Culture
2021.05.27

清少納言のパパも『サラリーマン川柳』を詠んだ?「仕事の自虐ネタ」の歴史は伝統文化レベルに長いっ!

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「このオレに あたたかいのは 便座だけ(※1)」 「ノー残業 居なくなるのは 上司だけ(※2)」などといった、仕事や家庭での悲哀を川柳にのせて笑い飛ばす『サラリーマン川柳(略してサラ川)』。2021年5月27日には第34回『サラ川』ベスト10が発表された。じつはこれを主催しているのは保険会社の「第一生命」。なぜ保険会社がサラ川を? と疑問に思われる方もいるだろう。第一生命は1902年、日本で最初の「相互会社」として設立。2022年9月にはなんと創立120周年を迎える会社だ。歴史の長い会社だから創立以来ずっと風流な社員さんが川柳を詠んできたのかな? と思ったが、実際は事情が違うようだ。さっそく第一生命『サラ川』事務局の方に話を聞いてみた。

『サラ川』誕生のきっかけは社内報! 頼んでないのに、笑いをとる川柳が社内から自然に集まった

『サラリーマン川柳』事務局……勝手に海原雄山のような人が出てくると妄想していたが、オンライン取材を受けてくれた事務局の方々は、笑顔が素敵な女性のみなさんだった。

尚、聞き手は会社の給湯室で抹茶をたてる団体「給湯流茶道(きゅうとうりゅう・さどう)」。聞き手の名称は「給湯流」と記載させていただく。

給湯流:『サラリーマン川柳』は、どうやって始まったんですか?

サラ川事務局(以下、サラ川):じつは最初は弊社の社内報で始まりました。昔、社内報はぶ厚つく、雑誌のようにいろいろな企画を考えて作った時代だったんです。それで1985年に社内報の1コーナーで川柳を募集したんです。

『サラリーマン川柳』公式サイトより

給湯流:川柳をたしなむ社員さんが、社内報担当におられたんでしょうか?

サラ川:そういうわけではなかったようです。だいぶ昔の話なので社内でも伝説レベルの話になっちゃうのですが……。新年が始まるときに、社内報で新しい企画をつくろうという話になり、担当者の一人が川柳はどうだろうって言いだしたと聞いています。

給湯流:なるほど。楽しそうな企画ですね。編集会議で満場一致だったんでしょう。

サラ川:いえ、当初、企画に反対する人もいたと聞いています。難しそうだから、応募する人が少ないんじゃないかと心配していたと。

給湯流:最初はあまり応募は集まらなかったんですか?

サラ川:予想外の展開でして。社内から結構な応募数が来て、ものすごく盛り上がったと聞いています。

給湯流:当時の作品は、今の自虐で笑い飛ばすノリとは違ったんでしょうか?

サラ川:それが、当時から今と同じトーンだったようです。上司・部下あるあるとか、ちょうどパソコンが普及し始めたころなので、パソコン用語がわからないという自虐ネタなど。

給湯流:えー!それはすごい。募集要項に「笑いを求めます」など書いていたんでしょうか?

サラ川:いやー、とくにそういうしばりは無かったみたいですね。『職場や家庭での喜び・楽しみ・悲しみなどを川柳にしてください』といった呼びかけだったそうです。

給湯流:喜びや楽しみをテーマに書いてもいいよと言われたのに、そこは避けて、あるあるで笑いを取る川柳が自然に集まったんですね。仕事がうまくいかない、上司や部下と意思疎通がとれない、家族にのけ者にされる……自虐ネタが多く集まったのは、社内報に載る前提なのが影響していますかね。同僚が読む媒体で、自分がリア充だとやたら自慢する川柳を書いても感じが悪いし、妬まれるかもしれないし……。

サラ川:どうなんでしょうか(笑)。たしかに、「俺、これをやったぞ!」って自慢話をわざわざ川柳にされてもおもしろくないですよね。

入社した年の1位『サラ川』が忘れられない!「やせてやる!! コレ食べてから やせてやる!!」……まるで自分のことのよう

給湯流:社内報で盛り上がった企画を、一般の方からも募集しようと始まったのが『サラリーマン川柳』なんですね。

サラ川:そうです。

『サラリーマン川柳』公式サイトより

給湯流:選者の方(現在は、やくみつる氏、やすみりえ氏)が選ぶベスト10と、第一生命が選ぶベスト10があります。第一生命さんが選ぶ川柳は、どうやって決めているんですか? サラ川マニアの社員さんたちが泊まり込みの合宿で選び抜くとか?

サラ川:いえいえ違います。川柳があつまると、社内のいろいろな部署の人に投票を呼びかけるんです。新入社員からベテラン上司まで、老若男女さまざまな社員が投票してきます。

給湯流:すごい!リアルな会社員の支持が必要だ!

サラ川:そうですね。『サラ川』事務局の前任者から引き継ぎを受ける際、「自分が個人的に好きだと思った作品でも、めったに上位に入らない」と言われました。あらゆる世代の社員が共感できる作品だけが選抜されるんです。

給湯流:今まで入選した作品で、印象深いものはありますか?

サラ川:じつは私、弊社に入社するまで『サラリーマン川柳』を第一生命が企画していることを知らなかったんです(笑)。入社して初めて「え! 自分の会社が『サラ川』やってるの!」って驚いて。

給湯流:てっきり、サラリーマン川柳を選考したくて入社されたんだと思ってました!

