2020年秋。私は、すべてのイネ科を呪っていました。
正確には、イネ科やブタクサ属など、いわゆる「秋花粉」を。
今年は特にアレルギー症状がひどく、花粉舞う秋風が吹くたびに自分の生命力が失われていくのを感じる日々。
その猛威が収まり、ようやく自宅の窓を開けられるようになった頃、世間では別の「イネ」の旋風が巻き起こりました。
それが、和風アクションRPGゲーム『天穂(てんすい)のサクナヒメ』。
本記事では、実際にプレイした感想と開発者インタビューをまじえて、なぜこのゲームが評判になったのかを考察していきます。
©2020 Edelweiss. Licensed to and published by XSEED Games / Marvelous USA, Inc. and Marvelous, Inc.
(本記事内の画像の権利はすべて上記権利者に帰属します)
『天穂のサクナヒメ』ってどんなゲーム? プレイレポートを添えて
SNSで話題を呼んだのは……?
『天穂のサクナヒメ』は、女神である主人公のサクナヒメが、稲作と戦闘を繰り返しながら成長していく姿を描いたゲームです。
舞台は、日本にどこか似ている国「ヤナト」。ここでは、神々の世と人々の世に分かれています。
彼女は、ある出来事により鬼に支配されたヒノエ島へと追いやられ、その原因となった人間たちと一緒に自給自足の生活を送ることに。
そしてサクナヒメは、個性も考え方もバラバラな仲間たちとの距離を縮めながら、食料確保と鬼退治に励みます。
ジャンルとしてはアクションRPGで、プレイヤーはサクナヒメを操りながら、ダンジョンを探索して敵と戦っていきます。
しかし、なぜかSNSで私のところに届く評判が
「稲作パートがガチ」
「農林水産省の公式サイトを見て勉強した」
「現役農家だけどゲームの中でも仕事してる気分」
など、稲作パートについてのものばかり。
私は「農業とか育成系だと、ジャンルはむしろシミュレーションになりそうだけど……」と首を傾げました。
なぜそんなにRPGの稲作パートが評判になっているのか。
その謎を解き明かすべく、私は実際にゲームをプレイすることにしました。
アクションパートめっちゃ楽しいぞ!
本作は大きく分けると稲作パートとアクションパートがあり、アクションパートではサクナヒメが羽衣で飛び回ったり敵と戦ったりしながらダンジョンを攻略していきます。
ここ数年スマホゲームばかりやっていた私は、コントローラーを握るのも久しぶり。
元々アクションが上手くないのもあって失敗が多かったものの、プレイするうちにこのアクションパートにすっかりハマってしまいました。
とにかく戦闘が楽しい!
慣れてしまえば、羽衣であちこち飛び回りながら、技を使って敵を一気に倒せるので爽快です。
技によっては、使えば使うほど威力も演出も上がっていくので、さらに良し。
かつて「思考が戦闘民族」と言われた私。
最終的には、あえて敵が密集しているところに飛び込んで、一気に始末することを楽しむようになりました。
このように、実際にプレイすると、ゲームのメインはジャンルの通りアクションパートなんですよ。(少なくとも私にとっては)
ストーリー自体はさほど長くなく、戦闘も稲作も難易度を自分に合わせて選べます。
私も失敗だの苦戦だの言ってますが、一応ストーリーの最後までクリアできたので、ゲーム初心者でも遊びやすいと思います。
ひとつ言うなら、羽衣の扱いには慣れが必要かもしれません。各人、そこは頑張っていただきたいです。
本職が驚くほどの作りこみ? 稲作パートの解説と考察
どうしてサクナヒメとプレイヤーは稲作に励むのか
アクションパートの感想ばかり書くと、「じゃあ、なんで稲作パートに注目が集まったの?」という疑問が深まることでしょう。
前述のとおり、本作はダンジョンを攻略してストーリーを進めていきます。
そのために大事なのが、米を育ててサクナヒメをパワーアップさせること。
キャッチフレーズの「米は力だ」の言葉どおり、武神と豊穣神を両親に持つサクナヒメは、質の高い米を収穫するとその分戦闘力を増やせるのです。
しかも、米の出来が悪くても、致命的なゲームオーバーにはなりません。
米作りがあまり上手くできなくても、時間をかければいつかは敵を倒せます。
とはいえ、私は早く強くなりたかった。
強くなるために、良い米を作りたかった。
そういうわけで、大好きな戦闘の傍ら、農業の知識はないものの稲作にも真面目に励むことになりました。
え、そこから!? 田植えがスタートではなかった
ところで、「ゲームの中で米作りが体験できる!」と言われたら、みなさんはどこまで想像しますか?
