舞台やドラマを見ていると、必ず俳優さんは「小道具」を使います。
本物そっくりに作られていたり、舞台で映えたり……。精巧に作られた小道具たちは、実はいろいろな場所で作品を支えています。
とりわけ歌舞伎では、小道具が重要な役割を果たす演目もたくさんあります。そんな小道具を長年製作しているのが藤浪小道具株式会社。今年で150周年を迎える老舗企業です。
創業150年!歌舞伎と共に歩んできた歴史
藤浪小道具株式会社(以下、藤浪小道具)の設立は明治時代まで遡ります。1872(明治5)年に初代・藤浪与兵衛が東京・浅草6丁目にて開業したのが始まりです。現在も藤浪小道具の本社は同じ場所にあるんですよ。
以来150年、歌舞伎、日本の舞台とともに時代の変化を歩んできました。関東大震災や東京大空襲のときは、歌舞伎文化を守るため必死で小道具保全に努めていたのだとか。教科書で見る「築地小劇場」などの小道具も担当されていたそうですよ!
浅草6丁目、ここはもともと「猿若町」という芝居町でした。江戸時代、花街や芝居町などはある地区にまとめられていたのはご存知ですか?風紀の乱れを防ぐため、江戸幕府が管理しやすいようにしていました。その中の1つ、江戸時代末期に芝居町が作られたのが浅草の猿若町。藤浪小道具の初代・藤浪与兵衛は、猿若町の芝居小屋で働く権利を持っていて、主に客席で使う座布団を貸す仕事をしていたそうです。
当時は幕末から明治への過渡期。刀や鎧といった武士の道具がどんどん必要なくなっていました。そうした不用品を収集していた初代・与兵衛は、「この道具たちをアレンジして、小道具として貸し出したらどうだろうか」考えます。今までの経験と職人仲間の力を借り、小道具貸し出し業を営むようになったのが藤浪小道具の始まりです。現在も小道具レンタル業が事業の柱となっています。
歌舞伎の小道具といえば藤浪小道具!
ドラマや映画、現代劇、オペラなど、幅広く関わっている藤浪小道具ですが、特に歌舞伎には欠かせない存在です。現在、歌舞伎の小道具の多くを藤浪小道具が管理しているのだとか!藤浪小道具なしでは初日の幕が開かないと言っても過言ではないでしょう。
教えて小道具さん!実際にお話を伺ってみた
今回お話を聞いたのは藤浪小道具社員の近藤さん。公演中のお忙しい中、お時間をいただきました。
――そもそも、小道具とは一体何を指すのでしょうか。
近藤さん(以下、近藤)「私たちがよくお伝えしているのは、”お引っ越しで持っていくものは大体小道具”ですね」
――引っ越しで持っていくもの……アクセサリーやカバンなどですか。
近藤「もちろんそういったものも含まれます。お茶碗やお箸、車や乗り物、タンスなども持っていきますよね。こうしたいわゆる家具も、小道具が扱います」
――そんなに幅広く扱っているとは驚きです。風呂桶など、小道具がキーワードになってキーポイントになっている演目もたくさんありますよね。
近藤「小道具は、舞台上のあらゆる物を扱います。その範囲は”広く深く”です」
――衣服は衣裳さんが担当すると思うのですが、舞台中に使う手ぬぐい等はどうなのでしょうか。
近藤「実はそれは“小裂さん”と呼ばれる役割の人が担当します。照明の場合は、電球を照明さんが、笠(シェード)部分を小道具が担当することもあるので、照明さんと打ち合わせすることもありますよ」
――以前歌舞伎座ギャラリーの記事を書いたのですが、ニワトリやネズミなども小道具に含まれることに驚きました。
近藤「歌舞伎にはたくさんの種類の動物や鳥、時には虫が登場しますが、これも小道具です。中には仕掛けのあるものも多いので、日々メンテナンスが欠かせません」
――『連獅子』の蝶々などは有名ですよね。小道具さんのお仕事はやはり作る作業が多いのでしょうか。
近藤「昔からあるものを使ったり、作ったり、小道具の揃え方も色々なんですよ。アンティークを購入することもあります。もちろん作ることは重要な仕事です。小道具では本物っぽく見せることが大事です。舞台上で本物の刀を使っていたら俳優さんが大怪我をしてしまいますよね。扱いやすいように、軽くてしっかりした作りな上で、『舞台上で本物に見えるものを作る』ことが大切。とても繊細で難しいことですが、弊社の職人は成立させるプロです」
