突然ですが、クイズです。日本の国花は何でしょうか?
国歌とは違い、法律で正式に決まっているわけではありませんが、桜と菊が慣習的に国花として扱われています。
では、日本の国鳥は?
こちらも非公式ではありますが、1947年に日本鳥学会が雉を選定しています。
さて、実は国石もあるのですが、皆さんは知っていますか? それは、ヒスイ(翡翠)です。
2016年に、日本鉱物科学会によって日本の国石と認定されました。
どうしてヒスイが選ばれたのか、気になりませんか?
今回はヒスイの魅力に迫りつつ、この美しい石を一緒に愛でましょう!
ヒスイってこんな石
「ヒスイ」は2種類ある?
ヒスイは古くより、日本はもちろん、中国や中南米で好まれていた石です。
瑪瑙(めのう)や水晶などと共に、「玉(ぎょく、たま/美しい石の総称)」と呼ばれていました。
ヒスイと呼ばれるものには、軟玉と硬玉があります。
前者はネフライト、後者はジェダイトと呼ばれます。もともとこの2つは同一視されていましたが、19世紀に別のものと判明しました。
そのため、現在、宝石としてのヒスイ(ヒスイ輝石)は主にジェダイトを指します。この記事でも、ヒスイは主にジェダイトのことを指します。
ヒスイの色といえば?
緑色のイメージを持つ人も多いかもしれませんが、実は白や黒、赤、ラベンダー色など、意外とカラーバリエーションが豊富な石です。
そもそも純粋なヒスイ輝石は無色で、そこに何らかの成分が入ることで色がつけられるのです。
「翡翠」という漢字が当てられていますが、これはもともと鳥のカワセミを表す言葉です。
一説によると、中国ではカワセミの体の色のようなヒスイを「翡翠石」と呼んでおり、それが日本に伝わったのではないかとされます。
ヒスイって硬いの?
宝石はそれぞれ異なる硬度(こうど/硬さの指標、傷つきにくさ)を持っています。
鉱物によく使われる基準・モース硬度は10段階に分かれており、軟玉のネフライトは硬度6~6.5、硬玉のジェダイトは硬度6.5~7度です。
参考値として挙げれば、人間の爪は2.5、鉄釘は4.5、ガラスは5.5となっています。
この数字だけを見ると、「結局、硬い……のかな?」と首を傾げる人もいるかもしれません。
鉱石には、他にも靭性(じんせい/衝撃に対する強さ、割れにくさ)という指標があります。
たとえば、ダイヤモンドは硬度10で、硬度9の石と比べても圧倒的に硬い石です。しかし、靭性はさほど高くなく、衝撃が加わると簡単に割れてしまうことがあります。
対して、ヒスイは靭性において宝石の中でもトップクラスに位置します。
この理由としては、この石がヒスイ輝石の結晶が絡まり合うようにして成り立っている「岩石」だからです。
特別硬くはなくても、頑丈な石なのです。
実は日本のヒスイ文化は一度衰退していた?
日本でヒスイの産地として特に有名なのは、新潟県の糸魚川市周辺地域です。
縄文時代から珍重されていた糸魚川産のヒスイは、当時から日本全国に流通するほどの需要がありました。
各地の有力者やシャーマンの威厳を示したり、副葬品(ふくそうひん/死者を葬るとき一緒に納められるもの)として使われたりしていたようです。
しかし、産地である糸魚川のヒスイ加工は、古墳時代中期ごろから徐々に衰退していきます。
代わりに、近畿地方で大規模な加工産業が興ったようですが、これも奈良時代以降はやはり廃れてしまいます。
理由はいくつか挙げられており、そのひとつが服飾文化の変化です。時代が移ろい、勾玉で身を飾る文化自体がなくなってしまいました。
また、646年に出された、身分に応じて墳墓の規模などを制限した「薄葬令(はくそうれい)」も関係があるかもしれません。埋葬の規模が簡略されたことで、華美な副葬品の需要も減りました。
こうした変化が重なり、いつしか日本のヒスイは忘れ去られた存在となっていきました。
あまりにも表に出てくることがなくなったので、「ヒスイは日本では産出されない。古代のヒスイ製の品は、ミャンマーや中国からの輸入品である」と考えられるようになってしまったほどです。
