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2023.12.18

屏風が現代に蘇る! 田名網敬一のスペシャルテクニックを「プラダ」で目撃

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イタリア発のブランドとして著名なプラダの青山店(東京・表参道)5階に、ユニークな世界が現れました。屏風絵の展示会が開かれているのです。展覧会名は、「Paraventi: Keiichi Tanaami – パラヴェンティ:田名網 敬一」。田名網敬一(1936年生まれ)は、戦後のグラフィックデザイン界で際立った動きを見せてきたクリエイターです。屏風が現代のデザインの世界とどう融合するのか。しかも、原色を多用したキャラクターなどの描写が刺激的な表現は、屏風絵においても徹底していました。訪れたつあおとまいこの二人は、その破天荒な屏風に目を丸くして、さらに釘付けになりました。

流行の発信地である青山で開催というのも、気になりますね!

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

田名網 敬一について
1960年代に頭角を現し始めた田名網 敬一(1936年東京生まれ)は、現在の日米両国のカルチャーシーンに深く埋め込まれているイメージを築くことで成功を収めました。同氏は、村上隆氏や奈良美智氏などによって現在、体現されたスーパーフラットムーブメントの創始者と広く考えられています。同様に、田名網氏の芸術活動は、絵画、コラージュ、グラフィックイラストレーション、映画、彫刻というプロダクションのモード間の集中的な相互作用を特徴としています。大規模な作品では、アメリカのポップアイコンを、伝統的な浮世絵の木版画などの歴史的な形式の日本のイラストを用いた複雑な対話の中にミックスしています。同氏の作品は、これまでに公的施設やギャラリーの両方において多数の国際的な個展に用いられてきたほか、世界各地の公的施設の常設コレクションとして収蔵されています。(出典:プラダ 青山店「Paraventi: Keiichi Tanaami – パラヴェンティ:田名網 敬一」のウェブサイト

ゆるぎなく「サイケデリック」な屏風絵

つあお:田名網敬一さんが屏風作品を制作していたとは! ちょっと意表を突かれました。

まいこ:しかもプラダで屏風! 意外ですよね。田名網さんは本当はどんな作品を制作される方なんでしょうか?

つあお:一言でいうと「サイケデリック」。原色が際立つ、そしてなかなか奇妙なキャラクターがたくさん登場する絵を描くクリエイターなんです。インパクトが強くて、一度見たら忘れられないんですよね。

田名網敬一『記憶は嘘をつく』(部分) 2023年 展示風景

まいこ:へぇ。確かに今日見た田名網さんの屏風絵もサイケデリックでした! もうかなりベテランのクリエイターなのですね。

つあお:ずいぶん昔から拝見していますが、「ミスター・サイケデリック」という印象です。

まいこ:屏風絵でもゆるぎなく「サイケデリック」! この展覧会は、イタリアのミラノの展覧会から派生したものだそうですね。

田名網敬一『記憶は嘘をつく』 2023年 展示風景

つあお:デザインの街ミラノから展覧会が東京のプラダへ展開。「屏風絵」という言葉がなければ、ごく自然な印象を受ける動きです。

まいこ:プラダのデザイン、素敵ですもんね。でも、イタリアから屏風絵が来たというのは逆に面白く感じました。プラダが屏風絵に目を向けたこと自体が面白いと思うんです。この展示では、絵が動いている屏風絵がありましたね!

田名網敬一『赤い陰影』(部分) 2021年 展示風景

つあお:『赤い陰影』という作品ですね。そこにもあっと驚きました。8面ある画面のそれぞれが上下に分割されて、合計16の異なるアニメーションが映っていました。もう目が覚めましたよ。

まいこ:赤いタコがとても目立ってました!

つあお:「目立つ」というのは、田名網さんの最高の特徴ですよね。「サイケデリック」の本質もそこにある。

まいこ:真ん中にど派手なお坊さんみたいな人がいて、赤い閃光を放っているような場面なんかは、まさに「サイケデリック」ですね!

つあお:お坊さんなんですかね(笑)? 正体不明。その下には、頭がドクロで体が鳥みたいなキャラクターもいるし。タコはやっぱり葛飾北斎のモチーフの引用かな? 実は田名網さんの絵には、歴史的な絵画のモチーフがたくさん登場している。

まいこ:北斎のタコといえば、春画の中でも有名な『蛸と海女』だと思いますが、そのタコが動き回るとこんな風になるのですね。真っ赤なので、ゆでだこみたい!