私は「春になったら田んぼに苗を植えて、秋になったら稲を刈って……あとは脱穀か精米? あ、最初に土地も耕すのかな?」くらいは考えていました。
根拠は、地元で見た水田の様子と、他のゲームで畑作をやった経験。以上。
しかしこのゲーム、実は稲作の作業が11工程あるのです。全然足りませんね。
本作では、春夏秋冬それぞれ3日ずつ設けられ、12日で1年というサイクルで時間が流れます。
稲作の始まりは春の初めに、田起こし(田んぼとなる土地を耕すこと)と育苗(いくびょう/米を発芽させて苗を育てること)から。
ゲームを進めていくと、さらに前段階の「種籾選別(たねもみせんべつ)」も加わります。
このあたりから、米の量と質のどちらを求めるか、どんなバランスで作るかを考えながら稲作できるようになっていきます。
農業と縁なく育ち、農業文化を調査したことない私には、種籾選別から始める発想などありませんでした。
確かに私の地元にも田んぼはある。
しかし、稲作の始まりが田植えというイメージは、しょせん外から稲作を見ている人間の発想だとここで気づかされたのでした。
深い、深すぎるぞ、稲作
種籾選別、育苗、田植えといった各工程は、目標とする量や質に合わせてやり方を替えられます。
田植えまでこなすと、なんだかもう農作業が終わった気になりますが、収穫の秋まで無事に稲を守らなければいけません。
とにかく強くなりたい私が求めるのは、高品質の米。
毎日肥溜めで肥料を仕込み、いつの間にか生えてくる雑草を残らず抜き、害虫や病気が発生していないか気を配る生活が続きます。
気づけば、稲作に熱中している自分がいました。
噂のとおり、「戦闘の傍ら」というには、あまりにも稲作パートが作りこまれているのです。
ゲーム用に簡略化されていたり、現代の農家と違う部分もあるでしょうが、それぞれのプレイヤーが自分のやりたいように米作りをできるほど、さまざまな選択肢が用意されています。
こだわろうと思えばどこまでもこだわれるのです。
もちろん、一刻も早く戦う力が欲しい私とは逆に、ひたすらのんびり農業だけを続けて、スローライフを満喫してもいい。
他称戦闘民族の私ですら途中、ダンジョン攻略よりも農作業が楽しくなってしまい、農閑期にあたる冬にしか鬼退治に行かなかった年もあるくらいでした。
念願の収穫、となったところでまた予想外のもの登場
夏の青空の下で成長していく稲を世話しているうちに季節は移ろい、秋が訪れると待望の稲刈り!
鼻歌交じりに鎌で稲を刈り、稲架掛け(はさがけ/刈った稲を干すこと)を済ませると、いよいよ脱穀の時間です。
ここで、教科書や博物館で見る「千歯こき」をなんとなく思い浮かべていた私。
しかし登場したのは「こき箸」でした。
……こき箸!?
千歯こきは江戸中期ごろに発明されたもので、こき箸はその前から使われていた脱穀道具だそうです。
そうか、千歯こき……君は、ちょっと文明が進んでからの贅沢品だったのだな。
ちなみに、籾摺り(もみすり/籾殻を外して、玄米や白米に仕上げる作業)は最初、臼と杵を使って行います。
ゲームのコントローラー越しでも、この地道すぎる作業はやはり楽ではありません。
ただし、そのうちサクナヒメの作業スピードも上がるし、便利道具が次々に発明されるのでご安心を。
労力と時間が大幅に減る! 文明万歳!
とはいえ、しばらくすると今度は「いちいち手間をかけてたあの時代が懐かしいな~」と思うようになるので、人間って不思議です。
終わったときの達成感がすごい!
籾摺りまで終えると、その年の稲作は完了です。
すると、その年の米の評価を教えてもらえます。
個人的に、稲作パートで一番テンションが上がるところ。
先述のとおり高品質な米にすればサクナヒメの戦闘力は強くなるし、米の量が多ければその分、いろいろな食料や調味料だって作れる。(ゲーム内でも、毎日の食事は戦ううえで大事)
しかも中盤以降は、余った米を貴重品と交換できる!
