欲しいものは何でもワンクリックで買える時代。そんな中にあってわざわざ四国の香川県まで足を運ばなければ購入できないものがある。槇塚鉄工所専務・讃岐鉄器の鍛冶職人・槇塚登さんが作る中華鍋もそのひとつ。TV番組で有名シェフやタレントたちが愛用している様子や使い勝手の良さ、料理の仕上がりの歴然たる違いが紹介されると一気に日本中から注目されることとなりました。一度使えば誰もがどんな人が作っているのか気になってしまう……。そこで、香川県高松市郊外にある工房を訪ねました。
「鉄工所なのに鉄の鍋を作らないの?」という一言がきっかけ
実家である槇塚鉄工所でお兄さんと共に働いていた頃、鉄の廃材を使って一輪挿しやキャンドルスタンドなどを作っていた槇塚さん。絵を描くことが趣味だったこともあり「鉄」でオブジェや小さな家具を手がけ作品展なども開催していました。そんな時、小豆島のオリーブ関連の企業の仕事で実際に遊べる鉄の灯台のモニュメントを製作したことがありました。その仕事を通じ槇塚さんの作品に興味を持った料理家でフードコーディネーターのみなくちなほこさんが「こんな素敵なもの誰が作っているのだろう」といきなり会社に訪ねてきたのだそうです。
そこでみなくちさんが目にしたのは当時槇塚さんが手掛けていた様々なオブジェやステンレス鍋でした。みなくちさんが口にした一言「なんで鉄工所なのに鉄じゃないの?」という言葉で物語が動き出します。
料理をしない槇塚さんは手入れが楽なステンレスの方が良いはずと思って作っていた鍋にみなくちさん、まさかのダメ出し。鉄はサビるし、手入れが大変ではと躊躇する槇塚さんになおもみなくちさんは「油焼きすればいいのでは」とアドバイスしたそうです。そうして槇塚さんとみなくちさんの「鉄の台所道具」造りのプロジェクトがスタートし、試行錯誤を重ねた末、現在大人気となっている中華鍋をはじめフライパン、アイアンディッシュ、玉子焼き器など様々な作品が生まれました。
鍛冶職人の仕事場はオリーブ畑を見渡せる工房
実際にどんな風にあの話題の中華鍋が作られているのか……。高松市郊外にある槇塚さんの工房を訪ねました。教えられた場所に向かうとそこは山の斜面に広がる広大なオリーブ畑……。細い坂道を登った先に、倉庫をリノベーションした槇塚さんの工房がありました。
鉄工所で作らないんですか?と聞くと「気兼ねなく、好きに作りたい。何よりこの景色が最高でしょ」と槇塚さん。確かに。オリーブ畑の向こうに広がる讃岐平野。どこまでものどかです。
工房の奥にある炉にはコークス(燃料)が真っ赤に燃え始めています。いよいよ鍋作りがスタートです。「作り始めたらあまり返事できないので! 」と槇塚さん。しばし黙って私も撮影と見学に集中しすることにします。
鍋の大きさにカットされた鉄板を炉の中に入れ、鉄が真っ赤に染まったら作業開始。ハンマーを勢いよく振り下ろすと、カン!カン!カン!鉄を叩く音が工房に響きます。
槇塚さんがハンマーを振り下ろすたびに鉄板の表面からキラキラした鉄の粉が舞います。なんだかとても幻想的。
鉄は熱いうちに打て。スピードとタイミングが命
中華鍋を作る際は2枚の鉄板を交互に炉に入れ、叩くの繰り返し。
平らだった鉄板が魔法のように丸いフォルムに変わっていく様が、力強い作業ながら実に繊細で美しく、見惚れてしまいます。
「鉄は熱いうちに打て、っていうけどまさにそのとおり。スピード感とタイミングを見極めることが大事」と槇塚さん。1時間ほどかけて2個の鍋が完成。いやはや重労働です。1日に作業できるのは3時間が限界だそうですが、これだけの重労働と集中力が必要な作業であればそれも頷けます。
「クオリティは下げたくないし、自分のペースも守りたい。気持ちが切れないようにしないとね」と槇塚さん。
2回目、3回目と火入れして叩くたびに中華鍋の形に仕上がっていきます。
中華鍋用の1.6㎜の鉄板を叩き、完成した鍋の厚みは0.9㎜。鍋のサイズによって1.6㎜。1.2㎜、1㎜と厚みが選べるようになっています。出来上がった鍋は鉄工場で柄と木製の持ち手を付けて出来上がりとなります。
実際に工房にある見本を持たせてもらうと驚くほど軽く、女性でも簡単に扱え”あおり”もやりやすそうです。取手が短く木製の取手が付いているので熱くて持てない、なんてこともありません。
ちなみにTVで有名女優さんが使用していたタイプは1㎜のものだそう。「料理の仕上がりに大きな違いはないと思うから、手に取ってしっくりくる大きさや厚みを選んでもらえれば」と槇塚さん。
中華鍋は小22,000円、中2,700円、大30,000円、フライパンは22,000円、玉子焼きは9,000円。これだけの手間とクオリティを考えれば決して高い買い物ではない。大事に手入れし、使い込んでいくうちに次第に我が家の台所の“顔”となっていく。
店頭での受注販売にこだわる理由
とここで本題に。中華鍋をはじめ槇塚さんの手がける作品はギャラリー店頭での注文が基本となっています。その理由を尋ねると「実際に手に持って使いやすいものを選んでもらいたいし、手入れの方法や使い方も詳しく説明して納得して購入してもらいたいから」と槇塚さん。でも「これだけ大変な思いで作ってる物を、ネットでポチッと簡単に買われるのってなんか不公平じゃない?」といたずらっぽく笑います。確かに。
現在はあまりの人気のため商品の殆どは半年待ち。それでもギャラリーには槇塚さんの作る中華鍋やフライパンを求め、遠方から足を運ぶ人が後を絶ちません。
槇塚さんは「なるべくお待たせしないように作っていますが、待つ時間もひっくるめて楽しんでもらえたら。わざわざ香川に足を運んでもらうわけだから、こっちの美味しいものや景色もぜひ体験してもらいたい。鍋やフライパンが届いた時に“そういえばあんな景色見たね”“あの時食べたうどんが美味しかった”なんて思ってもらえたら最高」と笑います。
槇塚さんが手がける作品は槇塚鉄工所内にあるギャラリー「Altana」で実際に手に取ってみることができ、注文可能。
和樂web読者に響くアウトドアアイテムも必見
ギャラリーにはアウトドアの第一人者・寒川一さんと槇塚さんが手掛けるアウトドアブランド「TAKIBISM(タキビズム)」のアイテムも。これがまたたまらなくカッコいいったらない。火吹き棒の『ブレス トゥ ファイヤー』や『フライパンディッシュ』焚き火スタンドの『リアルファイヤースタンド』など和樂web読者ならきっと「おおおおおお!」と感性に響くアイテムがズラリ。鉄に詳しいほぼほぼ鉄オタクのスタッフから熱い説明をしてもらえます。
ぜひ「中華鍋を買う旅in香川」に“おいでま~せ”。
槇塚鉄工所「Gally Altana」
香川県高松市市木太町2693
営業時間:火〜土曜日。13:00〜17:00
※変更になる場合があるためHPにて確認を。
槇塚鉄工所「Gally Altana」