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2023.05.22

死者の骨から人間を造った、西行法師。「人造り」の秘術とその末路

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鎌倉期の仏教説話集に『撰集抄(せんじゅうしょう)』がある。
芭蕉も愛読した『撰集抄』は、古くは漂泊の歌人・西行の作と信じられていたが、真偽のほどは疑わしい。いずれにせよ、この書にはユニークな説話が満載で、そのおもしろさを素直に受けとめたい。

説話のひとつ「西行於高野奥造人事」は、死者の骨から人造人間を造ったという、なんとも不思議な話だ。西行が造りあげた複製人間とはどんな代物だったのか。おぞましくも奇妙な物語を紹介しよう。

西行法師って「春の満月と満開の桜の下で死にたい」って詠んだロマンチックなおかた、でしたよね……。

『撰集抄』五巻十五話「西行於高野奥造人事」

西行は高野山で修行中の身である。
ともに修行していた同朋に去られた西行は、語り合う友だちがほしくなり、かつて習った人を造る法をこころみる。西行は野に出て、死人の骨をとり集め、頭から手足へと骨を連ねた。そうしてとりあえずできあがったものは、色が悪く、人の姿に似てはいるが心がなく、声はあるが、まるで吹き損じた笛のような音をしていた。

失敗作とはいえ、廃棄すれば殺人罪になるかもしれない。心がないから草木と同じようにも思えるけれど、人の姿をしているからやっかいだ。考えあぐねた末、高野の奥の、人の来ない場所に放置することにした。

ここからは後日談。
京へ出た西行は、自分に「人造り」を教えてくれた人物を訪ねる。
話を聞いてみると、どうやら自分の造りかたには誤りがあったらしい。西行は正しい「反魂の秘術」、すなわち魂入れの施術を教えられたが、ふたたび人を造ることはなかった。神秘を侵しての生命の誕生が禁忌に触れるのを察知して、人を造るのをやめたのかもしれなかった。

ちょっとだけ、西行の気持ちも分かる気がします。切ない……。

西行の失敗

南小柿,寧一ほか『重訂解体新書銅版全図』須原屋茂兵衛ほか3名,文政9.(国立国会図書館デジタルコレクション) https://dl.ndl.go.jp/pid/2541182

西行が造ったとされる人間は、声が言葉にならず、心がなく、友人の代わりとしては失敗作だった。人間の試作品は、その後、高野の奥所に放置される。人形が自然に損壊することを期待したのかもしれない。人目の触れない場所を選んだのは、誰かに見つかれば騒ぎになると配慮してのことだろうか。

この短い話だけでは、実際に手足が動いたか、立ちあがって歩くことができたのか分からないが、とはいえ「吹きそんじたる笛」のような声は出るのだ。人造人間の肉体構造がどうなっているのか、とても気になる。皮膚のしたには、なにが詰まっているのだろう。

人造人間のつくりかた

 

「その事に侍り。広野に出て、人も見ぬ所にて、死人の骨をとり集めて、頭より手足の骨をたがへでつづけ置きて、砒霜(ひさう)と云ふ薬を骨に塗り、いちごとはこべとの葉を揉みあわせて後、藤もしは絲なんどにて骨をかかげて、水にてたびたび洗ひ侍りて、頭とて髪の生ゆべき所にはさいかいの葉とむくげの葉とを灰に焼きてつけ侍り。土の上に、畳をしきて、かの骨を伏せて、おもく風もすかぬようにしたためて、二七日置いて後、その所に行きて、沈と香とを焚きて、反魂(はんごん)の秘術を行ひ侍りき」

その一 下準備は念入りに行うこと


西行が訪ねた旧知の師仲の話によれば、人造りの製作工程はおおきく二つに分けることができる。第一段階は、人骨の組み合わせである。死人の骨は、頭から手足まで、ひとつとして間違えることなく、完璧に並べなくてはならない。そのためにも医学に通じる人体の知識は欠かせない。

第二段階は、緊縛・浄化。そして頭髪の生育のための手配である。
まず砒霜を骨に塗る。いちごとはこべとの葉を揉みあわせ、藤の若芽で骨を括って、水洗いする。頭の、髪の生えるところには、さいかいの葉とむくげの葉を灰に焼いてつける。

すべての工程を終えたら、土のうえに畳を敷き、骨を伏せる。くれぐれも風の通らないようにしつらえて、27日ほど置いてから、沈と香を焼く。こうして魂入れの施術「反魂」は完了する。ちなみに反魂の秘術を行う人は「七日物をば食ふまじき也」との記述があるので、人間を造っている期間は空腹にも耐えなくてはならない。

7日どころか1日だって、断食できる自信がありません~!

