Culture
2022.10.28

「究極のホトケ顔」って?仏像の表情をAIで読み解いてみたら、仏師の力量がスゴかった

この記事を書いた人

私達「人」の表情のように、仏様にも様々な表情があります。アルカイックスマイルや憤怒、時には無表情に見える仏様も。

その表情には、どのような意味が込められているかを科学的にアプローチした実験があるのをご存じでしょうか。2018年に奈良大学(奈良県奈良市)の学生らによっておこなわれた『仏像を科学する(Buddience)』です。マイクロソフト社の感情測定テクノロジー(エモーションエーピーアイ、以下「E-API」)を使用し、仏像の表情を客観的に分析しています。

どういうこと~!?

当時、奈良大学文学部文化財学科で日本美術史・仏教美術史を担当していた関根俊一先生は、同プロジェクトに携わった人物。関根先生に、仏像の表情を科学する意味について伺いました。奈良・興福寺の阿修羅像のあの表情の謎にも迫ります。

全国的にも文化財関連の就業者が多い奈良県ですが、奈良大学は、日本で初めて創設された文化財学科がある私立大学。卒業生に文化財専門職が多いという特徴を持っています。

仏像を科学する意味はあるの?

「Buddience(ブッディエンス)」と名付けられたプロジェクトは、文字通りブッダとサイエンスを掛け合わせた造語。
実は当初、「AIを使用し、仏像の表情を科学分析する」内容に関して、周囲から「仏像の表情は、お参りに行った時の自分の感情次第で当然変わるもの。それを科学分析する必要はあるのか?」「仏様にこんなことをするのはけしからん」等、様々な意見があがったと関根先生は語ります。

しかし、「従来の主観的な解釈では無く、AIに集積された何万という(人間の表情の)データに基づいて客観的に数値化することで、仏像の制作者・祈念者の意図や感情が分かるのではないか?」と考え、プロジェクトを遂行しました。

主観ではなく、客観的に

本プロジェクトでは、第三者によりアットランダムに集められた仏像の画像216躰分をE-APIに入れ、18名の学生が4班に分かれて分析。E-API(AI)は、画像人物の表情を「怒り」「軽蔑」「嫌悪感」「恐怖」「喜び」「中立」「悲しみ」「驚き」の8つの指標で数値化するのですが、果たして仏像の表情をどのように読んできたのでしょうか?

まさかの測定不能!?「人間の表情には限界がある、仏像はそれを超えている」

驚いたことに、結構な数の仏像で「数値が出ない=測定不能」という想定外な結果が出てしまったのです。しかし、それにはおもしろい理由がありました。

例えば、憤怒形の不動明王は「怒り」の数値が高いと誰もが予測しましたが、測定不能になってしまったものが多かったのです。

その理由を関根先生と当時の学生達は「人間の感情を超越した怒り」と考えました。
また、浄土教信仰が盛んな平安時代後期の阿弥陀如来(いわゆるホトケ顔)も数値が出ないことが多かったのです。
この点も「浮世離れして、人間的な表情が無いから安心して頼れるのではないか」と考えました。

「人間の表情には限界がある、仏像というのはそれを超えている。だから、その作り手である一流の仏師というのは本当に凄いですよ」と関根先生。

面白い! 仏様の怒りは、我々人間のようなちっぽけな怒りじゃないんですね。

AIが可視化「快慶は人間の表情MAXで仏像の表情を止めている?」

おもしろいことに、AIは、平安時代後期の仏像に対して測定不能を多く出しましたが、写実性が高くなる鎌倉時代の仏像には数値を出すという、日本美術の仏像様式に沿った結果を出しました。

AIで「中立」の数値が高くなると、いわゆる「ホトケ顔」「ボサツ顔」になるのですが、関根先生は「誰かの顔を作ろうとすると、普通ならどうしても表情が出てしまう。仏師はその表情を打ち消していって「究極のホトケ顔」を作り出す。それをAIで確かめられるというのは凄いことなんです」と説明します。