サラ川:そんな社員はほぼいないと思います(笑)。で、入社1年目に1位だった作品が「やせてやる!! コレ食べてから やせてやる!!(※3)」これはとても心に残りましたね。「これ、私のことじゃん!」って入社当時も思いましたし、何年もたった今も同じことを思います。

給湯流:時代を超えて、ずっと共感され続ける作品なんですね。今年こそダイエットしようと心に決めても意志が弱くてすぐ食べてしまう。意思が弱いのはあなた一人じゃないよ、という逆方向のエールですね!

平安時代も人事異動でオロオロ……弱い立場にいた下級貴族たち

出社すれば部下と上司に雑にあしらわれ、家に帰れば家族にのけ者にされ、プライベートで目標を立てても怠けてしまう……そんな情けない自分の姿を短い詩で映し出す。これは『サラ川』が確立したスタイルだと思う方も多いだろう。しかし、じつは1000年以上前の平安貴族もまるで『サラ川』か? と思える和歌を書き残している。

お茶の水女子大学で和歌の研究をしている浅田徹教授の『恋も仕事も日常も 和歌と暮らした日本人』という本によると、平安貴族の昇進にかかわる苦悩の歌がたくさん残っているという。その理由のひとつとして、浅田教授は「男性貴族は成人すると勤めを始めます。ここで大事なのは、今と違い、勤め先が1つしかないことです。天皇を頂点とする国家組織の中に属するしかないのです。現代ならば国家公務員職しかないようなものですね」と書いている。

平安貴族ときけば、自分は優雅なイメージしかなかった。しかし就職先がたった一択、国家公務員職となると、サラリーマン並みにいろいろな悩みはありそうだ。浅田教授によると、組織の中のポジションを示すのが『官位』。官位は一位から九位まであり、どんな仕事につけるかはおおむね官位で決まっていたという。四位になると天皇が執務する建物に入れるが、六位にもあがれないような下級貴族は没落したらしい。毎年2回「司召の除目(つかさめしのじもく)」と呼ばれる人事異動があり、多くの貴族は今回は位が下がるか? とビクビクしていたという。そんな平安貴族のなかで「昇進に関わる苦悩の歌はたくさん遺されています」と浅田教授は語る。『恋も仕事も日常も 和歌と暮らした日本人』から、いくつか紹介していただこう。

昇進できない侘しさを和歌にする平安貴族……まるで『サラリーマン川柳』?

「昇進できないということは、他人が自分を超えて行くということです。百人一首歌人の源俊頼(みなもとのとしより)は、強烈にその劣等感を表現しています。『僕は市場(いちば)の隅を流れるドブなんだろうか。行き交う人々がみんなまたいで超えていってしまう』という意味です」と浅田教授。市の溝(いちのみぞ)がドブのことだ。

数ならぬ我身は市の溝なれや行き交ふ人の超えぬなければ
(源俊頼)

自分のことをドブにたとえる平安貴族! 『サラ川』に通じるノリを感じる。

そしてもう1つ……「清少納言のお父さんですね。彼の官位が昇るはずだったある年、それが実現せず、雪が降っているのを眺めつつ『このつらい世間から隠遁もしないで、鬱屈したまま過ごすのは、まったく不本意なことだ』と詠みました」。

憂き世にはゆき隠れなでかき曇りふるは思ひのほかにもあるかな
(清原元輔)

昇進するはずだったのに、ふたを開けたら元のまま……。これは辛すぎる! 平安貴族の仕事の悩みにまつわる和歌を、『サラ川』事務局の方にも見てもらい感想を聞いた。

サラ川:歌を詠むきっかけは、きっと同じなんだろうと思いました。平安貴族もサラリーマンも、ふと思うことがあって詩にする。千年前も令和の時代も、悩みは一緒ですね。でも平安貴族の和歌は5・7・5のあとにさらに7・7で長い分、恨みつらみの印象が『サラ川』よりは強いなとは思いました。

給湯流:たしかに。字数が多いと、どうしても愚痴も長くなりますね(笑)

『サラ川』の根底に流れる、愛がアツい

サラ川:事務局をやっていると、上司や部下への愚痴がかかれた川柳にたくさん目を通します。でもどれも、愛があふれているなって感じるんです。事務局の前任者とも話してたんですが「サラ川って愛だよね!」って。本当に相手が嫌いだったら書かないはず。文句いってるけど、なんだかんだ仲良く職場で働いている雰囲気のある句が多いです。

給湯流:いい話ですね。泣けてきます!

国立国会図書館デジタルコレクションより

先ほど出てきた清少納言のお父さんの和歌は、一見すると絶望まっしぐらだ。しかし浅田教授はこう書いている。「もし元輔(お父さん)が家族を置き去りにして隠遁してしまっていたら、清少納言は『枕草子』を書くどころではなかったでしょう。子どもの活躍の裏には、つらさに耐えて家族を支える父親がいたわけです」。

清少納言のお父さんも毎日がつらく不本意だと書きつつも、娘の生活を支えていた。和歌からにじみでる娘への愛! なんだかんだで職場も家族も弱い自分も愛している『サラ川』と、平安貴族が詠んだ仕事に関する和歌は、やはりどこか似ている気がする。あなたもぜひ『サラ川』目線で、平安貴族の和歌を楽しんでみてはいかが?

※アイキャッチは国立国会図書館デジタルコレクションより

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※1:第20回サラリーマン川柳 詠み人・宝夢卵

※2:第30回サラリーマン川柳 詠み人・仕事人間

※3:第8回サラリーマン川柳 詠み人・栗饅頭之命(クリマンジュウノミコト)

『サラリーマン川柳』公式サイト
第34回サラリーマン川柳コンクール第1位から100位はこちらをチェック!

浅田徹『恋も仕事も日常も 和歌と暮らした日本人』

※アイキャッチ画像:国立国会図書館デジタルコレクションより

書いた人

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!