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2022.08.22

タウトも柳宗悦も注目した東北農民の文化とは?【東京ステーションギャラリー】

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「東北地方といえばスキーでしょうか?」とつあおが言えば、「お米とお酒が美味しいですよね!」とまいこが応え、なかなか話がかみ合わない二人ですが、東京ステーションギャラリーの『東北へのまなざし 1930−1945』展を訪れると、俄然、戦前から戦中にかけての東北の農村が「美」に満ちていたことに目を奪われ、対話が弾み始めました。

東北の農村に満ちる美!どんな美だったんでしょう〜!


えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

ブルーノ・タウトが注目した東北農民の文化

つあお:ここにある2つのライトスタンドは、ちょっと不思議な形をしてると思いませんか?

左:ブルーノ・タウト(原型指導)『ライトスタンド1-D型』 1933年原型指導/1984年復元 仙台市博物館蔵
右:ブルーノ・タウト(原型指導)『ライトスタンド1-B型』 1933年原型指導/1984年復元 仙台市博物館蔵
展示風景

まいこ:きのこみたい!

つあお:さすが、グルメなまいこさん!

まいこ:でも、左のメタリックなほうは、笠をかぶった人の頭っぽくも見えますね。

つあお:民話に出てくるような感じでしょうか。何となく、顔の部分に目とか鼻とか口とか描きたくなってきましたよ!

まいこ:描いてあげたらどうですか?

つあお:ふふふ。たわくし(=「私」を意味するつあお語)が描いたら、ただのラクガキになっちゃいますよ! それでもいいのかな?

まいこ:わあ! きっとかわいくなりますね!

おお〜、なんだか柳田國男の世界です。


つあお:それでね、このライトスタンドは、何と、かの建築家のブルーノ・タウトが日本で制作の指導をしてできたものの復元なんだそうですよ!

まいこ:日本に来て、京都の桂離宮の美しさを説いたドイツ人ですね!

つあお:そうなんですよ。

まいこ:へぇ。でも、なんで建築家がこんなライトスタンドの制作指導をしたんでしょうね。いつくらいのお話だったのですか?

つあお:タウトがドイツから来日したのが1933年だったそうです。昭和初期の、世情がなかなか微妙だった時期ですね。

まいこ:確かに! ドイツではナチスが政権を取った年でしたね。そのドイツから! 日本もきな臭い雰囲気だったのかな?

来日直前までソ連で活動していたタウト、ナチスから危険視されたことをきっかけに渡航先を探していたそうです。


つあお:クーデターを目論んだ海軍の将校たちが犬養毅首相を暗殺した五・一五事件が1932年でした。第二次大戦へと向かう空気はすでに醸成されつつあったのかもしれない。タウトはそんな時期に来日して、最初はどうも仙台に入ったらしいんです。

まいこ:へー、長身でハンサムなタウトさん! 街なかでは目立ったでしょうね!

つあお:さすがまいこさん! 目のつけどころが◯△□でいいなぁ。時代の緊張の空気が一気に緩みました(笑)。タウトは散歩するだけで、きっと注目を集めたんじゃないですかね。

まいこ:絶対そうだと思いますよ。

つあお:ただ、来日していきなり建築を手がけるわけにもいかなかったからか、仙台では工芸の技術を教えていたんです。

まいこ:その仕事の中で、これらのユニークなライトスタンドが生まれたんですね!

つあお:そう。当時ヨーロッパで盛んだったモダニズムのデザインを思わせます。一方で、タウトは当時東京で見た日本のデザインに欧米のまがい物が多いことを指摘していた。本物のデザインとは何かということを考えていたんでしょうね。

まいこ:素晴らしい!

モダニズム=文学・哲学・美術などで、特に20世紀の初頭に興った反伝統主義の立場に立つ諸傾向の総称。未来派・表現主義・ダダイスムなどを含む。日本では、大正末期から昭和初期にかけての新感覚派・新興芸術派などにみられる、文学・芸術上の一連の運動。近代主義。現代主義。​​(出典:小学館『デジタル大辞泉』

つあお:それでね、この写真でさらに注目すべきは、ライトスタンドの背景に写っている大型の年表の前に置いたりつるしたりされている物なんです。

まいこ:年表には「秋田の旅」っていう見出しがあって、農村で使っていた衣類や道具がたくさん展示されていますね!

つあお:そうなんです。タウトは仙台にいた半年後くらいに群馬県の高崎に移ったんだけど、その後も折に触れて東北旅行をしていた。日本の文化に傾倒したタウトが注目したのが、東北の農民たちの文化だったんです。

ブルーノ・タウトと東北の関係をひもといた年表のコーナー。年表には「秋田の旅」という見出しがついている

まいこ:こうやって見ると、農具類も素敵ですね! 手前の靴は、雪道を歩くためのものかしら?

