落語は究極の「ワンマンショー」である。
複数のキャラクターが登場する物語を、すべてひとりでやらなければならない。その上、落語に使う小道具と言えば扇子と手拭いくらいだ。それだけで落語家は、あらゆる「モノ」を生み出してしまう。
落語は日本人が生み出した「発明品」である。江戸時代という、稀に見る外交安定期を土壌に培われた日本の伝統芸能は、21世紀の今でも人々を楽しませ続けている。
そんな落語に魅せられ、自分自身が落語家になってしまった外国人もいるほどだ。
師匠は桂文枝
スロベニア系カナダ人のグレゴリー・ロビックは、故郷トロントの劇場でミュージカルのロングラン公演を達成した劇作家として、母国では既に知られていた。
ある日グレゴリーは、自身が大学で専攻していたギリシャ演劇と日本の能を比較した論文に目を通した。それがきっかけで、彼は来日することになる。
極東の島国での生活を送る中、偶然にもグレゴリーは落語を直接聞く機会に巡り合った。この「出会い」はグレゴリーの人生を大きく変えてしまう。
自分は日本で落語家になるのだ。
だが、落語家になるということは誰かに弟子入りしなければならないということである。グレゴリーが向かったのは、何と大阪の桂三枝、現在の六代桂文枝の一門である。
和服を着たグレゴリーは、文枝に弟子入り嘆願の土下座をした。そこは野外で、しかも雨が降っていたという。
「文枝師匠の下での修行は、非常に厳しいです。敬語も尊敬語と謙譲語を正確に言わないと、“お前は喋るな”と告げられます。喋る仕事の修行をしているのに“喋るな”と言われるんですよ」
敬語の正しい使い分けは、日本人ですら難しい。それをカナダ人のグレゴリーは、文枝からもらった辞書を読んだり兄弟子に教わったりで少しずつ覚えていく。
「師匠が私に厳しくするということは、外国人を差別しないということでもあります。だから嬉しかったです」
世界各国で公演
グレゴリーは大阪での修行をやり通し、落語家として独立する。
彼の落語家としての名は『桂三輝(かつら・さんしゃいん)』である。
三輝は英語、フランス語、スロベニア語を話すマルチリンガルだ。英語とフランス語の話者を合わせただけで、その数は11億人を優に超える。つまり三輝は、世界中の会場で落語を演じることができるのだ。
既にワールドツアーに出た実績もある。その上で三輝は、ニューヨーク・ブロードウェイでの落語のロングラン公演を目指している。ブロードウェイにはオープンエンディッドというシステムがある。これは対象の演目に対して、千秋楽を設定しないというものだ。
千秋楽がない、即ち永続的なロングラン公演ができるということである。しかし当然ながら、それは絶大な人気を獲得した演目に限られる。
三輝の当面の目標は、6ヶ月のロングランである。そのために必要な資金は、既にクラウドファンディングMakuakeでのキャンペーンや落語を演じるイベントなどを通じて集めている最中だ。