沖縄は歌の島、そして祭りの島といわれてきた。
伝統に根差した文化の多くは今も各地域で受け継がれていて、そんな、先祖や神さまへの祈りの日の基本となるのが「旧暦」だ。
2020年の現在においても、旧暦を併記するダイアリーが大事にされるのも沖縄ならでは。沖縄には伝統的行事が強固に、多様に息づき、私たちが普通に親しんでいる三線音楽や琉舞の豊かなバリエーションも、この旧暦文化によって育まれてきた側面がある。
旧暦って何だろう?
沖縄の旧暦は、月(太陰)の満ち欠けをもとにして1年の月の長さを調整し、さらに季節の変化を知らせる「二十四節気」(にじゅうしせっき)と組み合わせて出来上がっている。現在の私たちが一般的に使っているのは明治6(1873)年に導入された「太陽暦(グレゴリオ暦)」だが、種まきや収穫の時期など「この年のこの時」を計るには、旧暦(「太陰太陽暦」)が欠かせないとされている。
沖縄だけでなく、古来、人は月や星、太陽や風を「診て」「読んで」、生きるための指針としてきた。天候の予測だけでなく、出産、田植え、船出ほか人間の営みを支えたのが、コヨミからの知恵だったのだ。
清明:春の到来を告げるピクニックのような先祖供養
2020年、令和2年の沖縄の「旧正月」は、新暦の1月25日だった。この日は中国のお正月「春節」でもある。膨大な数の中国人が休暇を取り、故郷へ戻る。つまり、旧暦での祝い事は、中国大陸と沖縄の歴史的な関係が今も、密接であることを示している。
中国との関係を示す、もう一つの年中行事が大陸由来の「清明」(シーミー)だ。清明祭は旧暦の3月初め頃、親族がお墓に集まり先祖を供養するイベント。ただ、日本本土の一般的な墓参りとは異なり、沖縄独特の大きな墓(亀甲墓:かめこうばか)に設えられた広々とした墓庭にみんなが集う。お酒がふるまわれご馳走を楽しむその姿は、まるでピクニックのような和やかさ。2020年の「シーミーの入り」は、新暦の4月4日。この時期の土日は、墓参りのための大移動による交通渋滞も珍しくないので、観光をする場合も余裕をもって出掛けたい。
春の訪れを実感する清明祭は、旧正月、旧盆とならぶ、先祖供養を軸とした沖縄三大イベントの一つだ。この季節は、「うりずん」(潤いぞめ)という美しい古語でたとえらることもしばしば。
ユッカヌヒー:梅雨が明けた! ご先祖も参加する?海のフェスティバル
旧暦の5月4日(ユッカヌヒー)は子どもの成長を願う祝いの日。ちょうど梅雨が明け、夏の到来を告げるこのときに、各地・各島の港町では、爬竜船(はりゅうせん)で競い合う海神祭、ハーリー(またはハーレー)が行われる。豊漁や航海の安全を祈願するこの海のフェスティバルは、糸満市の「糸満ハーレー」が有名だ。
転覆ハーリー、御願(ウガン)ハーリー、グソーハーリーなどいくつもの種目があって、岸辺にはたくさんの応援団、観衆が詰めかける。ちなみに「グソーハーリー」は、亡くなった方々が後生(グソー)から戻りレースに参加するという、沖縄ならではの趣向だ。若夏の時節を代表する祭り。2020年は新暦6月24日に。
旧盆:待ちかねたエイサーの響き、沖縄ならではの三が日
ご先祖の霊をお迎えし、祝い、あの世へ再びお送りする、それが沖縄のお盆だ。旧盆は旧暦7月13日から15日までの三が日。今や全国に広まり、日程を問わず行われている勇壮なストリート・パレード「エイサー」も、本来は「七月エイサー」と呼ばれるように、沖縄本島中部を中心としてお盆の最終日に行われるものだった。