つあお:その横の箱はソリの機能をつけた運搬用じゃないですかね。

まいこ:奥にある木製のスコップも、いいデザイン! 雪かきなんかに使っていたのかな?

つあお:降雪地域ならではの機能的なデザインの物がたくさんあったんですね。冬は外に出る機会が減るから、農民たちは家の中でいろんなものを楽しみながら手作りしていたということもあったのかもしれません。

雪深い国ならではの工夫が詰まってるんですね!


まいこ:家でいいデザインの物を作っていたら、それだけで、家の中が華やぎそう!

つあお:人は日常生活でも美しいものとともに暮らしたいという思いを持ちますからね。でも、農具など日々の仕事で使っているものって見慣れてしまうから、意外と注意が行きにくい。

まいこ:ですよね。

つあお:これらの道具類に何物にも代え難い美が宿っていることを発見したのは、やはりタウトの異文化に対する感性が鋭敏だったからでしょう。さらに驚いたことに、タウトはまるで水墨画のような絵を色紙に描いているんです。日本の山や民家、海の風景などもモチーフにしてます。

タウトは来日してほどなく色紙に水墨画を描くなど、日本文化を積極的に消化する努力をした。このイラストはそのイメージをGyoemonの雅号を持つつあおが描き起こしたもの。『東北へのまなざし 1930−1945』展では、色紙の実物が展示されており、それがまた素敵なのである。タウトの感性の素晴らしさは、こうした例からもよくわかる。

まいこ:タウトさん、素晴らしい! 色紙にはそれぞれ、赤い印章のようなものが押されてますね!

つあお:タウトは日本の絵画のスタイルに従って描いてみたのかもしれません。日本の文化については、来日に際してずいぶん研究していたんだろうな。

まいこ:そう考えると、日本に来たばかりの頃に作る指導をしたライトスタンドにも、何となく日本風味が見えてきたような気がします。

つあお:うんうん、からかさおばけっぽいっていうか何ていうか…。

まいこ:つあおさん、やっぱり目と鼻と口、描いてください。

実用性最重視のはずなのにファッショナブル

つあお:タウトが東北から日本に入ったというのはなかなか面白いことだと思いましたが、民藝運動で有名な柳宗悦(やなぎ・むねよし)も、東北の民藝をすごく重要視していたそうなんですよ。

まいこ:わー、東北パワーすごいですね!

民藝=一般民衆の生活の中から生まれた、素朴で郷土色の強い実用的な工芸。民衆的工芸。大正末期、日常生活器具類に美的な価値を見出そうと、いわゆる民芸運動を興した柳宗悦の造語。(出典=小学館『デジタル大辞泉』

つあお:それでね、柳の民藝運動を象徴する重要な要素となっているうちの一つが、農民たちが来ていた蓑(みの)などの仕事着なんじゃないかと思います。蓑はタウトの年表のコーナーにもありましたが、柳のセレクトも面白い。まいこさんは、ご覧になってどうお感じになりましたか?

東北地方の蓑などが展示された柳宗悦のコーナー

まいこ:アヴァンギャルドなファッションショーに出てきてもおかしくないようなデザインだと思います。とてもびっくりしました。戦前の東北で農民が使っていたものなんですね!

つあお:まったくもって驚きますよね。まず形そのものが面白いし、色も特徴的です。

まいこ:雪が激しい時などに着るのでしょうから実用性最重視のはずなのに、すごくファッショナブル !

つあお:当時の人々は自分で編んだりしていたと思うのですが、一体どんな気持ちでこの着物を作っていたんでしょうねぇ。

まいこ:素材は、わらやぼろ布などの寄せ集めのように見えます。

つあお:その寄せ集め方が実に素晴らしい。たとえば、この左の蓑は、上のほうの太い素材をわらわらと使った部分と下の細かい素材をしゃばしゃばしゃばって使った部分の対比があまりに見事だなと思うんです。

左:福島県南会津の『蓑』 1940年代、日本民藝館蔵
右:山形県庄内の『背中当(ばんどり)』 1939年、日本民藝館
展示風景
同展図録に掲載された杉山享司氏の論考「柳宗悦と東北−−その眼差しを巡って」によると、柳宗悦は、「蓑」を特集した『工藝』第74号(1937年3月)に掲載した「蓑のこと」という一文の中で、全国の蓑の中でも東北のものが格段に美しいと称賛したという

まいこ:そうですね! 私がさらに興味を持ったのが、背中当(ばんどり)です。このデザインなら、今でも普通にちょっとしたパーティーに着て行けますよ!

つあお:この衣装に合った宝飾品とかも作れそう。美意識が炸裂してますね!

まいこ:驚愕しました! この赤青黄色の絶妙な色使い、そして見たこともないような造形です。この背中当は、どうやって着るのでしょうね?

