまざまな作品の技法と文様の関係に迫ります。(展示室内は特別に許可を得て撮影しています。)

華やかな世界の裏に技巧が結集
着物に込められた技の数々

本企画展は大きく分ければ、展示室1の染織系と展示室2の工芸系の二つで構成されています。まず展示室1の染織に関しては、能装束三点をご紹介します。能の世界でどのような使われ方をしたのかを推し量りながら、文様と技法を考察していきます。

展示室1 会場風景

金色に輝く文様がひときわ目につく着物は《縹地籠目矢車模様法被(はなだじかごめやぐるまもようはっぴ)》。法被は武将の鎧(よろい)を表現しており、修羅物と呼ばれる戦いをテーマにした能で用いられます。特に本作のような裏地のある袷(あわせ)※の法被は、武将、あるいは亡霊や鬼などの恐ろしい役柄で着用されます。

《縹地籠目矢車模様法被》 1領 絹 日本・江戸時代 18~19世紀

※袷…表地に裏地を縫い合わせる仕立ての、裏地のついた着物のこと。

濃紺の地に金糸が鮮やかなこの着物は、三角形と六角形を敷き詰めた籠目文の上に、弓の矢羽根を放射状にした矢車文を織り出しています。籠目文は、子どもの服の背守りに用いられるなど魔除けの意味があり、矢車は武道を重んじる精神を表す文様とされています。つまりこの着物は、攻めと守り、両方の要素を持ち合わせているのです。
本作は織機を用いたとされており、織機は決まった文様を正確に織り出せるので、繰り返し文様をあらわすのに適しています。もしも文様が力を持つとすれば、正確であるほど強く伝わったでしょうから、織機による本作の攻めと守りの力は、舞台上で観客に強く訴えたことでしょう。

《縹地籠目矢車模様法被》 1領 絹 日本・江戸時代 18~19世紀 部分

《紅浅葱段籠目草花模様唐織(べにあさぎだんかごめそうかもようからおり)》はカラフルな秋草と蝶の文様が華やかな着物。唐織は小袖※の形態の能装束で、女役が用いることが多く、若い女役は明るい色調の赤い色糸を使った「紅入(いろいり)」、中年以上の女役は落ち着いた色調の寒色系の色糸を用いた「紅無(いろなし)」の唐織を着用します。

《紅浅葱段籠目草花模様唐織》 1領 絹 日本・江戸時代 18世紀

※小袖…大袖、あるいは広袖の着物に対し、袖口が縫い詰まった着物のこと。

この作品は、秋草と蝶がいる部分を一ブロックとすると、背縫いを中心に文様が左右対称になっています。小袖は一反、つまり約12メートルの織物を裁断して作るので、織り手は製作過程でモチーフを反転させていることになります。織は正確な繰り返し文様を得意とする一方で、単調になりやすいという特徴もありますが、本作はモチーフの反転によって変化をつけているのです。

《紅浅葱段籠目草花模様唐織》 1領 絹 日本・江戸時代 18世紀 部分

本展のメインビジュアルにもなっている《茶地立涌雪持松模様縫箔(ちゃじたてわくゆきもちまつもようぬいはく)》は、摺箔(すりはく)※と刺繍で文様をあらわした、縫箔(ぬいはく)と呼ばれる小袖形の装束です。縫箔は、いちばん上に重ねて着る衣服である表着(うわぎ)の下に着るもので、華麗な文様が施されているものが多いそうです。本作は全体が小ぶりで、振袖に仕立てられていることなどから、子方用の能装束であったと思われます。

《茶地立涌雪持松模様縫箔》 1領 絹 日本・桃山~江戸時代 17世紀

※摺箔…型紙を使って生地の上に糊または膠 (にかわ) を置き,上から金箔をこすりつけて模様をあらわす技法のこと。

波状の縦曲線の連続の間に、不老長寿と不屈の精神の象徴とされる雪持松文を示した本作は、摺箔による平面的な文様と、刺繍による立体的な文様の魅力ある共演といえます。もしも能の舞台が屋外だったとすると、まず松の刺繍が観客の目を奪い、昼の太陽光や夜の薪の光を受けて摺箔が輝き、舞台を彩ったことでしょう。

《茶地立涌雪持松模様縫箔》 1領 絹 日本・桃山~江戸時代 17世紀 部分

繊細な文様を実現する超絶技巧
多彩な技法の共演

展示室2では、さまざまな種類の工芸品が展示されています。今回はその中でも鏡、盆、刀装具に着目し、緻密で華麗な文様と、それを実現させた驚くべき技法をご紹介します。

展示室2 会場風景

中央に正方形が置かれ、周囲の龍文と、点在するアルファベットの「T.L.V」のような文様がミステリアスな《方格規矩蟠螭文鏡(ほうかくきくばんちもんきょう)》※。こちらは古代中国の宇宙観を表現しているとされ、当時の人々は丸い天が四角い大地を覆っていると考えていました。
この鏡では鏡の外形が天、正方形の部分が地を示しており、曲線部分は龍で、「T.L.V」の部分は天を支える柱や、天と地をつなぎとめる留め具を文様化したものと考えられています。
この鏡は、砂や土で作った鋳型(いがた)に、溶かした金属を流し込み、冷やして固めた後、鋳型から取り出す工程を経て作られました。鋳型を作るときに、同時に文様も彫ります。その技法は、同館2階展示室4に展示中の殷周時代の青銅器にも使われているとのことで、厳かで神秘的な雰囲気が共通しているように思いました。