他にも、数値で確かめられる面白さの例として、鎌倉時代の仏師・快慶の不動明王をあげました。測定不能が多い不動明王の中でも快慶作のものは、ギリギリ数値が出るものが多かったそうです。

「快慶は人間の表情MAXで表情を止めている可能性がある」と関根先生。AIは、どう見えているかという言葉で表現しづらい部分を「喜び何パーセント」のように見方を数値化し、私達に可視化してくれたのです。

■関連記事
ドン!迫力のある作風が特徴の仏師・運慶と快慶について3分で解説

AIの数値から仏師の力量を感じる「興福寺の阿修羅像の表情の意味」

(写真提供/株式会社 飛鳥園)博報堂アイ・スタジオ

2017年に開催されたシンポジウムで、同大学の今津節夫教授は、CTスキャンで内部調査した興福寺・阿修羅像の表情を「今より少し厳しい顔立ちだったのに対し、最終的な仕上げ段階で現在の表情に変更された」と報告しています。そのことにも関根先生らは、AIでアプローチしています。憂いの表情が魅力的なことで知られる阿修羅像をAIはどう読んだのでしょうか?

「他の仏像が「中立」の数値が高い中、阿修羅は「中立」が低めで「悲しみ」の数値が高く出て、僅かですが「喜び」の数値が出ました。とくに「悲しみ」の数値が高かったのが驚きでした」(担当した当時の学生談)

関根先生も「AIが出した数値は、他の像とはだいぶ違ったのです。特に「悲しみ」が高くて、少し「喜び」が入っている。すごく人間的な顔立ちで、学生達はそれを「慈愛の表情」と表現しました」と解説します。

また、驚くべきことに、阿修羅像を含む興福寺の八部衆すべてをAIに入れたところ、迦楼羅など動物の様な像以外は、すべて阿修羅像と同じく「悲しみ」の数値が高い統一した傾向が出ました。

その点に関して当時の学生らは、
仏教界で阿修羅は戦闘神であり、法隆寺五重塔の阿修羅像と比較しても本来は怖い顔をしているため、顔を途中で変える事ができるのは、それなりの権力がある人物ではないかと考えたそう。
「阿修羅は、光明皇后が母・橘三千代の菩提を弔うため、仏師・将軍万福らに作らせたものなので、(願主である)光明皇后の意志で、怖い表情では無く、最終的に(悲しみの数値が高い)慈愛の表情に変えたのではないか?と結論付けました」(当時の学生談)
この結果は、今津教授のCTスキャンの結果とも重なります。

「仏師が人間の表情のどういう部分を仏像に表そうとしたか、その力量が八部衆の場合は発揮されていますよね」と関根先生。

ちなみに、AIの数値は仏像のライティングや角度でも変わります。プロの仏像専門カメラマンが撮影した阿修羅像の写真の多くは、正面からではなく、少し右側から撮影されていますが、右側から撮影された写真(悲しみの数値が高い)のイメージで、阿修羅像を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか?

何かの感情を押し殺しているような表情に見えます!

仏様との新たな関り方へのチャレンジ

このプロジェクトでは、その後、仏像との新しい結縁方法を試みた「Buddha Matching」というアプリを開発していますが、残念ながら現在、そのアプリは使用できません(マイクロソフト社のシステム変更に伴う)。

関根先生は「決してゲーム感覚で試みたものではありません」と語ります。仏像の画像をネットに掲載すること、科学的にアプローチすることは、信仰の対象であることを鑑みても賛否両論あります。しかし奈良大学のプロジェクトは、現代のデジタル社会の中で、仏様との新たな関り方を模索したチャレンジとして一石を投じたと言えるのではないでしょうか。

書いた人

奈良在住。若かりし頃、大学で文化財保存科学を専攻した文系なのにエセ理系。普段は、主に関西のニュースサイトで奈良県内を取材しており、たまに知人が居る文化財保存業界周辺を部外者として外側からウロチョロ。神仏習合が色濃く残る奈良が好き。信心深いので、仏様にはすぐ合掌。しかし、仏像の衣裾に当時の顔料が残っているのを見つけたりすると、そこに萌えるタイプ