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2024.04.15

「信じるのはいかがなものか」藤原実資も言及した「夢」と平安時代の人々

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「夢」という言葉を聞いて、思い浮かぶものはなんですか? 夢中、夢うつつ、夢幻、予知夢、悪夢……。「夢」という一つの言葉からは、真逆の意味であったり、怪しげな雰囲気を感じたり、英語の「dream」にはない淡いロマンチックさが漂ったり、多様なイメージが浮かびあがってきます。

現代でも多くの人が興味を掻き立てられる「夢占い」もその一つ。なぜ、そんな夢を見たのか、何かを予言しているのか、はたまた深層心理を表しているのか、など、夢に奥深い意味を見いだそうとします。こういったことは、平安時代にも「夢合わせ」と呼ばれ、自分の見た夢の解釈をしてもらう占い師のような存在がいました。

平安文学では「夢」が一大テーマとなっていた

そんなことを思い起こさせてくれる展覧会が、国立公文書館で開催されている春の特別展『夢みる光源氏 ―公文書館で平安文学ナナメ読み!―』です。現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』の主人公である紫式部の書いた『源氏物語』をはじめ、和歌や日記などの平安文学に占める夢の大きさを改めて知ることができます。

紫式部日記画巻(216-0002(144))国立公文書館より

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『源氏物語』は夢と現実の狭間を描いた?

今回の展示を企画した星瑞穂さんは、平安文学の中でも、特に『源氏物語』は「夢」がストーリーの重要な伏線となって、物語全体に影響を及ぼしていると言います。『源氏物語』の中で、「夢」といわれて、真っ先に思い浮かぶのは、『四帖 夕顔』に出てくる愛しい人の夢枕に立つ物の怪の話ではないでしょうか。

光源氏はある日、夕顔の咲く宿で、美しい女性を見初めます。その女性はライバルの頭中将(とうのちゅうじょう)の側室であったことから、さらに興味を持った光源氏は、身分を隠したまま逢瀬を重ねます。この時、光源氏は年上の美しい高貴な女性、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)とも付き合っていました。しかし、プライドも高く、嫉妬深い彼女がだんだん疎ましくなってしまっていたのです。ある晩、荒れ果てた廃院へと夕顔を連れ出します。おびえる夕顔をかわいらしく思い、六条御息所と比べてしまいます。

その夜、光源氏の夢に、嫉妬に狂う美しい女性が現れます。その女性が夕顔に憑りつこうと、うめいているところで、目が覚めた光源氏が、太刀を抜き、追い払うと、すぐさま女性は消えてしまいます。しかし夕顔はすでに息絶えてしまっていたのでした。

源氏物語(202-0353(2)) 国立公文書館より

彼女の生霊が夕顔に憑りついた、まさに悪夢が現実となってしまった例といえるでしょう。今でも悪夢を見ると、不吉なことが起こるのではないかと不安になるのは、このような物語の影響も大きいのではないでしょうか。また、『源氏物語』には、もう一つ、ちょっと恐ろしい、不思議な夢が登場します。

光源氏が長らく恋い慕った女性といえば、父・桐壺帝の女御(にょうご)である藤壺でした。桐壺帝より遥かに若く美しい女性であったため、義母であるにもかかわらず、光源氏は恋心を抱いてしまいます。そして、光源氏はついに禁断の恋へと突き進んでいくのです。それぞれが父、夫を裏切る行為を犯してしまった二人は、罪の重さから苦悩の闇に陥ります。そんな時、光源氏が奇妙な夢を見ます。「夢合わせ」で見てもらうと、「をよびなうおぼしかねすぢ(全くありえない思いがけないこと)」とのお言葉がありました。そのすぐ後に、藤壺の懐妊の知らせが届いたのです。

これが、光源氏のその後の波乱万丈の人生のスタートとなるわけです。この『五帖 若紫』に出てくる不吉な夢は、まさに予知夢、予言であったのではとの説があります。

『源氏物語』には、この他にも、亡くなった人々の霊が、夢となって現れるストーリーがいくつも登場します。夢と現実の狭間を揺れ動きながら、物語が進んでいく『源氏物語』。紫式部が「夢」に託したものは、何だったのでしょうか。もしかすると人間の愚かで、醜く、しかし決してなくならない「業」を「夢」という形で表現したのかもしれません。現代のドラマにおいても「夢」はストーリーの核となることが多いのですが、その原点はまさに『源氏物語』だったのではないでしょうか。

紫式部日記画巻(216-0002(144)) 国立公文書館より

日本人の美学の原点でもある和歌に詠まれた「夢」

『源氏物語』は、1000年以上前に作られた長編小説でありながら、今も多くの人の心を捉え、高い評価を得ています。しかしそれは単に恋愛物語というストーリーだけに魅せられたものではないように思います。四季折々の自然が織りなす、絵巻のような美しい表現。季節や風景が感じられる美しい日本語に、多くの人々が惹き込まれていったのではないでしょうか。星さんは、「『源氏物語』の表現の美しさは、古今和歌集から多大な影響を受けていると思います。「春」や「秋」といった季節の移ろいや、恋の切なさなど、和歌で表現された風情や情緒がこの物語の魅力の土台になっているのです」と語ってくれます。『源氏物語』をはじめ、『伊勢物語』や『大和物語』『住吉物語』などにも和歌が引用されているように、日本人の美意識や美的感覚は和歌によってもたらされているといっても過言ではありません。

