Culture
2019.11.14

婚活にアンチエイジング?いくつになっても子どもが欲しい、昔話の老人たち

この記事を書いた人

昔話で一番よく登場するのは誰だろう。
お殿様?子ども?動物?答えは、老人だ。

『舌切り雀』や『かちかち山』では老夫婦が主役(級)で登場するし、『桃太郎』や『かぐや姫』は年老いた夫婦のところに子どもがやってくる。『浦島太郎』は若者が主人公だが、最後はやはり白髪のお爺さんになってしまう。なぜ老人たちはこんなにも昔話で活躍するのだろうか。

生活苦のせいで子どもが作れない昔話の老人たち

超がつく日本の高齢化社会。老人は現代社会の主役といえるほどだが、これは現代社会特有の光景ではない。「昔」の老人たちもまた生涯を独身で過ごす者が多かったようだ。

古代から中世では、家族を作ることのできる階級は限られていた。「下人」と呼ばれる使用人たちの多くは一生独身か片親家庭だったし、幕末でも江戸の男性の半数、京の男性の6割近くが独身だった。
江戸時代の平均寿命は30歳ころ。結婚して子どもを作るより前に流行病などでこの世を去る人も少なくなかった。
そうなると『浦島太郎』が独身男の話なのも頷ける。
漁師を生業にしている浦島は40歳になっても独り身だ。一緒に暮らす母親はとうに80歳近い。
玉手箱なんて珍しいものを貰って喜んだのもつかの間、結婚もせずに老人になってしまうのはどこか現実を反映しているようで悲しい。『一寸法師』や『わらしべ長者』が美しい娘を嫁にして幕を閉じるのも、結婚して家庭をもつことに憧れた当時の庶民の想いを描いているのかもしれない。

アンチエイジングする昔話の老人たち

『若返りの水』という説話が全国にある。
お爺さんが山で良い香りのする清水を見つける。水を飲んで若返ったお爺さんはそのことをお婆さんに伝える。お婆さんも水を飲むが、欲張りすぎて赤ん坊にまで若返ってしまった。お爺さんはその子どもを育てることになった、というお話。爺と婆が逆になっているものもある。

『養老の滝』では病気で寝たきりの老父のために息子が滝の水を持って帰る。
『桃太郎』には川を流れてきた桃を食べた爺と婆が若返り、夫婦の営みを経て桃太郎が生まれたというバリエーションがある。老夫婦は桃でアンチエイジングをしてみせたのだ。

桃太郎の誕生に喜ぶ老夫婦  [お伽噺]桃太郎鬼ヶ島でん 出版者 宮田伊助

古今東西、昔も今も「若く美しくありたい」との願いはかわらない。なにか違うとすれば、昔話の老人たちが若返りの水を求めたのは「結婚して子どもに恵まれたい」や「元気に長く働きたい」などの理由が背景にあったからだろう。

お伽草紙にもあった婚活話(?)

貧しくて身分も低い、それでも時間は過ぎてゆく。
若返りの水を飲んでみたり、桃を食べたり…昔話の老人たちはアンチエイジングに余念がない。しかし、若返りのラッキーを享受できなかった老人たちもいた。

結婚するためには何をするべきか。そう、婚活だ。
お伽草紙の『おようの尼』も婚活物語(?)の一つだろう。

あるところに老法師が暮らしている。
そこに小物や古衣などを売り歩く「御用の尼」と呼ばれる老尼が御用を訪ねてやってくる。老尼は老法師に伴侶となる若い女を連れてこようと話をもちかける。やがて現れた女と老尼は上機嫌で一夜をともにする。しかし翌朝女を見ると女は「御用の尼」その人だった、という失敗談(?)だ。

これは甘い話には裏がありますよ、とか、若い娘にのぼせていると痛い目をみますよという教訓ではなく(それもあるかもしれないが)、『おようの尼』が書かれた室町末期から江戸初期にかけては男だけでなく、女もまた婚活の必要性に駆られていたことを示している。

昔話は当時の人々の暮らしから生まれたものだ。だから昔話はフィクションでもあり、ノンフィクションでもある。高齢でも行商をしなければ生活が苦しい御用の尼の姿は当時の貧しさの象徴でもある。
そしてやっぱり、今も昔も、いくつになっても男性が若い娘が好きだということも変わらないようだ。

昔話の語り手たち

昔話を読みながら読者が目にするのは、物語の登場人物である老人たちの貧しい暮らしや社会や家族の中での老人たちの孤独(『うばすて山』)、子どもを欲する気持ちだろう(『一寸法師』の老夫婦は、親指くらい小さくても構わないから子どもを授けてくださいと願う)。
そして昔話に登場する老夫婦の多くは、物を考えることのできる知恵者だった。彼らは善良な行動をとるし、ようやく授かった子どもを見事ヒーローに育て上げてみせる。桃太郎や一寸法師が素晴らしい人材なのは、その特異な出生だけが理由だとは思えない。

さて、そんな昔話の老夫婦たち。二人はいったいどのように出会ったのだろう。
お爺さんとお婆さんの恋愛ドラマが描かれる、そんな昔話も読んでみたいものだ。

参考文献:「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」(大塚ひかり著、草思社)

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書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。