急激に肌寒さを感じるようになってきた今日この頃。
ファッションを愛する多くの人が、いそいそと秋冬服を着込み始めたのではないでしょうか。
一方で、着込む枚数が増えたことに若干のおっくうさを覚えている、私のような人も少なくはないはず……!
特に、毎年のように流行が入れ替わる「色」には、頭を悩まされます。
「今期の流行りはあの色か」「じゃあ手持ちのあの色の上着と組み合わせて……」
Tシャツ一枚着ていれば良かった夏とは異なり、重ね着必須のこの季節。毎朝クローゼットの前で右往左往してしまいますよね。
そんなある日……ワタクシ、見つけてしまいました。
決して古びない(むしろ逆に新しい?)色合わせの方法を。
時は平安時代。現代の二、三枚を重ねるだけの重ね着なんてちゃんちゃらおかしいわ、と鼻で笑われてしまいそうな、十二枚重ねを日常着とする貴族たちの、色合わせのテクニック。
先日の、天皇皇后即位の礼でも話題になっていた……それが「かさねの色目」です!
季節に密接にかかわる平安の「色」
遠い昔、古代の人々にとっての色と言えば、「明」「暗」を表す白と黒が中心でした。
そこから視神経の進化とともに、あらゆる明度、彩度、色みを感知できるようになった日本人は、平安時代にはおよそ500種類もの色(淡い、濃い、深いなどの違いを入れるとさらに増える!)を使い分けるようになっていきます。
もちろん、身分階級によって使用できる色には制限がありましたが、同じくらい大切だったのが、色を「どの季節に身に着けるか」です。
平安時代には、日本独自の「国風文化」が最盛期を迎えていました。文学や音楽、絵画などの芸術はもちろん、貴族たちの日常生活にも、風流であること、雅やかであることが求められていたのです。なかでもファッションは、自分のセンスを表現する絶好の場!
しかし、常に好きな色を身にまとっていればいい、というわけではありません。
『枕草子』の「すさまじきもの(興ざめなもの)」というテーマの中で、清少納言はこんなものを挙げています。
三四月の紅梅の衣。
新緑が美しい三月、四月(現在の五月、六月)に、紅梅色(紫がかった鮮やかなピンク色)を着るのはセンスがない、というのです。
手厳しい意見にひやりとしてしまいますが、これは決して彼女の毒舌が過ぎているというわけではなかったよう。当時の宮廷では、季節外れの色を身に着けたり、同じ色でも季節に合わない重ね方をしている人は、色に対する教養や、季節への理解がないとして、冷ややかな目で見られていたようです。
つまり、平安貴族にとって衣装とは、色を通じて自らの季節への感度の高さを自慢し合うためのもの。熾烈な戦いの舞台だった……というわけです。
「かさねの色目」とは、そんな貴族たちが競うように生み出した、色の組み合わせのことをいいます。
「かさね」には、
1.色を上に重ねていく「重ね着」という合わせ方
2.袷(布を二枚縫い合わせた裏地のある着物)の表と裏という合わせ方
という二種類の配色法があり、それぞれの組み合わせには四季のものを表す名前がつけられました。
春には春のかさねを、夏には夏のかさねを……と、季節に合った衣装を選ぶのはさぞ大変なことだったでしょう。
秋を表すかさねの色目をご紹介!
幸いにも私たちは、服装の華やかさを競う相手もいなければ、オリジナリティあふれる配色を新たに考える必要もありません。
でもせっかくですから、今に残る平安時代のファッショニスタたちの智恵を、ほんの少し拝借させていただきましょう!
