青い空に赤い瓦屋根。エメラルドグリーンの海に三線(さんしん)の音色。オシャレなカフェもいいけれど、今回はこんな素朴な沖縄のイメージにぴったりなお茶をご紹介します。その名も「ブクブクー茶」。日本とも東アジアともちょっと似ていてちょっと違う琉球独自の魅力的な文化のひとつです。ブクブクー茶は泡そのものを味わう飲み物で、戦前は那覇でよく楽しまれていた庶民の味。一度は戦争で途絶えた、謎に包まれたブクブクー茶をご紹介します。
琉球独自の文化
大陸との交流が盛んだった沖縄(琉球)には、日本でありながら独自の文化が存在します。例えばお墓。普段我々が目にする形とは異なる破風(はふ)型や亀甲(きっこう)型などの大型のお墓が見られ、明らかに台湾や大陸との交流を感じさせます。また、三味線のような形をした三線は、中国の三弦(サンシェン)が起源とか。他にもやちむん(焼き物)や琉装、グスク(城)など、交易によって生まれたと想像できる文化が数多く見られます。
ブクブクー茶も沖縄独自の文化のひとつ。ブクブクー茶は、戦前に那覇で飲まれていた振り茶の仲間です。振り茶とは番茶を茶筅(ちゃせん)で泡立てたもので、今も富山の「バタバタ茶」や島根の「ぼてぼて茶」など一部地域に残っています。それぞれに特徴があり、沖縄のブクブクー茶はソフトクリームのような白い泡の上に煎ったピーナッツがトッピングされた、泡を楽しむ飲み物です。
ブクブクー茶の作り方
ブクブクー茶の材料は、煎り米を硬度の高い水で煮だした煎り米湯、さんぴん茶、赤飯、煎りピーナッツ。ブクブクー茶の茶筅と器は、茶道のものとはスケールが違う大きさで、茶筅に人差し指と中指を入れて左右に振って泡立てます。
ブクブクー茶の味は?
今回は、恩納村のリゾート「ジ・アッタテラス クラブタワーズ」でブクブクー茶を体験させてもらいました。館内のライブラリーラウンジ&バーで宿泊者を対象にブクブクー茶を体験できるプログラムが提供されています(日曜日のみ)。単に作られたものをいただくだけではなく、ブクブクー茶をたてる体験もできます。せっかく沖縄に泊まるなら、こういった体験プログラムがあるホテルを選ぶのもいいでしょう。
さて、肝心のお味はどんなものでしょうか。味の基本はさんぴん茶なのですが、泡からは香ばしい香りが。トッピングされたピーナッツも絶妙のアクセントになっています。口のまわりに泡をつけながら笑いあって楽しむブクブクー茶。初めて会った人ともおしゃべりしながら何杯でもいただける不思議なお茶です。
ブクブクー茶の歴史と復興までの歩み
この泡モコの不思議なお茶について、ブクブクー茶の復興に尽力された、琉球料理保存協会理事長の安次富順子(あしとみじゅんこ)先生にお話をうかがいました。
“幻のお茶” になる寸前だったブクブクー茶
実はこのブクブクー茶、第二次世界大戦で道具が焼失して姿を消し、“幻のお茶” となってしまう寸前でした。そんなブクブクー茶に救いの手が! 東京に奇跡的に残っていた道具との出会いを機に、料理研究家の故・新島正子(にいじままさこ)先生がこれをモデルに同じ大きさの鉢を作り、次女の安次富先生と共にブクブクー茶復興に取り組んだのです。1992(平成4)年には「沖縄伝統ブクブクー茶保存会」が設立され、翌月から毎月無料講習会を開催。会のメンバーは50代から70代が中心ですが、中には30代のメンバーも。一度は途絶えたブクブクー茶ですが保存会の活動によって徐々に広がり、無料講習会の日程に合わせて旅行で訪れる人もいるとか。こうして、風前の灯火だったブクブクー茶は今ではカフェやホテルでも楽しめるまでになりました。
謎に包まれたブクブクー茶の歴史
ブクブクー茶は先ほど述べたように振り茶の仲間ですが、富山や島根の振り茶と沖縄のブクブクー茶の関係性についてはよくわかっていないそうです。ブクブクー茶はその歴史も謎に包まれていて、どこから伝わったのかも未だわかっていません。「中国でもなさそうなのよね……」と安次富先生は首をかしげます。中国の資料を探してもその歴史は謎のまま。清の徐葆光(じょほこう)が1721(享保6)年に著した琉球の地誌『中山伝信録(ちゅうざんでんしんろく)』で記述のある “琉球の茶” も、たて方や材料などからブクブクー茶ではないと考えられ、1721年の時点でブクブクー茶が存在していたという裏付けにはならないそうです。
