パリで大人気の日本食文化に次いで、注目を集めているのが日本の建築。パリでは日本人建築家たちが存在感を強くしています。2017年には「パリの日本建築」という展覧会がパリで開催されたほど。それ以降に完成した建築物がいくつもあるので、新しいものを中心に紹介したいと思います。
パリの新しい公共交通、ひとつめは日本製のシェア電気自動車
今回、パリ・ラヴィレット国立建築学校を修了し、日仏で建築家として活躍中の高野邦彦さんにご同行いただき、建築初心者にもわかる各建築の見所ポイントついて教えていただきました。
また、移動は最近パリで流行中のシェア電動キックボードや、シェア電気自動車を駆使して、6スポットを回りました。
朝10時前にシェア電気自動車で出発! 2020年3月より、パリ市内のシェアカーの管理会社が、フリートゥムーヴ(Free2Moove)になり、一斉にこの電気自動車に置き換わりました。フランス車プジョーのロゴがついていますが、日本の三菱自動車製です! 料金は1分0.39€、30分弱乗ったので10€(1200円程度)程度でした。
登録には免許証とパスポートの登録が必要ですが、カンタンに借りることができました。携帯画面のアプリのボタンで車のドアを解錠できるハイテク感。車を始動するための鍵はハンドルの横にぶら下がっており、ダッシュボードには説明書もありました。
10:00 坂 茂 「La Seine Musicale ラ・セーヌ・ミュジカル」
まず目指したのは、坂 茂(ばん・しげる)氏作、セーヌ川に浮かぶセガン島の「ラ・セーヌ・ミュジカル」。こちらは、ルノーの自動車工場跡地に建てられたコンサートホールです。
–これはどういった建築なのでしょうか?
高野:都市建築であり、ランドスケープでもあるという、非常に規模の大きいプロジェクトですね。自動車工場跡地から人が集まるランドマークへと、役割の方向転換を担う建築です。この三日月状のソーラーパネルは、帆のイメージで、太陽の動きに合わせて少しずつ移動していきます。対岸のセーヴル橋からみると、ちょうど全体を望むことができますよ。
まさに坂 茂氏のスタイルを貫いた建築といえます。彼はフランス国内では、「ポンピドゥ・センター・メス(Centre Pompidou-Metz)」も手掛けているのですが、そちらとも共通しているのが、構造体を3Dソフトで設計し、木の集成材で組み上げている点です。球体のオーディトリウム部分にあたります。
—以前、ポンピドゥ・センター・メスにも行ったことがありますが、確かに似ていますね!
11:00 隈研吾 「Rénovation du Musée et jardin d’Albert Kahnアルベール・カーン博物館改修」
2軒目の「アルベール・カーン博物館」を目指し、ブローニュの北へバスで向かいました。バスは市内どこでも一律2€(240円程度)です。
銀行家であったアルベルトカーンは、世界中を写真家と共に旅し、1909年に『地球映像資料館』という、異文化を記録するプロジェクトを開始しました。ここには各国の様式が違う庭園が隣り合い、その中でも、フランス国内有数の日本庭園が見所です。この度、隈研吾氏が庭園内にある展示スペースの改修を手がけました。到着して館内地図をみてみると、フランスらしく未だに工事中…。まだ館内は公開されていませんでした。
–どこに注目したら良いでしょうか?