旧盆の夜、各地域の青年団の若者たちが列をなし、マチ(路上)に繰り出す。これが「道ジュネ―」。猛烈な暑さの中、地元に生きる若者の誇りを、歌と三線、掛け声、そして各種の太鼓で力の限り表現する。エイサーは地域によって、組織構成や選曲などに大きな違いがある。いわゆる近代的なエイサーを広めたのが沖縄市園田(そんだ)青年会。一方、エイサーが念仏踊りを起源とするといわれるように、より伝統的なスタイルを伝えるのがうるま市のエイサーで、平敷屋(へしきや)青年会が名高い。2020年のご先祖「お迎えの日=ウンケー」は新暦の8月31日、「お送りの日=ウークイ」は9月2日だ。
ちなみに旧盆は、宮古諸島では「ストゥガツ」という。八重山諸島では「ソーロン」といい、本島のエイサーとは異なる「ソーロンアンガマ」などの芸能を体験することができる。
種子取り祭:南国で四季を感じる…それは旧暦の伝統があってこそ
「9月9日は菊酒だね 10月は種子取り祭とカマド(台所・火の神)にご用心 霜月になれば冬至の雑炊 師走になれば鬼ムーチー 力がつくお餅を大きく作って 子どもたちに持たせよう」(りんけんバンド「年中口説」・抄訳)
沖縄ポップの祖、照屋林助さんの作品「年中行事口説(ねんじゅうぎょうじくどぅち)」は、沖縄戦によって灰じんに帰した沖縄の復興を告げる名曲だった。その林助さんの息子、照屋林賢さんが新時代に作り直したのが、上記の「年中口説(ねんじゅうくどぅち)」。現代だからこそ、旧来の伝統は崩せないという強い意志は、旧暦でつづられるテーマにはっきりと示されており、こういう新しいパフォーマーの意識が、現在の沖縄音楽隆盛を支えている。
歌に出てくる「菊酒」とは旧暦9月9日、重陽の節句の行事。旧暦ではこの時期に菊の花が咲く。邪気払いのため、盃に注いだお酒に菊の葉を浮かべて家内安全を祈る。「種子取り」(タントゥイ)は旧暦の9月から10月にかけて行われる種まきを祝う行事。旧暦10月1日のカマドの祭りは「カママーイ」として火の用心を呼びかけ家の掃除を行う。
旧暦11月の半ば、つまり新暦では12月も押し迫った頃、冬至の日に「ジューシー(沖縄風雑炊)」を作って仏壇に供える。旧暦12月8日の「ムーチー(鬼餅)」も広く知られる祝い事で、月桃の葉にくるみ蒸しあげられた香り強いお餅を仏壇や火の神に捧げ家族の平穏を祈る。
大空襲を超えて…新暦でこその大フェス「那覇大綱挽」
……と、沖縄には今も廃れることのない旧暦ベースの伝統的行事は多い。が、最後に、新暦の特別な行事もひとつ紹介しよう。それが那覇市で大々的に行われる綱引き(※地域によって表記が異なる)。かつては「那覇まつり」、今は「那覇大綱挽まつり」と名称が変わった世界的規模を誇る綱引きの大フェスティバルだ。「糸満大綱引」「与那原大綱曳」と並ぶ沖縄の三大綱引きの一つでもある。
元来、沖縄では旧暦6月から8月にかけて世の安寧と五穀豊穣を願って各地で綱引きが行われてきた。那覇の「大綱挽」は、1944年10月10日、那覇市ほか広範な地域を焼き尽くした米軍機による空襲被害を受けたのち、1971年に市制50周年記念事業として復活した。挽き手が1万5千人、参加者27万人との記録もあり、米藁で製作された綱は世界一の規模といい、1997年にギネス記録にもなった。新しい沖縄の伝統だ。メインとなる「旗頭行列」(ウフンナスネーイ)と「那覇大綱挽」は、2020年は10月11日に行われる。
沖縄は、暦を気にかけながら旅すれば、また楽しい。青い海や空の美しさと同時に、さやけく月の明かりがいっそう心地よく感じられるはずだ。