下の図は、現代に伝わる秋を表現するかさねの色目の一例です。
ぜひ、お気に入りの組み合わせを見つけてみてください。
(※色の組み合わせには諸説あります。今回は複数の資料を参考に15のかさねの色目を選びました)
たとえば、「紅葉(もみじ)」と「青紅葉(あおもみじ)」。
濃い赤の上に、それより少し薄い赤を重ねた「紅葉」は、ひとくちに「赤」といっても、それらの葉には一枚一枚異なる個性があるということを意識させてくれます。茶に近い暗い色だったり、炎のように鮮やかな色だったり……。一枚たりとも同じ赤はないのです。
一方「青紅葉」は、すでに紅葉した葉と、まだ紅葉を迎えていない緑の葉が入り混じった様子を表現しています。秋が深まる一歩手前、肌寒い風が吹いて顔を上げると、そこにはわずかに色づいたもみじの木が……そんな光景を思い浮かべます。
同じもみじでここまで異なる配色と景色を生み出せるなんて、平安貴族たちの観察力の鋭さと、季節を愛でる心がうかがえるのではないでしょうか。
また、「竜胆(りんどう)」や「桔梗(ききょう)」を見てみてください。
竜胆は、表が「淡蘇芳(うすすおう)」で裏が「青(一般的に現在の緑を指す)」。桔梗は表が「二藍(ふたあい)」で裏が「青」。
同じ紫系統の花ですが、竜胆は赤みのある赤紫である蘇芳で花を表し、桔梗は彩度のにぶい青紫である二藍で花を表しています。
こうした微妙な色の違いですら、当時の貴族たちは決して見逃すことはありませんでした。
実践! 平安の重ね着コーデ
とはいえ、いきなり流行りでない色を身に着けるのは勇気がいりますよね。もちろん、私もです。
そこで今回は、大人の服よりずっと安価な息子(現在10カ月!)の服=ベビー服を使って、秋に身に着けるコーディネートを考えてみることにしました!
お子さんがいる方もそうでない方も、ぜひ以下の色合わせを参考にしてみてください。
(※完全に同じ色の服を現代の服から探し出すのは難しいので、似た色味の服を使用しています)
「紅葉」コーデ
中に濃い赤のシャツ、上にそれより色の薄い赤のジャンパーを着て、さまざまなもみじの「赤」を表現しています。重ねとは関係ありませんが、パンツにも秋の枯野を表す色、「淡朽葉(うすくちば)」を使って、落ち葉合わせをしてみました。
「竜胆」コーデ
青(緑)色(濃青に近い色ですが)のカットソーに、蘇芳系の色味のサロペットを重ねた竜胆コーデ。男の子でも違和感なく身に着けられる「花コーデ」になっています。
「朽葉」コーデ
赤いジャンパー(濃紅を表現)の中に黄色いトレーナーを着込んだ朽葉コーデ。紅葉した落ち葉を表した黄と赤が鮮やかです。パンツもやっぱり、同じ落ち葉を意味する「朽葉」がしっくりきますね。
「蘇芳菊」コーデ
花が赤茶がかって朽ちていく様子も「雅」としたことから、平安らしい価値観が垣間見える「蘇芳菊」。サロペットの上にパーカーを。色の組み合わせを邪魔しないよう、中にも白を着てみました。
季節の話をするきっかけとして
こうして実際に並べてみると、平安という遠い過去に使われていた配色が、なんだか最新モードのように見えてくるから不思議です。ちょっと斬新な組み合わせもありますが、街中で着ていてもまったくおかしくない配色もあるのではないでしょうか。
もしも見本のようにお子さんに着せるならば、「今日のお洋服は紅葉の色とおんなじなんだよ。公園に紅葉を見に行ってみようか?」なんて、季節の話をするとっかかりになりますし、「今日は朽葉コーデで紅葉狩りに出かけよう!」なんて大人の遠足をするのも素敵ですよね。
みなさんもぜひ、かさねの色目を使って、流行に惑わされない、雅やかなコーディネートを考えてみてください!
【参考文献】
『美しい日本の伝統色』(森村宗冬著/山川出版社)
『定本 和の色事典』(内田広由紀著/視覚デザイン研究所)
きもの用語大全