高野:まず、建物と周辺環境との関係性という点ですね。博物館建築は展示物保護のため、光の量が重要になってきます。また、場所によっては、騒音対策も求められます。大通りに面した側は交通量が多い南向きで、連続した金属のルーバーで周辺環境からは遮断された印象を受けます。
–ルーバーとは、水平方向に配置されている細長いパネルですね。斜めの重なり部分が、日本の着物の合わせっぽい! では、博物館敷地内の庭側に回ってみましょうか。
高野:庭側はルーバーの素材が金属と木材になり、間隔もひらきます。ルーバーの存在が、建物と庭の境界線をゆるやかにしているんですね。庭側の木々、日本庭園の木造家屋とも、調和しています。
–外と内の境目が曖昧なのは、日本的な思想ともいえそう。大通り側の金属の甲冑のような印象とはだいぶ違いますね。
高野:こちらは北向きなので、ルーバーは日よけというよりも、装飾的な意味合いが強いと思われます。また、面白いのは、建物を支えている構造体が、ルーバーの連続の中に同化している点です。その上、更にルーバーを支える役割にもなっています。
–なるほど、構造体と装飾、2つの役割を担ったルーバーがそれぞれいるんですね。建築全体的にみても、閉じた大通り側と開いた庭側、金属と木、2つの要素が対になっていることがポイントですね。
12:00 SANNA 「Logements Sociaux av. du Maréchal-Fayolle エミール・ファヨール通りの公営住宅」
3軒目、「エミール・ファヨール通りの公営住宅」までは、パリのシェア自転車ヴェリブ(Velib)で移動。水色の電動自転車は2€(240円程度)、緑色の普通の自転車は30分で1€(120円程度)です。
緑溢れるブローニュの森を突き抜け、更に北のパリの高級住宅街16区を目指します。
荘厳なオスマニアン様式の建築が立ち並ぶ中、ポッと不思議な空間に迷い込んだような感覚におちいる、4棟の建物。これを手掛けた建築ユニットSANAAは、妹島和世氏と西沢立衛氏の二人組です。
高野:こちらは高級住宅街の中の公営住宅ということもあり、建設にあたり、住民の強い反対運動がありました。今、パリでは各地域に公営住宅を一定数、建てなければならないという決まりがあります。そこで高級住宅街であるパリ16区は、有名建築家に依頼したり、なるべく住戸数を減らすように求めたり、影響を少なくする努力をしました。
–有名建築家に高級住宅街という立地もあり、入居にあたっての申し込み数が凄かったとか。入れた人はすごい強運の持ち主ですよね。ところで、各地域に公営住宅を建てなければならないのは、なぜでしょうか?
高野:ミクシテ(mixité)という、多様性を大事にする思想からきています。多様性を持ったまちづくり、ということです。建築コンペでも、ミクシテはひとつのキーワードで、フランス人だけになってしまわないよう、外国人の提案も積極的に受け入れていくようになりました。
–フランスは、外国人の才能に対して非常にオープンなんですね。では、建物をみてみましょう。
高野:まず、特筆すべき点は、柱の細さです。地震がない国だからこそできるこの構造です。
高野:曲線とピロティはSANNAのスタイルですね。ピロティとは建物の1階部分を浮かせことをいうのですが、軽快感を与えつつ、1階は住みにくいという印象を解消しています。なおかつ、高さ制限がある地域で、住戸数を減らす意図もあるのかもしれません。
–あ、住人の方が手を振っている! 超高倍率を勝ち抜いたラッキーな人! 話を聞いてみましょう!
–ここの住心地はいかがですかー?
住人:サイコーよー! 向かいは公園だし、隣は体育館だし、地下に駐車場もあるし、温かいお湯も出るし! 写真撮って良いわよー!
高野:温かいお湯…。
13:00 藤本壮介 「複合施設 Mille Arbres」 (2022完成予定)
4軒目の複合施設「ミル・アルブ(Mille Arbres)」の建設予定地、パリの北西部、ポルトマイヨーまでは再びバスで移動。やはり2€(240円程度)。
高層ビルが立ち並び、ホテルも多い地域。高速のインター近くで、空港からのシャトルバスの発着場も多くあります。携帯で事業計画の公式サイトの地図をみながら周辺をさまようこと、30分…。
高野:完成パースから推測するに、この空港行きのシャトルバスの駐車場と、高速道路の上が建設候補地のようですね。
–なんと、まだ工事の看板もないですね…。
高野:このプロジェクトは、集合住宅に加えて、レストランやパン屋さんなどの商業施設、そして幼稚園や医療機関等、小さな町をつくるイメージの開発です。多角的な開発という意味で、ここでもミクシテの多様性を感じます。
また、ミル・アルブとは千本の木という意味なのですが、その名の通り、木がたくさん植えられ、非常にアイコニックな建築になる予定です。斜めに配置された壁に防音効果があると聞いたので、見た目の大胆さだけでなく、機能を兼ね備えている点が魅力的ですね。
13:30 シャンゼリゼ通りを電動キックボードで駆け抜ける
ここからは、レンタル電動キックボードのLimeで、中心地のシャトレーを目指しました。凱旋門、シャンゼリゼ通り、コンコルド広場、チュルリー公園、パレ・ロワイヤルと、パリの美しい景色がオンパレードです。料金は、基本料1€+1分0.2€、40分乗って9€(1200円程度)でした。ちなみに地下鉄であれば、15分で1.9€(240円程度)の距離です。
14:00 一風堂で一休み
–フランスに住んでると、日本にいたとき以上にラーメン食べてる気がします。残るは、あと2軒ですね!