――毎回、舞台上で割られる小道具などもありますよね。
近藤「そういった場合は、一度の公演で消えてしまうので、”消え物”と呼ばれ、公演の回数分の小道具を用意します。ただ、公演中のアクシデントによって小道具が壊れてしまう場合も多々ありますので、公演期間中、小道具を修復することも大切な仕事です。歌舞伎の場合、同じ演目で小道具を繰り返し使っていることが多いですし、メンテナンスは本当に重要ですね」
――小道具さんは、公演期間中、どんなスケジュールで動かれているのでしょうか。
近藤「歌舞伎に関していうと、毎月歌舞伎座で公演があり、千穐楽に当月使ったものを下げて、積んできた次月公演の小道具を持ち込みます。翌日搬入することもありますが。藤浪小道具は埼玉に保管倉庫がありますので使い終わったものは倉庫にしまいます」
――歌舞伎は楽から次の舞台の初日まで、期間がとても短いです。
近藤「舞台稽古前までに大道具に取りつける小道具をつけたり、各場面の小道具を分けたり、各俳優さんが身につける小道具をお渡ししたりという作業を行います。過不足なく、俳優さんが困ることのないように備えておく大切な作業です。また実は、転換作業にも小道具は参加します」
――盆が回ったり、舞台がぱっと変わったりする転換ですか。大道具さんがやるイメージです。
近藤「舞台稽古のさい、小道具をどの位置に置いたらいいのかを俳優さんと確認します。小道具は、公演期間中必ずその時その場所に置いておかなければなりません。こうした確認も大切な作業です」
――本当に、チームワークの結晶で舞台は成り立っているんですね。先ほど倉庫の話が出ましたが、藤浪小道具の歴史が詰まっているのではないでしょうか。
近藤「私たちも全てを把握しているわけでは無いですが、おそらく相当古い道具も残っていると思います」
――明治から現代までの、歌舞伎の歴史が詰まっているんですね。お話を伺っていると、小道具がないと、舞台上がスカスカになってしまいそうです。
近藤「例えば屏風1つとっても、それが丁寧に補修されているのかボロボロでほったらかしなのかで、貧乏だけど丁寧な暮らしをしている家庭なのか、男やもめの一人暮らしなのかなど、舞台の状況が一目でわかります。その風情を仕立てるのも、小道具の仕事。ぜひ、注目してみてください!」
歴史を引き継いで。藤浪小道具の新たな挑戦
歌舞伎には『白浪五人男』の傘など、伝統工芸品のような格好良い小道具がたくさんあります。しかし、こうしたものは、今はなかなか作ることができないそうです。職人さん達の高齢化も深刻であり、コロナ禍を受けて、公演が中止になったことの影響も大きかったとお話くださいました。
藤浪小道具では、現在そうした職人さんの技術継承問題の解決に取り組んでいます。
もう一つ新たな取り組みが、藤浪小道具オンラインショップ「フジナミヤ」です。
以前より新しいことをやろう、と会社全体の取り組みとして、小道具について説明したり、子ども向けの手作り体験をしたりとイベントを行っていました。その際、物販のために、グッズを作っていたそうです。しかし、本格化したのは、コロナ禍がきっかけでした。
2020年は3月から7月まで歌舞伎座が休演。人が集まるイベントも行えなくなりました。
「このままではまずい」「何かをやろう」と社員がオンラインで集まることに。思い切って、ネットショップを作ろうと決意しました。
もともと木挽町広場にブースを出していたのですが、オンラインショップを1から作ったそうです。
職人さんの心意気を生かし、歌舞伎の演目をモチーフにするなど、小道具のノウハウを生かした素敵なアイテムを作られています。狐面イヤリングが可愛くて買ってしまいました。
ちなみに「悪玉」「善玉」コースター(写真後方に写っている漢字のもの)とイヤリングは、昨年8月「三社祭」を市川染五郎さん、市川團子さんが演じられた際に取材で持たれ完売が続出したのだとか!
今度は舞台で小道具を目で追ってしまうかも?
明治からの技術や歴史が詰まった藤浪小道具の小道具たち。最近では「刀剣乱舞」の舞台にも貸し出すといったこともあるそうですよ。
舞台に欠かせない小道具。その裏には技術の継承、スタッフの皆さんの日々の努力がありました。
これから、舞台を見る目が変わりそうです!