東京・広尾にある山種美術館では、2022年2月5日(土)から4月17日(日)まで、『【開館55周年記念特別展】上村松園・松篁―美人画と花鳥画の世界―』を開催中です。
美人画の名手として知られる日本画家・上村松園(うえむらしょうえん 1875-1949)と、その長男で生誕120年を迎える上村松篁(うえむらしょうこう 1902-2001)に焦点を当てた特別展です。
上村松園は、江戸や明治の風俗や古典に取材し、気高く品のある女性像を生涯描き続け、1948年には女性として初めて文化勲章を受章しました。
また松園の長男・上村松篁は、花鳥画を得意とし、官展を中心に活躍して1948年に創造美術(現・創画会)を結成。洗練された格調高い花鳥を描き続けて京都画壇を牽引しました。
本展は、山種美術館が所蔵する松園の美人画18点と、松篁の作品が9点、さらには松篁の長男である上村淳之(うえむらあつし 1933-)の作品のほか、鏑木清方(かぶらききよかた1878-1972)や伊東深水(いとうしんすい 1898-1972)といった、同時代のそうそうたる画家の作品を一度に見ることができる貴重な展覧会です。
今回の展覧会を担当した学芸員の南雲有紀栄さんに、おすすめ作品の『春芳』の魅力をたっぷり伺いました(聞き手は和樂web編集長 セバスチャン高木)。
南雲学芸員に、セバスチャン高木が展覧会全体の見どころをインタビューした音声はこちら↓
こちらも松園が生涯貫き通した、気高い女性を描くことへの思い、松篁、淳之やほかの画家との比較など盛りだくさんです!
上村松園のこだわりが詰まった絵
セバスチャン高木(以下高木): 今回の展覧会で、南雲さんがどうしても1点だけ選ぶとしたら、どの作品でしょうか。
南雲学芸員(以下南雲):私が選ぶのは、上村松園の『春芳』ですね。
高木:しゅんぽう、と読むんですね。これは、どういう女性像なんでしょうか。
南雲:着物の立ち姿の女性が、少し下のほうに目をやって、その先にある梅の花を見ていますね。
高木:春に芳しいと書くので、梅の花の香りを嗅いでいる女性の姿でしょうか。なぜこの絵を選ばれたんでしょう?
南雲:まず、見たときに色彩の美しさが目に飛び込んできます。赤、緑、オレンジ、青、そして梅の白。さらに、おっしゃったように香りが絵の中から立ち上ってくるようで、これは一度で二度おいしい絵だなと(笑)。
高木:なるほど。これだけの色を使っているのにまったく破綻していないですよね。しかも上品にまとめているというか。
南雲:その理由の一つには、背景が何もないことだと思います。松園は背景を入れない絵がほとんどなのですが、それによって人物が引き立ち、人物の着ている装束や装飾品が際立って見えるのではないでしょうか。
ポイント・「眉」と「生え際」
高木:この絵には松園のすごさが全部詰まっていると感じたのですが、この絵の一つ一つに関して見ていくと、眉の描き方が非常に繊細ですよね。
南雲:おっしゃる通りです。会場では皆さまに松園の眉毛だけでも見比べていただきたいと思うくらいなのですが、曇ったような、直線的でなく、けしてゲジゲジ眉というわけでもない…スッと流れるような山型を描いています。今でも化粧法で、眉はとても重要だといわれていますが、顔の額縁となる眉毛が主張しすぎることなく、目や口といったパーツとすごくバランスが良くて。
高木:たしかに。松園は「眉を描くのが一番難しい」と言っていたそうですが、それがよくわかる絵ですよね。
南雲:他に描かれている要素が多いぶん、それがよく伝わるかもしれません。
高木:以前にこちらの山種美術館の山崎館長にお話をうかがった際に、「上村松園は生え際を見てほしい」とおっしゃっていたんです。それ以来、松園の生え際しか見なくなってしまって(笑)。でもほんとに生え際の表現がすごいですよね。
南雲:松園は浮世絵の毛描きを学んだと思うのですが、おでことか、肌から生えてくる透明感やぼかし方といったものが、すごく濁りのない様子で描かれていて。そこがほんとに繊細で素晴らしいと感じます。
高木:喜多川歌麿の浮世絵に取材したことがよくわかりますよね。あれは浮世絵なので彫りの技術になるのでしょうけど、それを肉筆で再現するというのは、松園はどうやって描いていたんでしょうね。
