早稲田大学演劇博物館をご存知ですか?
村上春樹ライブラリーがオープンし話題の早稲田大学本キャンパスにある、演劇専門の博物館(通称:エンパク)です。なんと入場無料!
日本やアジア、西洋の演劇の歴史や企画展が楽しめます。実は私の母校なもので、キャンパスは違いましたが本当によく通っていました。
坪内逍遥が設立した93年の歴史を持つ演劇博物館
演劇をテーマにした博物館と言うものはいくつかあるのですが、古今東西日本やアジアなどの演劇を広く収集する総合的な博物館としてはアジア唯一の存在です。
実はその歴史は古く1928年に設立、実に93年の歴史があります。坪内逍遙が古稀に達したこと、そして半生をかけて翻訳した「シェークスピヤ全集」全40巻が完成したのを記念して、設立されました。外観はシェイクスピア時代の劇場エリザベス朝時代、16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」を模したもの。実はシックな外観である一方、開館当初から鉄筋コンクリートで作られていました。坪内逍遥が関東大震災などで様々な建物が倒壊する中、鉄筋の建物が残っていたことに目をつけ、当時としては珍しい鉄筋で基礎をとった建物となりました。その甲斐あり、老朽化はしても倒れることはなく今も開館当初の様子を見ることができます。
2018年に改築され、さらには2020年にエレベーターと自動ドアが設置。バリアフリーに近づきました。外観は新宿区の有形文化財に指定されています。
なんと収集した資料は100万点以上!90年以上の演劇の歴史を集め続けてきたのです。
時間が足りない!?演劇のワンダーランド
演劇博物館は3階建て。一階に図書室や「京マチ子記念特別展示室」などがあります。デジタルモニターでエンパクのあれこれの説明があってわかりやすい!(私の現役時代は紙パンフレットのみでした……)
2階に「逍遙記念室」と、企画展示室があります。貴賓室だった逍遙記念室は、エリザベス朝時代の意匠を取り入れ、天井には逍遙の干支に因んだ羊の装飾が施されていて神戸の異人館、はたまた2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』の世界のようで素敵なんですよ。周りにはエンパクの歴史などが展示されているので、忘れずに見てほしいところです。
今回は「新派」展をやっていたのですが、シックな内装が展示をより魅力的に魅せてくれるんですよね。入り口からぐっと惹きつけられました。
3階が常設展示です。階段や窓、そして3階には中央に螺旋階段といった、内装もとても素敵なのでぜひお見逃しなく!『はいからさんが通る』気分が味わえます。
古代の雅楽や能、歌舞伎や文楽が誕生した近世や近代、現代に至るまでの日本の演劇の歴史、そしてヨーロッパ、アメリカ、アジアの演劇の展示もあり盛りだくさん!体力をしっかり残していくことをおすすめします。
実は閲覧できる演劇資料も、和書、外国語図書、そして貴重書(実際に使われていた台本など!)、映像・デジタルデータ資料、演劇上演資料に映画館プログラムと幅広く、大盤振る舞いでは?と思うほどです。
演劇博物館はもともと収集がメインで、研究資料の公開などはあまり行っていなかったそうです。5代目の鳥越文蔵館長が「資料は公開しないと意味がない」と号令をかけ、貴重な資料の公開が大幅に進みました。演劇資料というと大仰に聞こえますが、例えば宝塚の雑誌「歌劇」のバックナンバーや宮藤官九郎(通称・クドカン)作品のDVDも資料のひとつなんですよ。
また、2001年からデジタルアーカイブ化を進めていたため、オンラインでの閲覧も相当数可能です。これらの活動が、コロナ禍ではオンラインでの展開に非常に役立ったそう。
岡室美奈子館長に聞く演劇博物館の今までとこれから
新型コロナウイルスの影響を強く受け、一時閉館。予定していた展示会が延期になるなど、憂き目にあいました。そんな中「Lost in Pandemic――失われた演劇と新たな表現の地平」という、コロナ禍で延期、中止になった演劇に関する展示をオンラインで開催。2021年には演劇博物館でも展示されました。
演劇という文化の存亡すら危ぶまれた昨今。2013年より演劇博物館館長を務められている岡室美奈子先生にお話を伺いました。専門はテレビドラマ史であり、実は私も現役時代にテレビ論という授業を取っておりました。
―ご無沙汰しております。2020年は忘れられない年になってしまいましたね。
岡室美奈子館長(以下、岡室)「コロナ禍で展示のスケジュールが1年単位でずれ込みました。最初に緊急事態宣言が出たあたりで、今資料を集めなければならない、とツイッターで休止・中止になった公演について呼びかけたら、非常にたくさんの方が協力してくださいました。演劇の歴史に空白を作ってはいけないとの思いで……当時は企画担当者も考えながら動いていた感じですね。それがロストインパンデミックのオンライン展示につながりました」
―現在進行形で歴史の一部分を記録されていたわけですね。本来はもっと前から企画展示は行うものではと思いますが……。
岡室「私が館長に就任してから心がけていたのは、より視覚的な展示、そして何より、学生が来てくれる展示を、という方針です。しかも当館は大学に併設した博物館として最も古いという歴史を持ちますから、演劇や博物館をもっと身近に感じてもらいたいなと」
―学内に国内唯一であり、独立した建物で博物館が存在している贅沢さは、卒業してからしみじみと感じました。2022年1月23日まで、「新派 SHIMPA――アヴァンギャルド演劇の水脈」「家族の肖像――石井ふく子のホームドラマ」が秋季企画展、特別展として開催されていました。
岡室「これが昨年行う予定だったものです。演劇博物館は新派に関する資料を非常にたくさん持っていまして。せっかくなので新派の名優だった伊志井寛さんを父に持ち、今もなお新派と縁の深い石井ふく子さんのホームドラマを取り上げました」
―私自身石井先生と新派、どちらもご縁があるのですが、非常に充実した展示でした。さりげなく自分が参加していたCDが飾ってあって驚いたんですが……。
学生の時に、AVブースや図書室の演劇資料をよく見てうっとりしておりましたが、今回エンパクのオンライン環境を改めて見てそのボリュームに驚きました。
岡室「コロナ禍を受けてJDTA(ジャパン・デジタル・シアター・アーカイブズ)を開設しました。1300本もの演劇の公演記録映像及び関連資料をEPAD経由で劇団などからご寄贈いただきまして、その情報検索サイトなんです。そのうち290本程度は、3分間の抜粋動画がオンラインで視聴可能です。また、ほとんどの公演映像は演劇博物館のAVブースでご覧いただくことができます(事前予約制)。お陰様で好評をいただいているんですよ」
―ミュージカルや現代演劇、伝統芸能に至るまで幅広いジャンルが見られて、演劇への新たな窓口になってくれそうです。
岡室「村上春樹さんも学生時代、演劇博物館でよくシナリオを読んでいらしたそうです。また、早大卒の演劇人や業界のプロフェッショナルも多数ご来館いただいています。ただ、演劇博物館は演劇のみちしるべであり、どなたにでも開けている扉です。気軽にいらしていただいて、演劇を身近に感じてもらいたいですね」
演劇博物館という「舞台」にぜひお越しください
演劇博物館の入り口は舞台にもなる場所で、ラテン語で「全世界は劇場なり」と書かれています。
演劇は縁遠いと思われるかもしれませんが、ドラマや映画の根本となるものですし、誰しも日常的にちょっとした「演技」はしているもの。
楽しくハマる演劇博物館という舞台に、ぜひいらしてみてくださいね。