Culture
2022.10.30

「幼児置き去り検知システム」の開発も。刻一刻と近づく、クルマが電化製品になる日

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「100年に一度」――。人間の平均寿命を考えると、一生に一度出合えるかどうかの確率です。自動車業界は今まさに、その変革期の只中にあると言われています。ことさらに「100年に一度」が強調されるのはなぜでしょうか。手がかりは、地球規模の環境問題。CO2排出量を抑え、脱炭素社会を目指す世界的な取り組みです。その実現のために、国内外の主要車両メーカーは2030年に向けたBEV(バッテリーEV:電気自動車)戦略を打ち出しています。

例えば、米国・テスラ社のBEVはコックピット(運転席周り)の中央部に大型ディスプレーを搭載し、操作の多くをタッチパネルに集約しました。スマホを扱う要領です。電動化によって、これまでコックピットにあった、さまざまなスイッチ類はタッチパネルに組み込まれ、シフトレバーの操作もボタンに取って代わられようとしています。つまり、自動車の姿が、これまでのメカニカルな「クルマ」から電化製品に変わろうとしているのです。

車が電化製品……。ちょっと今までの常識では想像がつきません。

自動車の構成部品として欠かせないスイッチ類の製造会社として1948年に産声(うぶごえ)を上げた株式会社東海理化(愛知県丹羽郡大口町)にとって、電動化対応は主力製品開発の根幹に関わる経営問題です。そこで同社はこのほど、2027年のEVを想定した「インテリジェントコックピット」を提案しました。簡単に言えば、実車に搭載されることを想定したシミュレーション装置です。同装置製作の陣頭指揮を執った技術開発センター・商品開発統括の長尾貴史氏に同社の描く近未来の車について聞きました。

長尾貴史氏

車の位置づけが変わる大きな転換期

――現在の自動車産業が置かれている状況をどう見ますか。

長尾(以下略):人の価値観に合わせて車の位置づけが変わる大きな転換期だと考えています。キーワードは「CASE」(ケース)。CASEは、コネクティッド(C)、オートノマス(A)、シェアリング(S)、エレクトリック(E)ーーの頭文字をつなげた造語です。

この言葉をごく簡単に紐解くと、人や車や家がシームレスにつながり、さまざまなサービスが生まれる中で、車はそのサービスの一部になっていくと考えられます(C)。また、自動運転は人口減少や高齢化に伴うドライバー不足による車の使われ方の変化を反映しています(A)。さらに、車を所有する時代からシェアする時代も一段と進むと思われます(S)。

――「CAS」に続く「E」の変化をどのように捉えていますか。

車に乗り込むところから、乗っている最中、乗り終えて降りるところまでのすべてのシーンを変えるでしょうね。

センサーやAI、電動化装置などの先進技術で、操作負担が極力抑えられた車が想定され、車との対話が楽しくなる。併せて、安全機能も進化し、事故のない社会に向かっていくのではないかと考えています。

格段に広くなるキャビン空間を思い描く

――「インテリジェントコックピット」はどのような経緯で開発されたのですか。

テスラはBEVの在るべき姿を実車でいち早く示しました。それに対して当社は安心・安全、そして快適なコックピットを目指して「人を捉え、意思を読み取り、人に応える」をコンセプトとして臨んでいます。それを形にしていく中で、当社の得意なセンサー技術を用いて、直感的な操作を検出し、事前に取られた数多くのデータからAIで導き出された判定アルゴリズムで判断し、自動で装置を動かすシステムを開発しました。

実車への搭載を想定したインテリジェントコックピット

この装置は本社エントランスに展示してあるのですが、直接触れた上で「人を捉えるセンシング」と「意思を判断するAI」に興味を持たれる来場者が多いようです。

例えば「ジェスチャー自動ドア」や「自動スポットライト」はカメラ画像で人の動きを検知し、人がするであろう操作をセンサーがいち早く読み取り、判定アルゴリズムで人の手を介さずに実現する仕組みです。

――同様の装置は同業他社でも作られているのですか。

数社あります。ただ、当社はデザイン面に相当力を入れました。ここまで手抜きのない造形をしているのは当社だけではないかと自負しています。

ステアリングの右手に可動式のディスプレーを配置

私の統括する部署には先行開発、デザイン、商品企画という3つの部があります。今回の提案はそれらの力を結集して「技術とデザインを融合させた」取り組みです。

――お話に出てきた「東海理化の考えるEV」とは。

大前提として、コックピットの作りが変わると思います。端的に言うと、現在のエンジン車は概ね、ボンネットの中にエンジンとその周辺機器が詰め込まれています。これに対して、EVはエンジンの代わりにe-Axle(イーアクスル※)を載せるのが一般的だと考えられます。

すると、現行車ではメーター周りのインパネ(インストルメントパネル)の裏側にあるCPUなどの電子機器や関連するさまざまな機器もボンネットのほうに移る。その結果、コックピットを含むキャビン(車室)空間が格段に広くなる。スペースにおける、そういう変化を想定しました。

センサーと連動して開閉するサンルーフ

空間が広がれば、乗る人は圧迫感のないスペースでゆったり過ごせる。それも価値の一つになるのではないかと考えました。広くなった分、インパネにはこれまで以上に意匠性を持たせ、見た目にも質の良い内装にまとめるよう努めています。さまざまな計器類もそこに溶け込むように配置しています。