《方格規矩蟠螭文鏡》 1面 青銅 中国・前漢時代 紀元前2世紀 村上英二氏寄贈

※蟠螭…蟠(ばん)は「わだかまる」,螭(みずち)は角のない若い龍のこと。蟠螭文(ばんちもん)は、龍が絡み合った状態を文様化したもの。

厳かな龍と細かい文様に圧倒される《雲龍堆朱盆(うんりゅうついしゅぼん)》は彫漆の作品です。彫漆は、何百回も塗り重ねられた漆の層を直接彫ることで文様をあらわす技法の総称で、表面が赤色のものを堆朱と呼びます。幾重にも重なった漆の層の深さを把握して的確に彫り込むことは大変難しいそうです。
本作は五つの爪を持つ龍と、中央には宝珠、下部には岩と波涛が配され、龍の周りには雲が取り巻いており、縁は四方に配置された窓に、地面から生えている草花を文様にした花卉文(かきもん)、と大変手の込んだデザインです。
背景にも注目すると、龍の頭の後ろには、平たい雷文、胴部の後ろは麻の葉繋ぎ文、岩と波濤の後ろは波文、縁も窓には麻の葉つなぎ文、それ以外の部分では花菱文と、彫りわけられています。
文様の龍の力強さと背景模様の緻密さがコントラストをなし、ミクロ単位の鬼気迫る彫り込みがなされた本作は、超人的な集中力と技巧が詰まった逸品です。

《雲龍堆朱盆》 1枚 木胎漆塗 中国・明時代 万暦17年(1589) 部分

けれん味あふれる大ぶりの牡丹が印象的な《牡丹蝶図鐔(ぼたんにちょうずつば)》は、幕末明治に活躍した近代日本の金工師・加納夏雄の手によるもの。加納夏雄は十代のうちから大月派※の池田孝寿のもとで彫金の修行を始めるとともに、円山四条派※で絵画を学びました。
鉄地に浮かび上がる牡丹の花弁は、手前側から奥へと彫り進めることで表現されており、金色の花芯は、花弁と同様、地で形を彫り出す、もしくは象嵌※によるものと考えられています。花弁や花芯に立体感がある牡丹はリアルで美しく、金属製ながらも生きているような柔らかさや温かみ、色香すら漂います。また本展では見ることはできませんが、裏面には二匹の蝶と、「夏雄」の銘が示されているそうです。

《牡丹蝶図鐔》加納夏雄作 1枚 鉄地 日本・明治時代 19世紀

※大月派…京都の名門金工一家で、大月光琳を祖とし、光興(みつおき)などの名工を輩出した。

※円山四条派…円山派と四条派の併称で、江戸時代前期の中心的存在であった狩野(かのう)派に対して、後期に中心派になった画派で、祖は円山応挙(おうきょ)である。

※象嵌…金属や木材、陶磁などに模様を彫り、くぼみに別の素材をはめ込む工芸技法のこと。

不動明王の智剣が変じた化身とされる倶利伽羅龍王をあらわした三所物(みところもの)※である《倶利伽羅龍図三所物(小柄・笄・目貫)(くりからりゅうずみところもの(こづか・こうがい・めぬき))》は、代々将軍家の御用を務めた後藤家の分家・八郎兵衛家6代目の家督を15歳で相続した後藤一乗の手によるものです。
小柄の地板と笄の木瓜型(笄を刀に挿した時に見える部分で、本作では龍が象嵌されている箇所)は魚々子仕立て(ななこじたて)※で、きれいに揃った粒々が超絶技巧ぶりを示しています。その上に、高く彫った倶利伽羅龍を象嵌しています。後藤家では代々倶利伽羅龍の意匠を得意としていましたが、本作、一乗の龍は、後藤宗家の豪壮で堂々とした龍とは異なり、ほっそりとして洗練されているところに特徴があるそうです。目貫は金地に、立体的に彫り上げる容彫(かたちぼり)の技法を用いています。

《倶利伽羅龍図三所物(小柄・笄・目貫)》後藤一乗作 1具 赤銅地 日本・江戸時代 文政7年(1824)※画像は上から目貫、小柄、笄。

※三所物…刀装用の金具で、小柄、笄、目貫の3点の総称。小柄は刀の鞘に添える小刀の柄、笄は刀の鞘に挟むへら状の金具、目貫は柄につける飾り金物のこと。

※魚々子仕立て…先の刃が小円の鏨(たがね)を打ち込み、金属の表面に細かい粒をまいたようにみせる工芸技法のこと。

本展の作品を見ていると、美しい着物や壮麗な工芸品には、想像もつかないような技巧と考え抜かれたデザインがぎゅっと詰め込まれていることが分かります。洗練を極めた技法と文様は作品に魅力と奥行きを与え、所有者を喜ばせるのみならず、現代の鑑賞者の目をも楽しませているのです。
目を凝らさなければ分からない部分にまでこだわり抜いた名匠たちの手による名品の数々を、こころゆくまで目の当たりにできる『文様のちから 技法に託す』を、どうかお見逃しなく。

(※すべて根津美術館蔵)

取材協力:玉井あや(根津美術館 学芸員)

展覧会基本情報

展覧会名:「文様のちから – 技法に託す」
場所:根津美術館 展示室1・2(〒107-0062 東京都港区南青山6丁目5−1)
会期:2022年1月8日(土)~2月13日(日)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日: 毎週月曜日
公式HP:https://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html ※オンライン日時指定予約制

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。