南雲:日本画の道具で面相(めんそう)という細い筆がありますが、おそらく特注でとても細く作らせたもので丹念に描かれたのではないかと思います。
高木:ほんとに毛を一本一本描いている、という感じですもんね。
南雲:そうなんです! 塗りつぶすのではなく、ほんとに一本一本、大事に描かれています。
高木:先ほどの眉の表現も同じですよね。
南雲:はい。髪型に関してはいろんなバリエーションを持っていて、それが松園の一つの特徴でもありますが、眉というのは、存在が強すぎても弱すぎてもいけない。その絶妙なところを突いて描いていますね。
高木:松園は江戸のいろいろな時代を描いていますが、眉の描き方はわりと共通しているということでしょうか。
南雲:そうですね。ただ、初期に描いたもので、例えば『蛍』という作品などはかなり太く、でもあまりゲジゲジにはなっていないというか。あと、おもしろいのは当時の風俗として眉毛を剃った、既婚女性の描き方です。子供を出産したばかりの女性を描いたもので、これは自身の母親をモデルにした作品なのですが、青々とした眉毛を剃った後の残りをすごく馴染むように描いているものがあります。
高木:やはり女性の属性にこだわって、それにふさわしい眉を描いたということですね。
ポイント・「髪型」
高木:松園は風俗を丹念に取材したということもあって、今回の『春芳』も、髪型の再現がものすごいですよね。これは「勝山髷(かつやままげ)」ですよね。
南雲:そうです。元禄時代にいた遊女の「勝山」という人が始めて、庶民や、ひいては上層階級の女性にも広まったといわれます。見ていただきたいのが、襟足から後頭部にかけてちょっと反り返るように描かれています。
高木:たしかに!
南雲:これは、京都のほうの言い方で「鴎髱(かもめづと)」と言ったりしますが、結い方が、カモメの羽を広げた形に似ているからだそうです。
高木:おもしろいですね。
南雲:江戸時代の、髪型に対するこだわりが巧みに表現されていると思います。この勝山髷については、錦絵創始者の鈴木春信が絵画化していたもので、おそらくそういったものを参考にしていたのではないかと思われます。
ポイント・「着物」
高木:眉、生え際ときて髪型。あとは絶対に見逃せないのが着物ですよね?
南雲:はい。この絵では、打ち掛けのちょっと薄い緑。絵の具はおそらく「白緑(びゃくろく)」だと思いますが、この白緑の打掛と、赤い絞りの着物を松園はとても好んでいたようで、『砧』という絵にも表現していますし、ほかの作品にも描いています。
高木:なるほど。
南雲:色の組み合わせとして松園が好んでいたのかと思います。あとはこの帯ですね。すごく大胆な。
高木:すごいですよね。この帯! 今でいうところの「レジメンタルストライプ」みたいな(笑)。斜めに入ったストライプが。
南雲:そんな風にいうんですね(笑)。まさしくこの斜めに入った縞を「小六縞(ころくじま)」といいますが、当時の歌舞伎役者の嵐小六(あらしころく)という人が舞台上で身に着けたことから広まった柄で、松園はそういったものをすべて取り込んで風俗として描き切っています。
ポイント・「白」の表現
高木:襟元の白い模様も美しい表現ですね。
南雲:そうですよね。この半襟の部分、白一色ではあるんですが、拡大して見てみると、おそらく本物の着物では刺繍がしてあって、何の植物を模した刺繍かまではわからないのですが、盛り上げることで質感を表現して、白を美しく使っていると思います。
高木:そういえば、上村松園、松篁、敦之の三代を「白」をキーワードに見ていくと非常におもしろく感じました。白の使い方が多彩ですよね。
南雲:本当に。特に「胡粉(ごふん)」は、牡蠣の裏側を原材料にしたものですが、白の絵の具の中でもとても技術を要するんです。それが三者三様にすばらしいと感じます。繊細で緻密な雰囲気を醸し出していて。
高木:三代にわたって「気品」が共通しているとも言えますよね。
南雲:白の使い方でいうと、この着物は「鹿の子絞り(かのこしぼり)」が表現されています。この粒々の白さが実は全部同じ白ではないんです。少しずつ影が入ったり、隣の着物の柄の色が少しにじんでいたり。そうしたところを一つ一つ丹念に描いています。
高木:半襟の、白の植物の刺繍は立体表現にしていて、鹿の子絞りの白は影の部分であったり薄い白とか、とにかく白のバリエーションがすごいですよね!