私の稲作のモチベーションは「強くなりたい! そのために良い米を作る!」というものでした。
しかし、いざ米を最後まで作り終えると毎回、戦闘で敵を倒したときとは違う達成感に満たされました。
それはきっと、稲作を知らないなりに「質の高い米を作るのにどうすればいいか」と試行錯誤するからではないかと思います。
籾をどれくらい厳しく選別するか。
稲はどの程度の密度で植えるか。
水の量はいつ調整するか。
虫や雑草対策として肥料に何を混ぜるか。
あくまでも農業従事者ではない視点ですが、私の「強くなりたい」「いい米を作りたい」という目標に対して、いろいろな角度からアプローチできる点が、この稲作パートの魅力でした。
普段の私は、苦労した分だけ必ず得られるものがある、とは思いません。
けれども、失敗を繰り返しながらいろいろ試しているうちに、自然と画面の中の田んぼに愛着が芽生えていくのです。
そしてその感情は、日常で自分が口にしたり神棚に備えたりするお米にも向いて、誰かが植え、育て、刈った風景がありありと想像できるようになりました。
このゲームで米作りを体験して得られるものは、収穫した米と力だけではなく、自分の意識の変化も含まれるのかもしれません。
そうして米に思いを馳せていると、数か月前、アレルギー症状に苦しむあまりイネ科を呪った自分の怨念が消えていくような気も……。
(注:そもそもイネ科花粉アレルギーの代表例として挙がる植物は、水田で作る米ではなく、カモガヤやオオアワガエリといった外来種が多いそうです)
古くより、米と稲作は日本の歴史と深く結びついていました。
食の多様化が進んだ現代でも日本人は日常的に米を消費する一方で、農業人口は減少していき、農業従事者の高齢化も課題となっています。
そうした中、稲作を題材にしたゲームが話題を呼んだことは、新たな米の可能性を感じます。
なぜこれほど「米」をフィーチャーしたゲームに? 開発者インタビュー
正直、評判を聞いてゲームを始めたとき、私自身こんなに熱中することになるとは思っていませんでした。
どうしてこのゲームは、ここまで稲作パートの細部に情熱を注いでいるのか。
その他の要素も、画面のあちこちに感じられる日本文化についても、気になることだらけ。
そこで、ゲームの開発サークルである「えーでるわいす」の方々に取材を申し込み、いろいろな疑問にお答えいただきました!
前例がほとんどない? 稲作できるゲームというジャンル自体を開墾
―『天穂のサクナヒメ』という作品は、世界観・ストーリーと米作りのシステム、どちらのアイディアが先に生まれたのでしょうか?
えーでるわいす(以下、EW):米作りの方です。ゲームとしてどんな遊びがさせたいかという体験性を元にして、それに合いそうな登場人物や物語を考えました。
―なぜ、今回フォーカスされたのは「米」だったのでしょうか?
EW:日本で暮らしているとお米と田んぼは身近な存在に思えますが、農業以外の業種の人は案外、どの様な工程を経てお米が食卓まで届いているかまでは知りません。
身近だけどよく知らない……この距離感が題材として面白いと思って、テーマとして掘り下げてみることにしました。
―確かに私も、日常的な存在だから知った気になっていましたが、実際知らないことばかりでした。キャッチフレーズの「米は力だ」は、どの段階で生まれたものですか?
EW:2018年のE3(Electronic Entertainment Expo/アメリカ・ロサンゼルスで開催される、世界でも大規模なゲームの見本市)だったはずです。
モンスターハンターの「一狩り行こうぜ」のような、短い文章に伝えるべきゲームの要素・魅力が詰まっているコピーが好きで、同じようなことが本作でもできないかと考えました。
分かりやすい題材だったので、検討にはほとんど時間はかかりませんでしたね。
―シンプルかつストレートに伝わってくる言葉ですよね。開発中、苦労した点はありますか?
EW:稲作については既存のゲームで参照できるものがなかったので、仕様から実装、調整まで詰めていくまでに大きな手間と時間がかかりました。
―神明さんや中森農産さんとの対談だと、実際に稲作キットで育てて観察したというお話をされていましたよね。制作期間は5年とのことですが、そのうち農業の資料調査や取材にかけた時間はどれくらいでしょうか?
EW:「この時期からこの時期までしか調べない」というものではなく、開発と並走して知識を入れていったので、「最初から最後まで」と言えると思います。
―読んだ農業関係の資料の中で、特に参考になったものは何ですか?
EW:どれか一つに依拠しているという感じではないので難しいところですが、例えば「香り米と茶豆特有の香り成分2APの生成を制御する機構の解明」など、ある目的のために何をすれば効果的かといった内容のものはかなり参考にしています。
―ガチの論文! ゲームをプレイした印象では、日本神話や民話、五行思想など、稲作以外の分野についても、かなり調べたのではないかと思ったのですが……。
EW:それぞれストレートに参考にしているわけではなく、本作向けに加工したり全くのオリジナルな部分もあるので、これらの取材については農業ほどではなかったです。
ただ、室町の庶民の生活を知るために、日葡辞書関連の書籍や論文はよく読みました。
気になるキャラクターの設定やこだわりポイント
―主人公のサクナヒメのキャラクター像(設定・性格など)は、最初からある程度決まっていたのでしょうか?