つあお:あ、タコが太鼓橋を渡ってる(笑)。これを見たら北斎もびっくりしそうだな。あるいは、「自分がやりたいことを田名網さんがやってくれた」って言うかな? その下の画面には風神雷神がいますよ。この風神雷神のイメージは、もともと俵屋宗達の屏風のものですね。ああ、楽しい。

田名網敬一『赤い陰影』(部分) 2021年 展示風景

まいこ:ほんとだ。ぱっと見ではわからなかったけど、間違いなく風神雷神ですね! 屏風の住人がデジタルモチーフになって田名網さんの屏風に生息している!

つあお:考えてみたら、屏風にアニメーションを写すっていうのは、なかなか素晴らしいアイデアではないですか。画面がじぐざぐだったりするから、もともと面が分かれている。思いっきり有効活用をしているように見えます。

まいこ:一隻に16ものアニメーション画面があって、全部が動いてるから、目が忙しいですね(笑)。

つあお:そうそう、しかも北斎や風神雷神のほかに、ダリやデ・キリコみたいな西洋のシュールな絵も入っていて、それらのモチーフがやっぱり動いている。それぞれが次にどんな場面に移行するのかが予測できないから、目が離せない。それがすごく楽しい。

まいこ:ほんとほんと! 駅とか病院の待合室みたいなところにあったら、自然に会話が弾みそう!

田名網敬一『赤い陰影』(部分) 2021年 展示風景

つあお:これはもう、屏風の新しい使い方ですね。そもそもね、屏風って日本古来の調度品なんですけど、現代の居住空間ではほとんど使われなくなっている。結婚式場の金屏風とかしか見ないですよね。

まいこ:確かに! やはり私の家にも屏風はないのですが、考えてみたら折りたためるし部屋の装飾にもなって便利そう。なのになぜ使われなくなったんでしょう?

つあお:理由はいろいろあるんじゃないかな。まずは戦後、和室が減ってきたこと。折りたためるといっても割と大きいものが多いので、特に現代の都会のコンパクトな住戸だとどうしても邪魔になってしまう。

まいこ:確かに。

つあお:床の間もスペースを結構使うので、狭い家だとないほうがいいという感じで消えて行きましたし。なんとなく古臭い調度品のイメージが持たれたということもあるのでしょう。以前、京都の古美術商に聞いた話では、実は屏風は欧米人のほうがよく買っていくそうなんです。

まいこ:それは意外です! 欧米の広い家で間仕切りとして使うと、アートとしても家具としてもかっこいいのかな?

つあお:外国人のお金持ちは、結構オリエンタルな雰囲気を好んだりもしますからね。

まいこ:そういえば、海外からやってくる美術展の中には、欧米人がコレクションしていた屏風絵とかがあったりしますね。

つあお:逆に、日本であまり使われないのは、やっぱりちょっと寂しいかな。そういう意味では、田名網さんのアニメーション屏風は斬新で画期的。再び日本でも屏風が復権しそうな予感がしました。

まいこ:つあおさんの玄関に置いてみたらいかがですか?

つあお:まず置ける広さの玄関を造るところから始めないと(汗)。

家に屏風を置くって、なかなかハードル高いですよね。。。

プラダと室町屏風のマッチング

つあお:ところで、この展覧会には、すごく普通の屏風が1点出てますね。

まいこ:会場の階でエレベーターが開いたら目の前にありました。これは田名網さんの作品ではなさそうですね。

式部輝忠『梅竹叭鳥図屏風』  室町時代後期 展示風景

つあお:ピンポン。これは式部輝忠(しきぶ・てるただ)という、室町時代の絵師が描いた作品なんですよ。

式部輝忠(しきぶ・てるただ)
生没年不詳
室町後期の画家。伝記はほとんど判明しないが,16世紀中ごろに東国の駿河(静岡県)や相模(神奈川県)で活躍したと推測される。現在までに40点余りの作品が知られ,形態感覚の強調された精緻な水墨画法に特色がある。おそらく若年期に鎌倉建長寺の画僧祥啓の画風を学び,のちに元信を中心とする狩野派の技法を摂取し,独自の画風をうちたてたものと思われる。近年新たな大作も発見され,室町後期の東国画壇で重要な地位を占めた画家として注目されている。代表作は「四季山水図屏風」(サンフランシスコ・アジア美術館蔵),「韃靼人狩猟図屏風」(出光美術館蔵)など。山下裕二「式部輝忠再論」(『国華』1162号)(山下裕二)(出典=朝日日本歴史人物事典

まいこ:へぇ。なんだかすごいですね!

つあお:プラダというブランドの店舗にこれがあること自体、画期的だと思います。

まいこ:つあおさんは、どうしてこれが室町時代のものだとわかったのですか?