日本でもヒスイが採れると証明されたのは、奈良時代から1000年以上経った近代になってから(具体的な時期については諸説あり)。
糸魚川市を流れる姫川の支流、小滝川(こたきがわ)で発見されたと言われます。
その後、日本で産出されるヒスイは高い価値を見出され、宝石として扱われるようになりました。
糸魚川市周辺地域では現在、ヒスイが大きな観光資源となっていて、ヒスイを拾いに行ける海岸もあります。
そして、2016年。日本鉱物科学会が国石選定事業を行い、「日本で広く知られている国産の美しい石」などの条件を満たす石がピックアップされました。
2度の投票の末、もうひとつの有力候補だった水晶を上回る票を獲得して、ヒスイは国石の座についたのでした。
ついつい惹かれてしまった「琅玕」
私は小野不由美さんのファンタジー小説『十二国記』シリーズが好きなのですが、2019年に出版された久々の新作の中に、非常に美しい石として「琅玕(ろうかん)」が登場します。
これは作品オリジナルの名称ではなく、実際にそう呼ばれているヒスイが存在します。
琅玕は、透明度が高くて美しい艶を持つヒスイで、最高級品として扱われています。
琅玕は中国語で「青々と美しい竹」という意味もあり、伝説上の生き物・鳳凰が食べる竹の実の色を表現するのに使われることもある言葉です。
毎年一度は、宝石・鉱石の販売イベントに足を運ぶ私ですが、実を言うとヒスイはあまり持っていませんでした。
けれども、好きな小説の影響は大きく、早速私はその年のイベントで琅玕やヒスイを探しました。
そうしたらあったんですよ、琅玕が。ただし、完全に予算オーバー……。
会場ではもちろん一般的なヒスイも売られていたのですが、このときの私にはもう琅玕しか目に映りませんでした。
好きな小説に出てきた琅玕をどうしても手に入れたい!
結局、2年考えた末に勇気を出して入手したのが、この琅玕です。
この美しく、瑞々しい色! 自分の石コレクションの中でも特にお気に入りの石のひとつです。
ただし、琅玕は、中国では日本ほど最高級として扱われていないとの情報がありました。
また、かつて質の高いヒスイが採れた鉱脈を表す「老坑(ろうかん)」が、同じ音の「琅玕」と混同されて広まったとも。
つまり、この青竹のような瑞々しい緑色のヒスイを尊ぶ言葉というのは後付け……!?
それでも私にとっては今でも、琅玕のヒスイはとても美しく、眩しい日差しに照らされた新緑を思わせる佇まいが愛しい存在です。
結局どんな色も愛しい!
琅玕を手に入れて、ひとまず満足した私ですが、石はいくつ持っても良いものです。
私はフローライトが最推しで、ミネラルショーや鉱石ショップに行ったら必ずフローライトは全部チェックして、気に入ったものは買うようにしています。
なぜなら、まったく同じ石はないのだから。
石の世界は奥深く、エンジョイ勢の私はとてもオタクを名乗れるほどではなく、鑑定眼も持ち合わせていません。
それでも、「あ、これ好き!」と思う石を眺めるのはとても楽しく、ちょっとした色味の違いを比べるだけでニヤニヤしてしまいます。
そういうわけで、現在、ヒスイも少しずつ揃えています。
手持ちの中ではミャンマー産やロシア産が色鮮やかです。
唯一持っている糸魚川市周辺のヒスイたちは、一見不透明でスモーキーな色味をしています。
しかし、光を当てると、また違った表情が!
こうした変化も楽しみのひとつです。
正直、こんなにヒスイが好きになるとは自分でも思わず、5年前の私に現状を伝えたらびっくりすることでしょう。
今あまり石に興味のない人でも、鉱石ショップや博物館、イベントで実際に石を見ると何か変わるかもしれませんよ。
古代日本の文化を感じさせる、日本の国石、ぜひ一度愛でてみてください!
アイキャッチ画像:筆者私物
主な参考文献
『古代翡翠文化の謎を探る』 小林達雄/編 学生社 2006年
『宝石のほんシリーズvol.2 翡翠』 飯田孝一/著 亥辰舎 2017年
『鉱物・宝石の科学事典』 日本鉱物科学会/編 宝石学会(日本)/編集協力 2019年
『ヒスイ文化はなぜ衰亡したか -ヒスイ文化の再興・古代から現代へ-』 土田孝雄/著 奴奈川姫の郷をつくる会 2021年