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2020.08.10

古典文学『玉水物語』のあらすじ解説!本当に昔話?ラノベみたいなストーリー!

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ある日、狐がお姫様に一目惚れ!なんとかして側にいたい……よし!人間になろ!あ、お姫様を怯えさせないように女性に変身したほうが良い……。こちら、小学館ガガガ文庫新刊ではなく、室町時代の御伽草子『玉水物語』のあらすじです。2019年のセンター試験国語にて出題され、受験生をざわつかせた、まるでライトノベルのようなこの作品。作者不詳、成立年度も不詳ながら物語としての起伏にも富み、日本人が持つ物語への強い感性——言い換えればナンデモアリすぎる——を強く感じられるこの作品についてご案内します。

これ昔話なの?『玉水物語』あらすじ・上巻

きつね、姫様に一目惚れする

『玉水物語』(京都大学附属図書館所蔵

むかし昔、鳥羽(京都市洛外)に高柳の宰相という人がおりました。三十路を過ぎても子どもに恵まれず、嘆きながら神仏に祈ったところ、めでたく北の方(妻のこと)がご懐妊。神無月に姫君さまが生まれました。二人はたいそう喜び、手の上の宝物だと大切に育てました。15歳になった姫は光り輝くように美しく、また歌を詠むなど芸事にもすぐれていましたので、両親は宮仕えに出したいと願っていました。

ある日、姫は乳母子(めのとご、乳母の子ども)の「月さえ」という女房と、花園へ遊びに行きました。無邪気にたわむれますが、実はそこは狐が多く住まうところ。そこへ一匹の狐が姫を見かけ、一目惚れ。「なんて美しい方なのだろう。よそからで良いから、あのお姿を見たいものだ」と木陰で姫をうっとり見つめます。姫が帰ってから、狐の心はちぢに乱れ、なんの罪で自分はけものに生まれてしまったのか、いっそヒトに化け、求婚して結婚しようか。いやいやかえって姫を苦しめる、と悩み、食事も喉を通りません。またひと目姫に会いたいと花園にでかけてしまい、人に見つかり石を投げられることもありました。

どうせはかないこの命。どうにかしてお側にあがり、朝に夕に様子を伺い、お心を慰めたい……。きつねは良い考えを思いつきました。

きつね、人間に化けて姫様の女房に!

とある家が、息子ばかりいて、娘をほしがっていることを知ったきつね。年頃15、16ほどの美しい娘に化け、「西の京に住んでいたが身寄りがなくなり、頼れる人もいないとさまよいこちらにたどり着きました。どうかこちらに置いてください」と訴えました。その家の主の奥様は「おいたわしいこと。私が親になりましょう、男ばかりで女の子がほしかったの」とやさしく迎え入れ、大切に慈しみます。しかし、きつねの化けた娘は打ち解ける様子もなく、時々泣いてすらいるようです。奥様が「隠さずにお話なさい」と聞いてみると、「このような身の上なので人並みの幸せなど望みません。美しい方のお側で宮仕えが出来たらと思っております」と娘は話しました。

「それならば、高柳の姫君さまがぴったりですわ。わたしの妹に聞いてみるから、安心してちょうだい」との奥様のお言葉。娘はたいそう嬉しく思いました。

きつね、ついに恋しい姫様のもとへ

娘は、姫様のお側に仕えることが決まりました。美しい娘に姫も喜び、「玉水の前」と呼び名をつけました。玉水の前は月さえと同じく、朝に夕に姫の側にいるようになります。ある日、庭に犬がやってきました。顔色を変え怯えてしまった玉水の前。姫はかわいそうに思い、お屋敷への犬の出入りを禁じました。

人がうらやむほどに寵愛された玉水の前ですが、当人は憂いを含んだ和歌を詠むなどし、姫も月さえも心配するのでした。

紅葉探しをきつねの兄弟に頼む「玉水の前」

玉水の前が姫に仕えるようになって3年が経ちました。

秋も深まる神無月(10月)、紅葉合わせ(紅葉を持ち寄る品評会のようなもの)を行うことになりました。「きれいな紅葉を知らないかしら」と姫に聞かれ、玉水の前はもとのきつねに戻り、鳥羽にいるきつねの兄弟のもとへと向かいます。

「どこにいたんだ、もう死んだかと思っていたのに」と驚く兄弟に、玉水の前は高柳のお屋敷にいることを伝え、美しい紅葉を持ってこられないかと尋ねます。兄弟は「そんなのは簡単だけど、犬がいるのではないか」と言いました。「犬はいないから、安心して屋敷に来て南の対へ差して置いておいてほしい」と頼む玉水の前です。