古今和歌集にも数多くの歌が選定された六歌仙の一人、小野小町。彼女の和歌にも「夢」はたくさん詠まれています。

古今和歌集一首撰(201-0426) 国立公文書館より

思ひつつぬればや人の見えつらんゆめとしりせば覚(さ)めさらましを

【訳】
あの人のことを何度も想いながら眠ったから、あの人が夢に現れたのでしょうか。夢だとわかっていたなら、目覚めなかったのに。

まるで小説のワンシーンのように甘く、ロマンチックな響きとともに恋心を描いています。

いとせめて恋しき時はむは玉のよるの衣(ころも)を返してそきる

【訳】
あの人のことが恋しくて仕方ないときは、夜の衣を裏返して着るのです。夢の中で、せめて遭えると思って。

当時は、夜着(よぎ)を裏返して着て眠ると、恋しい人に「夢」で会えると考えられていました。和歌からは、恋心だけでなく、そういった風習も読み解くことができます。
「和歌の世界では、夢と知りながら、その世界観を楽しんでいるのではと思うほどです」と星さん。

反対に、男性は和歌にどんな「夢」を詠んでいたのでしょう。後撰和歌集の壬生忠岑(みぶのただみね)の和歌を見てみましょう。

夢よりもはかなき物は夏の夜の暁(あかつき)かたのわかれなりけり

【訳】
夢よりもはかないものは、夏の夜の明け方の二人の別れであることよ。

恋人との逢瀬が夏の夜よりも短いと、別れ際の気持ちを詠んだこの歌は、男性が恋人の女性の家に通う「通い婚(かよいこん)」が当時の習慣であったこともあり、男性が別れを惜しむ気持を切々と歌っています。現代では、ここまでロマンチックに男性が心情を綴ることはないかもしれません。それは通い婚という風習があったからこそ、生まれた文化ではないでしょうか。

平安貴族は、どこまで夢を信じていたか

「夢」は平安文学において、重要なテーマではありましたが、実際の平安貴族たちは、そこまで夢を信じていなかったのでは? と思われる日記もあります。

 『源氏物語』の成立から半世紀後に誕生したといわれる更科日記には、こんな一説があるのです。

夢にいと きよけなるそうの、きなる地のけさきたるか来て 法華経五巻(ほけきょうごのまき)をとくならへといふと見れど、人にもかたらす、ならはむとも思かけす

「これは、『源氏物語』に憧れていた菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が書いた日記に、『夢』のお告げで、法華経を勉強するようにいわれたけれど、『だれにも話さず、習おうとも思いません』と書かれているんです。自分の都合の悪い『夢』は、関係ない、無視しますと、都合よく扱っていたことがわかります」と星さん。

また、紫式部のライバル清少納言も『枕草子』で、

『うれしきもの』

おそろしとむねつふるるに、ことにもあらすあはせなとしたる、いとうれし

【訳】これはどういう意味なんだろうという夢を見て、胸がつぶれそうなとき、なんともないと夢合わせしてくれると、とてもうれしいと。

インテリで皮肉家の清少納言も夢に翻弄されていたとは。夢は吉凶を表すと考えられていましたが、だからこそ、夢合わせで「そんなの関係ない」と言ってもらえると、やはりそちらを信じたかったのでしょう。そのあたりは現代人と変わらず、ご都合主義だったといえるのかもしれません。

漢文で書かれた男性の日記にも『夢』が登場

今回の大河ドラマ『光る君へ』で、冷静沈着、ブレない姿が人気となっている藤原実資(ふじわらのさねすけ)の日記にも「夢」について書かれたものが残っているのだとか。

夢通虚実

「道長が亡くなるという夢を見たという人が現れて、道長が死ぬんじゃないかということが京で噂になった時、実資が、虚実通うものだから、それを信じるのはいかがなものかと書いているんですね。実資にとって、道長は年下の上司ですが、実務に忠実に彼を支えていた人物だということが、彼の日記からも読み解けます」と星さん。

『光る君へ』では、ロバート秋山が演じて話題となっている実資は、日記魔として描かれています。男性の日記は、漢文で書かれた堅苦しい記録だと言われていますが、そこにも人間性が垣間見えるのが興味深いです。

平安時代の人々は意外やリアリスト?

「今回の展示では、『夢みる 光源氏』としていますが、展示を見ていくと、平安時代の人々がリアリストであったり、シビアだったり、そういった姿も見えてくると思います。平安貴族が優雅であでやかだったというのは、後世の人々の幻想や憧れからの想像だったのでは? というのが隠しテーマにもなっています」と星さん。

難しいと思っていた平安文学ですが、「夢」という切り口で見ていくと、現代と通じるものがあり、平安の人々の思いにも近づける気がしました。「夢」とは不可思議なものであり、生活と密接でありながら、未だ解明できないものです。だからこそ、人々はそこに惹かれ、意味を見いだそうとするのでしょう。平安貴族たちも現代の私たちも「夢」に翻弄されながら、悲しみや喜び、悩みを「夢」に託してきました。「夢」とは永遠に解くことのできない謎のようなものかもしれません。

紫式部日記画巻(216-0002(144)) 国立公文書館より

「夢みる光源氏-公文書館で平安文学ナナメ読み!-」

この展覧会では、「夢」をテーマに、『源氏物語』やその注釈書である『源氏釈(げんじしゃく)』を中心とした平安文学に関する資料が展示されています。また、物語と現実を比較できるよう、政変、疫病、災害、事件などを源氏物語の同時期に綴られた日記なども紹介されています。光源氏の時代を物語や和歌、文書など、まさに多方面から、ナナメ読みを楽しめる展示となっています。
開催期間:令和6年3月16日(土)~5月12日(日)
開催場所:国立公文書館 東京本館1階展示ホール(東京都千代田区北の丸公園3-2)
開催時間:午前9時15分~午後5時00分
※4月26日(金)・5月10日(金)は、午後8時まで開館
料金:無料

国立公文書館公式ホームページ

アイキャッチ画像 1.紫式部日記画巻(216-0002-(144))国立公文書館より