その起源や伝来は解明されていませんが、ブクブクー茶をたてるには手間暇がかかり、上流階級の飲み物であったと考えられています。
琉球料理の油を消す役割も
ブクブクー茶は琉球料理の油を消し、さっぱり感をもたらす役割があり、食事の合間に楽しまれていました。泡も胃の中の油で消されるので、何杯でも楽しむことができるそうです。
安次富先生の著書『母と娘が伝える 琉球料理と食文化』では、華やかな琉球料理の数々がオールカラーで紹介されています。独特の色彩を持つ琉球料理の写真を見ていると、琉球王国時代の人々が食事とともに和やかにブクブクー茶を楽しんでいた様子が想像できます。
安次富先生は泡の状態を見ただけで、何が原因で泡が立たないかわかるそうです。さんぴん茶が少なくても泡を盛り上げる力が足りなく上手く立たないし、煎り米に油気が混じっていると致命的だそうです。油気があると泡が立たないということは、胃に中で油と泡がお互いを消すという、琉球料理と一緒に楽しまれていたという話にも繋がっていますね。
泡と水の深い関係
水には軟水と硬水があります。軟水は口当たりがまろやかで、刺激が少なく肌や髪にも優しいのがメリット。硬水はミネラル分が豊富で、便秘解消に効果があるということでも知られています。軟水は和食に適していますし、硬水はお肉などの煮込み料理に適しています。私ははじめてイタリア旅行をした時に現地のパスタ料理があまりにも美味しく、パスタを買って日本に持ち帰って料理してみましたが、現地のあの感動を全く再現できなくて不思議でなりませんでした。後に水の硬度に原因があったのだと知り、その土地の食べ物と水の関係に深く納得した記憶があります。ブクブクー茶も水の影響を大きく受けています。日本の水は軟水が多いですが、沖縄の水は琉球石灰岩の成分が含まれた硬水です。この硬水がブクブクー茶の泡立ちに欠かせません。
ブクブクー茶の泡と水の硬度の関係に関して安次富先生の著書におもしろい記述があります。
昔から、ブクブクー茶は水が合わないと立たないといわれています。
私は長年、那覇市の水道水(西原浄水場系、硬度約45)で研究をしていましたが、うまく泡立ちませんでした。那覇市小禄の井戸水で立てたところ、大変よく立ちました。その水を水質検査に出したら、硬度256でした。
出典:安次富 順子『ブクブクー茶』
安次富先生はブクブクー茶を復興させるにあたって水と泡の関係の研究されたそうです。いろいろな水を使って泡が立つ研究をしている際に、玉城村(現:南城市)垣花樋川(かきのはなひーじゃー)の水を使ったところ見事な泡が立つことを発見。水の硬度がブクブクー茶の泡にかかせないことがわかったのです。
那覇には2系統の水が供給されていて、先ほどの西原浄水場系統は硬度約45。もうひとつの北谷浄水場系統の水は硬度約170でよく泡立ったのだとか。同じ那覇でも「こっちの井戸はダメだけど、あっちの井戸はよく泡が立つわね」ということがあったそうです。
ブクブクー茶が楽しめるカフェ・ホテル
「ブクブクー茶はみんなが和むいいお茶。講習会でももみんなニコニコしながら体験し、仲良くなって帰って行かれるんです」と安次富先生は語ります。新型コロナウイルスの関係で公民館での講習会はお休みですが、ブクブクー茶は首里や国際通り周辺のカフェ、観光施設、安次富先生が指導にあたった恩納村のリゾートホテルジ・アッタテラス クラブタワーズなどで楽しめます。今度の沖縄旅行では、いつもと違った琉球文化に触れる体験をしてみてはいかがでしょうか。
撮影協力:ジ・アッタテラス クラブタワーズ
参考文献:安次富 順子『ブクブクー茶』 ニライ社,1996
新島 正子、安次富 順子『母と娘が伝える 琉球料理と食文化』 琉球新報社,2020