一方、あの子はどこへ行ったのかと心配していた姫と月さえ。玉水の前が戻って来て、何をしていたのか尋ねます。「惚れた男と約束をしておりまして」と戯れの答えに、姫は「移ろいやすい心だもの、わたくしのことなんか忘れちゃうわね」とすねたご様子。玉水の前はかたじけなく幸せに思うのでした。

兄弟たちは、それは見事な紅葉を調達してくれました。玉水の前が紅葉を差し出すと、姫様は非常に喜び、ともに歌を作り、紅葉に添えました。

姫様、帝に見初められる

いよいよ当日。めいめいが紅葉を持ち寄りますが、姫のものに敵うわけがありません。5回戦い、すべて姫の勝ちです。この噂を帝が聞きつけ、紅葉を献上させます。そのみごとさを見た帝は、今度は姫を入内させよ、と関白に命じます。高柳の宰相にも、玉水の前にも土地が与えられ、養父母含め、みな大喜びです。

しかし、養母(奥方)の体調が悪化。もののけの仕業のようで、死のふちで玉水の前に会いたがっているようです。しばしの暇をもらい、里帰りする玉水の前の姿を見て奥様は涙を流します。

この愛は本物なのです『玉水物語』あらすじ・下巻

『玉水物語』(京都大学附属図書館所蔵

もののけに苦しむ養母は、自分の母親からもらったという形見の鏡を玉水の前に渡します。また、姫が玉水の前に送った心のこもったお手紙を読み、娘が大事にされているのだとわかり嬉しそう。玉水の前は、姫に「まだ養母の様子を見てやりたいです」と返事を書きました。

ある日の深夜、もののけに苦しむ養母をみていると、毛の一本も生えていないきつねが現れました。よく見ると、それは自分の伯父。ふしぎなめぐり合わせに驚きながら、「この方は自分の養母だから助けてほしい」と頼むと、伯父も「この病人の父親に自分の子を殺されたので同じ思いをさせてやるのだ」と譲りません。玉水の前必死の説得に、「子供の菩提を弔ってほしい」と言い残し、伯父は山へと入っていきました。養母の体調は復活。玉水の前は姫のもとへと戻りました。

姫様のもとを去る決意をする

月日は過ぎて、霜月(11月)。入内の準備は華やかに行われており、玉水の前は「中将の君」と名前をもらい、女房として姫についていくことになりました。しかし沈んだ様子の玉水の前。

「動物の身でありながらお側にいたい一心で仕えてきたけれど、はかないことだ。姫様のお耳に入れたいけれども、今更恐ろしがられるのもつらい。入内のどさくさに紛れて姿を消そう」と決意し、姫に思いを寄せた出会いから今までを書き集め、小さい箱に入れました。「わたくしになにかあったら、この箱を開けてください」と姫のもとへ渡しに行きます。「どうして?わたくしの行く末は見届けてくれないの」「お供したくとも万が一のこともありまして。月さえにもこの箱は見せないでください」と姫とふたりで涙しました。

玉水の前の正体を知る姫様

『玉水物語』(京都大学附属図書館所蔵

入内の日、慌ただしさに取り紛れ、玉水の前は車に乗るふりをして姿を消してしまいます。人々は探し回りますが、見つからず、嘆き悲しむことに。姫は託された箱が気になりますが、帝が常にいるためなかなか開けられません。御幸のすきを狙って開けてみると、中には長い歌と、今までの日々が書き連ねられていました。

姫を見かけて、住み慣れた場所を離れ、女性に化けて側にあがったこと。朝夕とともにいられて夢のようだったこと。入内をきっかけに自分の身のつらさを感じ、去ること。来世もあなたを守る、いつまでも姫を思っている——。箱に入っていた別の箱についても細かく書かれていました。姫は「そこまでわたくしを思っていてくれたなんて……」と玉水の前をあわれに思うのでした。

誰かを思う気持ちは何年経っても変わらない

きつねのお姫様への恋物語でした。他に『紅葉合』という類似の話もあるようです。また、きつねのもともとの性別については明記されていません。

ラストは切ないものですが、玉水の前の心にはしっかりと愛情があったことと思います。何年も姫の側で世話をし続けていた上に、玉水の前は姫に見返りを求めたわけではありません。また最初、面倒を見てもらうために近づいた奥方様のことも、世話を焼き、結果として命を救いました。
現代にも通じるおとぎ話。やっぱりちょっとナンデモアリすぎかなあ、とは思いますが……!物語を愛した日本人の心を強く感じられますよね。

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