※インバーター、モーター、トランスアクスルを一体化したEV用の駆動ユニット

次世代に狙い定めた操作スイッチ開発も

――「インテリジェントコックピット」で提案されている近未来車のコックピット周りの様子をいくつか紹介してください。

「インテリジェントコックピット」は基本的に「2027年のEV」をイメージしています。企画は営業や製品責任者と議論を重ね、顧客の声や製品の動向を見据え、盛り込んでいる技術は先行開発部が開発し、商品企画部とデザイン部が実際の形に落とし込みました。初号機は2021年8月に設置しているので、現行機は2代目のモデルです。今後も時流に応じて継続的に見直していく予定です。

キー

現行車の多くはスマートエントリーキー&スタートシステムを採用しています。かつてのように、金属製のキーを鍵穴に差し込んでドアを開け、エンジンを始動するのではなく、運転者のポケットなどに入れたままで解錠やエンジン始動をします。このシステムはすでに幅広い車種で実用化されています。

当社はその先のシステムとして、本当に人が近づいたかどうかを検知するUWB(ウルトラワイドバンド)無線通信や、スマホを鍵にしたデジタルキーを使って、システムのセキュリティー性向上(リレーアタック※対策)を実現しています。

※スマートキーの仕組みを悪用して車を盗難する手口

スマホを鍵にしたデジタルキーでドアを開閉

ドアの開閉

キーを持って近づく、ジェスチャーを検知するなど、人が乗車する意思を読み取り、ドア内部の電動装置で自動的に開けることができます。荷物を持ってドアを開ける時の負担を減らすこともできます。降車時には、離れるだけでドアが自動的に閉まります。これらはいずれも、ドア内部のセンサーの働きによるもので、障害物があれば安全に作動を停止することができます。

ミラーカメラ搭載のジェスチャー検知カメラも開閉を手助け

メーター類

ステアリングコラム(ハンドル)上、前方、センターの3つのディスプレーで役割を分けて表示します。
ステアリングコラム上では、速度やライトなど、走行に必要な最低限の機能や警告灯のみを表示します。視認性を考慮した文字サイズ、分かりやすいGUI(グラフィカルユーザインターフェース)配置などで、メーター機能を小型ディスプレーに集約することができました。

ステアリングコラム上と前方に配置されたディスプレー

前方ディスプレーは、左右モニターにサイドミラーのカメラ映像を映し出し、中央モニターに進路ガイド、車線逸脱警報などを表示。運転支援機能を持たせることで、ドライバーの安心、安全、快適の確保に役立てる一方、センターディスプレーとの役割を見直しました。

左右サイドミラーの映像、中央に運転支援情報を表示する前方ディスプレーと小型メーター

ミラー類

支える台座をなくして、ミラーを車体に格納できるようにしました。これによって空気抵抗が低減できます。結果的に、燃費向上と、格納による車体のスマートさの演出を図ることができます。また、メーター類の説明で触れたように、映像を表示するモニターを左右とも運転手の前方に集約しました。運転中の視線移動を少なくし、左右後方の状況を認識しやすくするのが狙い。これは安全運転にも貢献します。

従来のサイドミラーの代わりに採用される格納式ミラーカメラ

センサー類

「インテリジェントコックピット」で提案しているセンサーは、静電、超音波、画像に関するものです。現在の車でもすでに搭載されています。しかし、当社の提案はそれらで手や指の動き、目線、顔向きなどを検出し、それらのさまざまなデータからAIで導き出された判定アルゴリズムで判断することに重点を置きました。そうすることで、直感的に車を操作できるHMI(ヒューマンマシンインターフェース)を実現しています。他社との差別化点でもあります。

手や指の動きを捉えるセンサー

センサーに反応して開くルーフ

助手席に手を伸ばすとランプが灯る

手を伸ばせばステアリング横のディスプレーも動く

ステアリングに組み込まれ、手の握りを捉える静電センサー

その他の要素

センサー類だけでなく、次世代の操作スイッチも開発しています。スイッチは創業の原点でもあります。通常は室内の装飾パネルとして機能しながら、必要な時に現れて操作できる透過照明付きスイッチはその好例です。

見るからにスイッチ然としているのではなく、いかに意匠に溶け込ませてスイッチの存在を感じさせないようにするかに知恵を絞りました。当社のデザイン提案の真価を問われる、非常に重要な要素になると考えています。

通常は装飾パネル

必要に応じて現れる透過照明付きスイッチ

「幼児置き去り検知システム」の開発も

――貴社の事業が近未来の車づくりで果たす役割や業界への貢献度をどう考えますか。

展示している「インテリジェントコックピット」には搭載されていませんが、近未来を想定した新たなシステム開発は継続的に進めています。例えば、ミリ波という電波で座席に取り残された幼児の呼吸や体動を検知して未然の事故を防ぐ「幼児置き去り検知システム」はその一例。

――実に今日的な仕掛けですね。

センサー技術とAIを活用したものです。このほか、運転手の心電波形からAIで疲労や眠気を判定し、本人はもちろん、事業所にも伝える「自動車運送業者様向け疲労・眠気検知ステアリングカバー」も将来の搭載を前提として試作しています。

当社は各種スイッチやシフトレバーなどの操作装置を主な商品群として展開しています。ですから、BEVや自動運転などといった車の変化を捉えて、事故のない社会を実現するために安全、安心、快適なコックピットを実現することが当社の果たす役割ではないかと思います。

――車が単なる移動手段から、さまざまな価値を生み出すサービスの一部になるということですね。その鍵を握るのがセンサーやAIであることがよく分かりました。

「インテリジェントコックピット」はまさにそれを具現化したものです。大切なことなので繰り返しますが、この装置に搭載されたさまざまなシステムを踏まえて、事故のない社会に向けて魅力ある商品を提案し続けていく。それが当社の使命だと考えています。

【株式会社東海理化】

http://www.tokai-rika.co.jp/

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新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是自然体。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。