つあお:多分真ん中の空いてる部分に首を入れて上になっている部分を胸側に垂らして下になってる部分を背中側にたらすのでは? スーパーおしゃれですよね! スーパーモデルに着てほしいなぁ。まいこさん、ぜひスーパーモデルになってください。

まいこ:今からなるの?

つあお:絶対なれます。

まいこ:つあおさんが言うなら! まずは足を毎日引っ張って10センチくらいは伸ばさないとね。

つあお:お手伝いします。

つあおが「そのワンピース、民藝っぽい」とつぶやいたので、蓑や背中当の前でポーズを取るまいこ
まいこさんプロデュースブランド「BANDORI」デビューの日も近い!?

まいこセレクト

左:ブルーノ・タウト(デザイン) 竹製傘取っ手各種 1934年 群馬県立歴史博物館蔵
右:ブルーノ・タウト(デザイン) ハンドバッグ 1935年 山形県立博物館蔵
展示風景

タウトが日本に来てからデザインした日用品のコーナーでひときわ魅力を感じたのが、竹製の傘の取っ手です。コロコロとしたユーモラスな形の取っ手が10種類以上! なんておしゃれでかわいいのでしょう。竹が絶妙な歪み具合で編まれているのは、タウトが主観的であることを特徴とする表現主義の建築家だからかしら?

そもそも大きな建物を設計する建築家が、こんなに小さくてかわいらしい小物をデザインするということがなんだか面白い。そして、戦前の日本に渡ってきたばかりのドイツ人、タウトにとって、竹はアジアンエキゾチシズムのシンボルのような素材だったのかもしれませんね。使い慣れない竹に四苦八苦しながら、一生懸命小さな傘の取っ手を編むタウトさんを想像してニンマリしてしまいました。

それにしても私にはずいぶん小さな取っ手に感じられます。 洋傘のように、ステッキのようなJ型の湾曲もありません。そういえば、浮世絵などに描かれている和傘の持ち手はストンとまっすぐで取っ手はありませんね。

J型の取っ手にして完全に洋風を応用するのではなく、「ちょっとこうやって引っかかりをつけると持ちやすいよ」と教えてくれているタウトさんの思いやりなのかもしれません。

つあおセレクト

今和次郎標準設計による恩賜郷倉の模型(左:山形県新庄市金沢、右:山形県新庄市鳥越) 青山学院大学黒石研究室制作 2011年 青山学院大学黒石研究室蔵 展示風景

建築学者の今和次郎(こん・わじろう)は、「考古学」をもじった「考現学」という学問を提唱・実践しました。

考現学=社会のあらゆる分野にわたり,生活の変容をありのままに記録し研究すること。古物研究を専門とする考古学に対し,現代学,モダノロジーとも呼ばれる。日本で発達した学問で,大正末期に今和次郎らによって提唱された。(出典=「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」

遺物ではなく現在存在しているものを研究対象とする学問です。素敵なのは、何でも観察してスケッチすること。東京・銀座のカフェの店員さんとかでも、絵にするとすごく分析的になる。そのこと自体が面白いなぁと思うんです。普段何気なく眺めているものも対象になる。そして、普段の自分たちの目がいかに「節穴」かということを思い知らされることもあります。

今は、全国の農村を巡って民家も「考現学」の対象にしていたのですが、出身が青森県なんですね。東北地方の民家の研究は今にとっても格別な思いをもって臨んだことが推し量られます。

写真に二つ並んでいるのは、1930年代に続いた飢饉を救うために天皇から下賜された財源によって山形県新庄市に建設された「恩賜郷倉」の模型です。考現学では民家を細かく観察したスケッチが有名ですが、土地の風土に合った倉の設計などを実際にすることで、地に足のついた研究を進めていたのですね。

デザイナーだった弟の今純三も、兄とともに考現学に取り組みました。雪国の風俗や、鉄道の詳細なスケッチには、純三が兄に負けない観察眼の持ち主だったことがわかります。

上:今純三 冬の街頭風俗 『青森県画譜』6輯 1934年 個人蔵
下:今純三 風俗図乗り物いろいろ 『青森県画譜』10輯 1934年 個人蔵
展示風景
「今」のつみかさねが歴史になっていく、考現学ってとっても素敵な学問だなあ

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。​​

Gyoemon『雪道のファッションショー』

雪道のファッションショー。あれ? 観客がいない! と思いきや、大勢の雪だるま客が集まっているではありませんか!

展覧会基本情報

展覧会名:東北へのまなざし1930-1945
会場名:東京ステーションギャラリー
会期:2022年7月23日〜9月25日
公式ウェブサイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202207_tohoku.html

参考文献

『東北へのまなざし 1930-1945』図録(日本経済新聞社)

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

この記事に合いの手する人

平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。