その二 材料にこだわること

 

人造りには何種類もの植物が必要になる。その辺の草むらに生えている植物で間に合わせてはならない。ここに記された植物には、それぞれ薬効があるからだ。指定された植物を使用法に注意しながら調合すること。

「砒霜」は毒性の高い砒素の練り状のもの。「いちご」は、五臓を安らげ、気力増進の役割がある。「はこべ」は歯磨、洗顔の薬効があり、腫れものにも効果があるとされる。「さいかいの葉」は皮膚病や殺虫用に。「むくげの葉」は瀉血(血液を抜くこと)や皮膚病に。それぞれ外皮薬として、内臓薬としての効果が期待できる。

いちごやはこべ、むくげ、藤なんて、ちょっとメルヘン、なんて思ってしまったのですが、そういう話ではなかったのですね。

また、魂入れには「香焚き」と「清潔さ」が欠かせない。西行の不首尾の原因は、この二つが充分でなかったためと想像できる。よって、指定された植物の使用と、骨の充分な熟成に気を配ってほしい。

人造りは鬼の仕事

“The Warrior Ômori Hikoshichi Carrying a Demon on His BackDate” 1772,Katsukawa Shunshô (Art Institute of Chicago)

この説話には、元来、鬼が人を造っていたと暗示させるような記述がある。西行も前例として「鬼が人の骨をとり集めて人につくりなす」ことを知っていた。

鬼が人を造ったことを語る話はおおい。
『長谷雄草紙』は、『撰集抄』より100年ほど後に成立されたとされる絵巻だが、ここにも、人を造った鬼が登場する。内容を簡単にまとめてしまうと、長谷雄と鬼が全財産と美女を賭けての勝負を行い、長谷雄が勝って美女を手に入れるというもの。しかし、鬼との約束を破ったために、美女は水になって流れてしまう。こうして「百日過ぎなば、真の人」ではないことが語られる。

ほかにも、手足を抜かれた死骸にべつの死骸の手足をつなぎ、呪術で生き返らせた小鬼の話(『法華経直談鈔』)など、鬼の人造りの技術はなかなかのものだ。しかも西行の試作品とちがって、細部まで完璧な人間の姿をしている(と思われる)。鬼のほうが立派な、反魂の秘術の使い手ということか。

鬼とは何ぞや、ということについては、記事下部のおすすめ記事をぜひご覧ください。

安倍晴明も人造人間だった?

 

南小柿,寧一ほか『重訂解体新書銅版全図』須原屋茂兵衛ほか3名,文政9.(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/2541182

骨を素材にして人間を造るという「反魂の秘術」。
平安時代、身体の形が残っている白骨には、凶癘魂(死者の魂)が付着していると信じられていた。そうした白骨に対峙したのが、陰陽師だ。

仮名草紙『安倍晴明物語』には、殺された安倍晴明を師の伯道上人が復活させる場面がある。『西行於高野奥造人事』との違いを挙げるなら、『安倍晴明物語』では新しい人間を造るのではなく、生前とまったく同じ人間を復活させたということだろう。

蘇生・活命のためには、復活させたい人間の肉体を構成する大骨、小骨、皮、肉を集めなくてはならない。草を揉むよりも、こちらのほうがよっぽど医学的合理性がありそうな気がするけれど、とにもかくにも、安倍晴明は無事に蘇ったそうである。

さいごに

工作を楽しむ子どものように白骨を編んで人を造る西行のふるまいからは、死を敬虔に受け止める姿勢は見られない。それでいて、人造人間の正しい秘術を知った後にふたたび人を造らなかったことからも、西行が人造人間の生死について思慮をめぐらせていたことがうかがえる。無常の思いを抱きながら、生への執着も捨てきれずにいるこの物語を、私はとても人間らしく感じる。

ちなみに、西行の訪ねた人物が語るには「自分も何度も人を造ったが、それが誰かを明かすと造った人も、造られたものも溶け失せる」のだとか。

もしかしてあなたのすぐ近くにも……。

【参考文献】
『撰集抄』岩波文庫、1970年、西尾光一校注
『叡山の和歌と説話』世界思想社、1991年、新井栄蔵/渡辺貞麿/寺川真知夫 編
『仏教文学の構想』新典社、1996年、今成元昭 編

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。