自分の姿を肖像画にしてもらったら、嬉しいはず。ショッピングセンターなどで似顔絵イラストを描いてもらうと、とても楽しくなりますよね。
それなのに、描かれた肖像画を見て怒ってしまった女性がいました。どうしてだったのでしょう?
人気ナンバーワンの花魁だった小稲
女性の名前は、4代目小稲(こいな)。幕末、江戸の遊郭・吉原の稲本楼(いなもとろう)にいた、当時最も高名な花魁(おいらん)です。
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彼女の生涯については不明な部分が多いのですが、幕末の慶応年間から明治初期まで活躍したとされます。
恋人は、旧幕府の遊撃隊(ゆうげきたい)を率いて奮戦し、敵方である薩摩藩の名将・野津七左衛門(のづしちざえもん・のちの鎮雄)に「幕軍さすがに伊庭八郎(いばはちろう)あり」と讃えられた剣豪・伊庭八郎。箱根山崎の戦いで左手首に深手を負い、後に肘から先を切断することになった八郎が、怪我をおして外国船で箱館に渡る際、50両(現在の価値にして数百万円ほど。一説に、その6倍の300両とも)という高額な費用を工面したのも彼女だったと伝えられています。
ちなみに、伊庭八郎も色白の美男子で、幕府直属で将軍に拝謁する資格も持つ「旗本」という高い身分も相まって、女性からモテモテだったそう。
美人を描いたつもりが……
さて、そんな小稲、明治に入ってから描かれた自身の油絵を見るなり、泣いて怒ったとか。そんな酷い描かれ方をしたのでしょうか?
高橋由一(たかはしゆいち)作『花魁』(重要文化財・東京芸術大学所蔵)が、その問題の絵。
東京藝術大学大学美術館の公式サイトに掲載されていて、無料で誰でも見ることができます。
東京藝術大学大学美術館 収蔵品データベース
由一は、明治初期、日本近代洋画の発展に大きく貢献した洋画家です。片方の身の一部を削がれて天井からつるされた塩鮭を描いた『鮭』は、「近代美術の代表的遺産」と評される傑作で、『花魁』と同様、国の重要文化財に指定されている名作中の名作。
『花魁』は、現代の感覚なら、ああ、美人を描こうとしたのだろうな、と察することができます。しかし、当時は油絵をはじめとした洋画がほとんど知られておらず、その美的感覚も従来の浮世絵などとはまったく異なるものでした。
小稲が泣いて怒ったほどの油絵、しかし作者の由一も、その反応に異議を唱えたかもしれませんね。