高野:いただきまーす。
15:00 安藤忠雄 「Bourse de Commerce – Pinault Collection ピノー美術館」
食後は徒歩で次の目的地、5軒目の「ピノー美術館」へ。膨大なアートコレクションを保有するピノー財団は、旧商品取引所である、ブルス・ド・コメルス(Bourse de Commerce)を美術館に仕立てるために、パリ市から50年間という期限付きで借用。外観は修復し、内装のみ新しく安藤忠雄氏に依頼しました。
–こちらもコロナの影響で2021年1月に開館が延期されていますね…。
高野:この建物は19世紀の歴史的建造物で貸与なので、外観や構造は変えずにリノベーションするという案件です。今までの内壁の内側に、コンクリートを張って、新たな円筒状の壁を作りました。安藤忠雄氏は、円は形の原点であるといっていますが、このシンプルさは非常に彼らしいですね。
–フランスだと賃貸物件でも気にせず壁に釘を打ったり、ペンキ塗り替えちゃいますけど、その点、日本人は元の建物を傷つけずにキレイに住むのが上手ですよね。そういった意味では、日本的!
高野:また素材に関しても、安藤忠雄氏の十八番である、コンクリートが使われていますが、ニュートラルさが求められるアートの展示空間にはピッタリですね。
15:30 SANAA 「Magasins de la Samaritaine サマリテーヌ・デパート」
6軒目で最後の目的地、「サマリテーヌ・デパート」へも、徒歩で移動しました。1870年に建てられ、2005年より閉店、再開発中です。4つの建物から成り立っており、アール・ヌーヴォー、アール・デコと多様な建築様式が組み合わされています。今回、このひとつがモダン建築として生まれ変わりました。
–午前中の16区の公共住宅に引き続き、SANNA2軒目です。ここも、コロナの影響で開店が遅れているようなので、外からお願いします。
高野:建物全体の表面が二重構造になっている点に注目です。この形状も、ポリカーボネートの波板を大きくしたみたいで面白い。本来であれば安い素材ですが、ガラスという高級素材でスケール感を変えて表現するという遊び心を感じます。
–ポリカーボネートの波板とは、よく駐輪所とかの屋根に使われているアレですね。シンプルでありながら、すごい存在感!
高野:隣のアール・ヌーヴォーの旧館との対比に注目してみてください。横に走る直線のリズムが古い建物と呼応しています。
–シンプルなものは造りの良さが肝ですね。近くでみても、とても精度高く建てられているのがわかります。そんなところに日本らしさを感じます。
日本の建築家がパリで活躍する理由は?
–今日は、コロナの影響もあり、未だに工事中だったり、閉鎖している施設も多かったですね。最後に、なぜ日本の建築家がパリで受け入れられているのでしょうか?
高野:コンペの際の提案は無記名方式なので、日本人の提案とわかった上で選んでいるわけではないようです。
–日本人だから優遇されているわけではなく、実力ということなんですね! そのポイントはなんでしょう?
高野:日本の建築家の方は、スタイルを確立している人が多いです。ランドマーク的要素を求める建築の場合、強い個性を持った建築家に依頼することになりますね。それぞれが独自のアイコンを持っているということが強みではないでしょうか。
あとは、クライアントの意向を汲み取るのが上手ということもありますね。マーケットが求めていることを敏感に感じとって、それを取り入れた提案ができているのかなという気がします。
–今日は本当にどうもありがとうございました! 大変お疲れ様でした!
そして、パリ市内一律1.9€(240円程度)の地下鉄で、帰路に着いたのでした。
※記事内の料金と為替レートは、取材時の2020年10月当時のものです。
案内人:高野邦彦
フランスのパリ・ラヴィレット国立建築学校を修了後、2016年にTAKANO KUNIHIKO ARCHITECTUREを設立。フランスと日本でさまざまな建築および内装デザインを手掛ける。