南雲:もう一つ、白のバリエーションでいえばお顔ですね。
高木:ああ、ほんとだ。
南雲:この肌の白さや透明感を出すために、おそらくすごく薄く溶いた胡粉を使って描いているかと思いますが、本当に透明感が出ていますよね。
高木:この女性の奥の肌色がなんとなく透けて見えるような白の表現がすごいです。
南雲:ほんとに白の表現が巧みだと思います。肌色といえば、次は耳元にご注目いただきたくて。
高木:赤いですよね。
南雲:冬場に外に出ると赤くなりますよね。そうしたところも丹念に描かれていて注目ポイントだと思います。
高木:あとは、女性像ばかりに目がいきますが、梅の花もかわいいですね。
南雲:そうですね。ポツンポツンと咲き始めた蕾から開花したものまで、すごく丹念に描かれています。
高木:梅の表現がシンプルなだけに、この女性像がほんとに引き立ってきますね。
表装にも注目!
高木:この『春芳』の見どころとしては、絵だけでなく、表装にも特徴があるとお聞きしましたが。
南雲:はい。絵の本紙の周囲を飾っている布の組み合わせ。これも、松園がおそらく自分で選んだといわれています。
南雲:これを見ていくと、「一文字(いちもんじ)」という本紙に一番近いところは、紫の絞り染めの、おそらく「辻が花(つじがはな)」を使ったものがあって、その上に刺繍があります。金の糸と、色とりどりの扇面をかたどったものを上下に配しています。
南雲:穏やかな白緑の絵の具の真下に、紫という強い色のものを配していて、この大胆さは松園作品の醍醐味だと思います。よく見るとこの扇面は曲線で、弧を描いていますよね。これが女性の髪型の弧と、綿帽子の弧と連動しているんです。実は『春芳』だけでなくほかの作品も、表装を見ていくと中の作品と呼応しているものが見られます。
高木:なるほど! たしかに松園の絵と表装って二重構造になっていて、表装に使われる裂(きれ)が、絵の中の着物の柄に呼応してますよね。
南雲:ええ。たとえば格子柄を使ったものが、絵の中にも表具にもあったりします。その取り合わせも見て楽しんでいただけるかなと。
高木:表装も含めて、松園の絵の楽しみ方が広がっていくんですね。
松園を楽しみ尽くす
南雲:本当に、この作品は本紙から表装まですべてを楽しんでいただけると思います。このわかりやすい『春芳』から入っていただいて、「じゃあ、他の作品はどうだろう」と見ていただくと、いろんな発見があるのではないでしょうか。
高木:まず『春芳』を鑑賞して、眉や生え際の表現、着物の柄、白の使い方、そして表装を確認して、それからほかの作品はどうなっているのかなと見ると、すごく松園の絵の楽しみ方がわかりますよね。
南雲:そうですね。描かれている女性が美しいなと思って、そこがきっかけでもまったくかまわないと思いますが、そこから細部を見ていくと、楽しみ方が広がっていくんじゃないかなと思います。
高木:こうしてみると、松園ってディテールの積み重ねがすさまじいですよね。あまりそういう見方をしてこなかったのですが、近代の日本画って、細部を見ていくと楽しいものですね。
南雲:装束によって身分が一目でわかりますし、髪型も既婚、未婚など女性の属性を表していますが、松園はそれを浮世絵など古美術から学び、しかも非常に勉強熱心なことがよくわかります。まだ今のように研究がされていなかった時代に独自に浮世絵を勉強していたんですね。
高木:浮世絵の表現ってある意味、誇張されたものかと思うのですが、その誇張された表現をリアルな女性に落とし込むって、口では言うのは易しいけど、なかなかできないと思います。
南雲:ほんとですね。浮世絵は性質上すごくデフォルメされがちですが、それを自然に女性がまとうとどうなるかというのを表現しているのかもしれません。
高木:松園は、江戸と現代を繋いでくれる人なのかなと思いました。装束や髪型のことをこんなに丹念に調べてくれなかったら、いま我々はこんなに江戸時代の装束や髪型について知ることができたんだろうかと。
南雲:そういう側面もあるかもしれないですね。松園の絵を見て、江戸時代や明治の初めの風俗を振り返っていただくのも楽しみの一つなのかなと思います。
展覧会全体の見どころもたっぷり伺った音声はこちら!
展覧会情報
展覧会名:【開館55周年記念特別展】上村松園・松篁―美人画と花鳥画の世界―
会期:2022年2月5日(土)~4月17日(日)
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:午前10時から午後5時 月曜休館。入館は閉館の30分前まで
※今後の状況により、開館時間は変更になることがあります。
休館日:月曜日[3/21(月)は開館、3/22(火)は休館]
入館料:一般1300円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です)
[春の学割]大学生・高校生500円※本展に限り、特別に入館料が通常1000円のところ半額になります。
障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)1100円
※きもの特典:きものでご来館された方は、一般200円引きの料金となります。
※複数の割引・特典の併用はできません。
※入館日時のオンライン予約ができます。
山種美術館公式HP