EW:比較的初期に決まっていたと思います。最近データ整理をしていたら2016年に書いたプロットが発掘されたのですが、ほぼ製品版に近い内容でした。
―サクナヒメと暮らすことになる、5人のサブキャラクターたちはそれぞれシステム的な役割を持っていますよね。そこから、性格やバックグラウンドを決めていったのでしょうか?
EW:ほぼ同時くらいだったと思いますが、過去データを見る限りサクナ以外に人間たちがいる、人間側の代表者が田右衛門(当時は駄仁衛門)であるということの方が先に決まっていたようです。
―敵となる鬼に関して、設定するうえで気をつけていた点は何ですか?
EW:可愛さ重視のマスコットではなく、鬼としてふさわしい怖さや悪性が伝わる造形をキャラクターデザイン担当の村山竜大さんにお願いしました。
―「できればこれも盛り込みたかった」というモチーフや文化はありますか?
EW:細かい所を数えていったらキリがないですね。
季節による着替え、麓の世の描写が皆無なのは勿体なかったなと思います。
この辺りは作業量的に切らざるを得ませんでした。
―「実はこだわったけど気づいている人は少ないかも」というポイントもあればお聞きしたいです。
EW:プロローグの太鼓や料理、機織り小屋の織機など、よく見ると意外とちゃんと作られている小物がちょくちょく出てくることでしょうか。
外部モデラー(3DCGを作る人)のぽてちゃんが作ってくれたサクナの着物も模様がしっかりデザインされているので、ステータス画面やイベントで目を凝らしてもらうと本人が喜ぶと思います。
期待以上の大反響! 今後の展開は?
―リリース後の手ごたえはいかがでしたか? 特に、米作りパートが話題になったことについてのご感想をお聞きしたいです。
EW:反響が期待を大幅に超えすぎていて逆に手ごたえが感じられない状態です。
浮かれず気負わず自分たちのペースで今後もやっていきたいですね。
米作りパートに関しては、自分で作っておいてなんですが、日本どころか海外の方々まで、ここまで稲作に夢中になるとは思っていませんでした。
日本の米農家さんは平均年齢70歳超と言われますが、若い世代の興味が確認できたことは良い兆しであるように思えます。
―ユーザーさんの反応で、特に嬉しかったものは何ですか?
EW:稲作については作り込んだつもりではありましたが、まだまだ単純に知識不足、経験不足で、至らなかったところやゲーム的な都合を優先して作ったところも多かったです。だから世に出る前は、本職農家の方々からの評価は不安が大きかったですね。
実際にリリースしてみると、思いのほか多くの本職の方にも楽しんでいただけたようです。
特に、ちゃんと調べて作った所をしっかり拾っていただけたような感想を目にすると嬉しいですね。
―同じく、ユーザーさんの反応で予想外だったことも教えてください。
EW:稲作の各工程がここまで丁寧にプレイされること自体が想定外でした。
特に田植えの様な単純作業を繰り返す工程を、雑にもならずに毎年丁寧に続けるプレイヤーが多いことに驚きました。
―その後が気になるキャラクターもいますが、今後サクナヒメの世界観で新たなストーリーやコンテンツを制作する予定はありますか?
EW:今の所すぐに何かという予定はありませんが、機会が訪れたら続編やスピンオフに挑戦する可能性は全然あります。
―楽しみにしています! 最後に、「これからやってみたい」と思う方に、ぜひメッセージをお願いいたします。
EW:最初は「要素が多くて難しい!」と思われるかもしれませんが、本作の稲作要素はあまり厳しくは作っていないので、土壌養分さえ切らさなければいつかは最強になれます。
気負わず楽しく稲作してください。
えーでるわいすの方々、いろいろなお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。
四季をはじめとする日本文化と稲作、そして爽快な戦闘を楽しめる『天穂のサクナヒメ』。
気になった方は、ぜひプレイしてくださいね!
製品情報
■タイトル:天穂(てんすい)のサクナヒメ
■ジャンル:和風アクションRPG
■販売:マーベラス
■企画・開発:えーでるわいす
■対応ハード:PlayStation®4 / Nintendo Switch
■プレイ人数:1人
■発売日:2020年11月12日(木)
■価格:
< Nintendo Switch >
通常版(パッケージ/ダウンロード) 4,980円+税
< PlayStation®4 >
ダウンロード版デジタルデラックス 6,980円+税
通常版(パッケージ/ダウンロード) 4,980円+税
■CERO:B
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■公式サイト
https://www.marv.jp/special/game/sakuna/
※ゲーム画面は、PlayStation®4版の開発中のものです
※Nintendo Switch™のロゴ・Nintendo Switch™は任天堂の商標です。
※“PlayStation”は株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの登録商標です。