つあお:空気感ですかね。式部輝忠は知る人ぞ知る絵師なのですが、いい空気を醸成しているんです。それにしても、まさか本物だとは思わなかったな。すっかりレプリカだと思いこんで対面しました。

まいこ:本物だとすると、美術館とは違ってガラスがない状態で置かれているのは、すごいですね!

つあお:おかげで、質感をほんとに楽しむことができる。眼福です。

まいこ:あえてこの1点を、あの動くサイケデリックな屏風と一緒の空間で展示しているのはなぜなのかしら?

つあお:原色が極端に使われているアニメーション屏風と墨絵のモノクロ屏風。むしろ表現が真逆なところが面白いじゃないですか。

まいこ:確かに、輝忠さんの絵はとても静的で、余白もたっぷり取ってある。何だか急にほっとしますね。

つあお:式部輝忠の作品には、猿がたくさん描かれているものなんかもあったりして、そちらは割と動的なんです。ひょっとしたら、あえてこの展覧会では、静謐(せいひつ)な作品を選んで展示しているのかもしれませんね。

まいこ:真逆の者同士が同居していると、両方のよさがそれぞれ際立ちますね。

つあお:そうそう、対比が目に楽しい。

まいこ:こうして見ると、輝忠さんの屏風は全然古臭くないですね!

式部輝忠『梅竹叭鳥図屏風』 (部分) 室町時代後期 展示風景

つあお:おお、素晴らしい感じ方だなぁ。ひょっとしたら、田名網さんの表現が、屏風と向き合う面白さそのものを現代に蘇らせているのかもしれませんね。

まいこ:私は、がぜんインテリアに取り入れてみたくなりました! 家では、仕事をしている時はパソコンを載せているテーブルの周りをこの屏風で囲う。食事の時間になったら屏風を開いて、空間を広げるんです。

つあお:面白い発想ですね! 室町時代にタイムスリップしてパソコンを打っているまいこさんの姿が目に浮かんできました。

まいこ:たくさんの美しい着物を衣桁(いこう)にかけた場面を絵にした『誰が袖図屏風』のように、屏風を開けたら思いもよらぬほど華麗なシーンが展開してるかも!みたいなドキドキ感とは無縁ですが……。そこはご愛嬌で!

つあお:むしろ、モノクロームが創出する無の境地に入ることができて、仕事がはかどりそうですね。

なるほど~!インテリアとして気軽に使う!屏風が身近に感じられます!

まいこセレクト

田名網敬一『光の旅路』 2023年 展示風景

三連太鼓橋にも見えるし、本にも見える不思議な作品。太鼓橋に見えたのは、屏風を鑑賞してきたので、カーテンの向こう側にあったこの展示スペースが日本庭園のように感じられたからかもしれません。本だとしたら、これは妖怪ですね。通常は見開き2ページなのに、見開き3ページになっているのがちょっと不気味。紙の本だったら、真ん中のページはどうやってめくるのかしら? でもこの作品はプロジェクションマッピングだから大丈夫。めくらなくても、様々なストーリーが各ページで目まぐるしく展開しています。あっ、さっき田名網さんのデジタル屏風に出てきた赤いタコがこちらにもいた! 世界はやはり、つながり、循環しているものだな〜と妙に納得しました。

つあおセレクト

田名網敬一『人間編成の夢』 2020年 展示風景

ドクロ? クモ? 飛行機? 正体不明のオブジェですね。絵画のモチーフは立体化すると、しばしば特別の存在感を放ち始めます。しかし、この奇妙奇天烈ぶりは何なのでしょう。絵画の中で融合したものが飛び出してきたのでしょうか。絵画の「サイケデリック」とは違って、ある意味モノクロームの表現なのですが、だからこそ強い存在感を放っている。こちらに突き進んできそうな気さえします。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『風神雷神オクトパス』

葛飾北斎はタコを女性におそらく幸福をもたらす相手として春画で描きましたが、西洋ではタコは魔物として扱われることがあります。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』では、海賊船の船長はタコのような顔でしたね。日欧の捉え方の違いにはなかなか興味深いものがあります。さて、Gyoemonとしては、タコを神様として描かせていただこうと思います。それも風神様と雷神様として。神様だけど、なかなか大暴れしそうですね。

展覧会基本情報

展覧会名:「Paraventi: Keiichi Tanaami – パラヴェンティ:田名網 敬一」
会場名:プラダ 青山店​​
会期:2023年11月3日~2024年1月29日​​
公式ウェブサイト:https://www.prada.com/jp/ja/pradasphere/special-projects/2023/paraventi-prada-aoyama.html

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

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幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。