Culture
2022.12.28

誰も入れない「あの森」に潜入!北本縄文人もオオタカも住むデーノタメ遺跡はこの下【PR】

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埼玉県・北本駅西口から南方向へ車で10分弱。そこには、縄文時代中期に営まれた集落としては関東最大級の環状集落「デーノタメ遺跡」があります。地上部分は雑木林に覆われ、普段は立入禁止。今回、特別に入れることになったので、気になるその中をご紹介します。

雑木林公開への第一歩として清掃イベント実施

11月半ばの雑木林。紅葉は盛りを過ぎ、冬の気配が感じられます。

この雑木林は普段は立ち入り禁止です。しかし、2022年11月13日、NPO法人 北本雑木林の会が市民に「林の中に集まって清掃して散策してみましょう」と呼びかけ、学習会と探索、清掃活動を行いました。

翌日の14日、きれいになった雑木林の中を北本市の磯野治司さんに案内していただきました。

雑木林は団地に隣接。うっそうとした森といった佇まい

中に入るとこんな感じ。静かで穏やかで、時が止まったかのよう

木々に導かれ足を踏み入れると、中は木漏れ日が差し込む明るい空間でした。落ち葉が積もり足元はふかふか。この下に、北本市が国指定史跡を目指すデーノタメ遺跡が眠っています。

「昨日まではとても荒れた状態だったんですよ。これまでも、『雑木林を維持管理しなくてはいけない』ことや『林の下にあるデーノタメ遺跡ってすごいんですよ』と、ことあるごとに話しても伝わりにくい。そうした状況の中で市民の皆さんが立ち上がり、雑木林の会の主催により清掃イベントが行われたのです。約50人で2時間弱の作業でしたが、かなりきれいになりました」と磯野さん。

2022年11月13日のイベントの様子 写真提供:北本さんぽ(アイキャッチ写真も)

秋のトンボ、アキアカネが飛んでいます。足元を見やると、鳥の羽が散乱。

オオタカがカラスを捕食した跡のようです。オオタカは世界中の広い地域に分布し、日本でも鷹狩りに使われた歴史がある猛禽類(もうきんるい)です。繁殖期は1〜7月ごろで、この雑木林も営巣地の一つになっているのです。

トンボもオオタカも生態系(環境)の指標となることがあり、自然環境が良好である証と言えそうです。デーノタメ遺跡は全部で6haある中、そのうち5haが森。実に豊かですね。

「2021年9月20日、北本市内でさまざまな活動をしている『暮らしの編集室』というまちづくり会社が、アーティストを呼んで『台原縄文音楽祭』というイベントをやったんです。台原は『でえっぱら』と読み、デーノタメ遺跡近くにある地名です。『なんでここで縄文音楽祭?』って驚く人がいる一方、若いパパママ、子どもがたくさん集まってきて楽しそう。小さな子が土器作りをやったり、縄文太鼓を叩いたり、アーティストの演奏に合わせて踊り出したりするんですよ。いい雰囲気で、ぜんぜんありだなと。そういうことなら、いずれはここ(デーノタメ遺跡)の雑木林でやってほしいと考えました。でも、荒れた状態なので、まずは市民主導での清掃活動からスタートです」。

▼デーノタメ遺跡にまつわる記事
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「畑一町にヤマ一町」 雑木林で土地を豊かに

北本市内でも高崎線沿線は電車に乗っていても森しか見えないような時代があったそう。平成2年の資料を見ると、その後30年ほどで半分以下にまで減ってしまったことがわかります。

「北本市には『大字深井字雑木林』という地名がありました。雑木林は残っておらず、雑木林という地名も使われなくなっています。今、北本は『雑木林のまち』というイメージを失いつつあり、まとまった雑木林があるのはここぐらいなんですよ。雑木林の木は15年ほど経つと切って薪や炭に、落ち葉は堆肥にして、維持されてきました。ここ大宮台地は土地が痩せていて、『畑一町にヤマ一町』(畑をやるなら同じ広さのヤマ=雑木林が必要)という言葉が残るほど。このように人が雑木林に手を入れることでさまざまな植物や昆虫が育まれ、生物多様性も保たれていました。しかし、雑木林が単なる薮になってしまうと、植物が消え、閉鎖的な環境となり生態系が貧しくなってしまいます」。

写真提供:北本市教育委員会

デーノタメ遺跡から縄文の森へ……!?

今、デーノタメ遺跡の雑木林には、竹が数多く生えています。春は大きなタケノコが採れ、それはそれはおいしいそうですが、種類は日本古来のマダケではなく外来種とされるモウソウチク。成長が早く、すぐにバリケードのように密生し、人が立ち入れない竹藪になってしまいます。遺跡の保存にも良くありません。

「日本には180ぐらいの国指定の縄文遺跡があります。もし、デーノタメ遺跡が国指定史跡になったら、縄文の森を作ることになるでしょう。縄文時代だからクリやトチノキ、クルミを植えるのが最近の風潮です。ただ、北本の場合は発掘調査により縄文人が何を食べていたか、ムラの周りにどんな植物があって、木はどんな組成だったかなどが、花粉分析などで詳細にわかっています。縄文の森を作るなら、科学的データに基づいて、市民の力で森づくりをやっていきたいという希望があります」。

誰も入ったことない森。市民の一部には「どうやらここの下には遺跡が埋まっているらしい」と知られてきてはいます。

「放置された雑木林は藪になって、市民から『危ないから近寄っちゃダメ』と忌避されたり、ゴミ捨て場になったりと、イメージが悪くなった時代もあります。その点、北本では雑木林の会が30年間活動を続けたことで、快適な雑木林が維持されてきました。人が関わり林に価値を与える必要はあるでしょうし、そのことで結果的に守っていくことになるのです。ここの場合は、雑木林を保全することで遺跡ごと守ることになるので、もっと多くの方に関わるようになってほしいですね」。

海なし県、埼玉。海のある土地では貝塚が発掘されていますが、こちらの遺跡ではクルミを食べたあとの殻を捨てた「クルミ塚」が確認されています。最も大きなクルミ塚からは、クルミをかたどった土製品も出てきました。

遺跡内最大のクルミ塚から見つかったクルミ土製品

こちらは市内の別の遺跡から見つかった土製の耳飾り

「どうやら、単純なゴミ捨て場じゃないようですよ。クルミの土製品は自然の恵みを与えてくれた神々への感謝の儀礼を行った痕跡なのかもしれません」。

雑木林と人とは理想的な共生関係であり、その原点が縄文時代にあったと言えるでしょう。現代の私たちが北本縄文人から学ぶべき点は少なくなさそうです。

取材協力:磯野治司(埼玉県北本市役所 市長公室長)