はてさて、どうしてこうも燻製した食べものは酒欲を刺激するのでしょう?
噛みしめるたび、濃厚な味わいが口いっぱいに広がるスモークチキン。
煙の心地よい風味が、ねっとりとした黄身にまとわりつく燻製たまご。
たっぷりのオリーブオイルの中で泳ぐ、旨味が凝縮した牡蠣の燻製……
「燻製のことを考える時、人はまたそれに合わせる酒のことを考えているのである」
そんな名言が生まれてしまいそうなほどに、つまみとして最高な存在である燻製。
世の中は続く燻製ブームの真っただ中にあり、燻製料理をメインとした居酒屋もどんどんオープンしています。
スーパーにいけば「スモーク○○」と銘打った商品がずらり。燻製塩や燻製醤油などといった調味料もよく見かけるようになりました。
いまや燻製は、わたしたちの食を豊かにしてくれる「香りづけ」の文化のひとつと言えるかもしれません。
長期保存技術から、美味しくするための技術へ
ここで日本における、燻製の歴史を少しだけ。
燻製はかつて「長期保存技術」として用いられていました。燻すことにより食材の水分が抜けること、そして燻煙が持つ殺菌効果が食材に浸透することで保存性を高めていたのです。
日本の伝統的な燻製といえば、いぶりがっこに鰹節、鮭トバなど。いぶりがっこなどは室町時代から作られていたといいます。
囲炉裏があった時代、人々は室内で火を焚き、暖をとったり煮炊きを行っていました。そこからもうもうと立ち昇る煙。その上に大根や魚を吊るすと、自然と燻製ができあがります。
また、この囲炉裏の煙によって家全体が燻され、防虫対策になったり、茅葺屋根に油が付くことで防水作用ができたりと、生活の中に燻製技術が活かされていました。
こんな風にして日本人の生活には、昔から燻製文化が自然と根付いていたのです。
そんな燻製ですが、近年では「料理をより美味しくするための技術」として注目を浴びています。
「燻製が趣味です」という人も増えており、SNS上では燻製器やフライパンを使って作られた自作の燻製料理がずらり。
豚肉やサーモンといったメジャーな食材から、シュウマイや豆腐、枝豆、トマトなどといった変わり種まで様々な料理がアップされています。
燻すことにより、食材が持つ食感や味わいが大きく変わる、そして水分が抜けることで旨味が増し、木の香りが食材に染み込む。
時間はかかるものの、その手間ひまかけた先にある燻製の魅力は奥深く、ハマる人が続出しているのです。
燻製料理に合う!燻製香に酔いしれるスモークビール
燻すことで食材を美味しくする燻製。それゆえ数多くの燻製食材が存在していますが、燻製されたクラフトビールがあることはご存じでしょうか?
スモークビールと呼ばれる、古くはドイツで伝統的に造られていた、麦芽を煙で燻すことによって得られるスモーキーな風味が最大の特徴のビールです。
日本ではあまり見かけないスタイルのビアスタイルですが、これがとにかく燻製料理に合う!
燻製した料理の旨味を燻製ビールがさらに引き出し、余分な脂感はさらりと炭酸で喉の奥へと流してくれる。口の中にほんのりと残るのは、独特の燻製の余韻。
最後の一滴まで、なめるように味わいたくなるビールなのです。
そんなスモークビールにありったけの情熱と技術を注ぎ続け、世界一のラインナップ数を誇るブルワリーがここ日本にあります(本場ドイツではなく!)。
所沢ビール。独創性と職人技が光る、スモークビールのスペシャリストです。
スモークビールに必要な、高い職人技術を持つブルワリー
スモークビールは、その味わいを生み出すために高い技術力と繊細な作業が求められます。
なぜならば通常のビール醸造技術に加え、原材料の燻製技術が必要になってくるから。
「煙の濃さ」「燻す時間」「煙の質」「使用する燻煙材」
この4条件で味わいがまったく異なってくる燻製。その素材が最大限に活かされるような燻し方を探り、出来上がったものをさらに他の原材料と組み合わせながら、一本のビールを生み出していく。些細な差でも、できが全く異なってくる、まさに針に糸を通すような作業なのです。
このビールを生み出しているのは、所沢ビールの代表取締役兼ヘッドブルワーである緒方聡さん。カヌー製造職人、金属加工職人、自動車開発技術者など幅広く、しかし各分野にて最高峰の技術者として活躍されていた職人です。
緒方さんのモットーは「大胆に、しかし繊細に」。既成概念に縛られず、新しい発想をしながらも細部にとことんこだわる。そんな根っからの職人気質である緒方さんが生み出すスモークビールは変幻自在。数々の「世界初」のスモークビールを造り出し、そのラインナップ数は世界一にまで達しました。
木と出会い、ビールを構想する
山梨県のブドウの古木を使用したスモークエールや、鬼グルミの樹で麦芽を焙煎したスモークエール。国産の有機レモンをたっぷりと使用したフルーツ・スモークビール。
所沢ビールのスモークビールは、興味深いものばかり。
どのようにしてこのようなユニークなビールを造り上げていくのか、緒方さんに聞いてみました。
――様々なビールを醸造していらっしゃいますが、この組み合わせはどのようにして思いつくのでしょうか。
緒方さん:“木ありき”で決めていますね。木は種類によって一本一本持つにおいが異なります。例えばブドウの樹であれば、切った際あまいにおいがしますし、鬼グルミの樹であれば香ばしいにおいがする。それぞれの木の持つ個性が、どのビールを最大限に引き立てるかイメージしながら造っています。
――まず木と出会うところからのスタートなのですね。イメージ通りの味わいに仕上げるまでに、どのくらいかかるものなのでしょうか?
緒方さん:かなり時間がかかります。例えば「Pharaoh」であれば、完成させるまでに1年半程かかりました。どの程度、どのような煙で燻製させるかももちろんですが、燻製させるものは麦芽なのかホップなのか、それとも副原料なのかなどによっても味わいが全く変わってきます。
あとは燻製と相性が悪いホップもあったりするので、使用するホップを変更したりと、とにかく試行錯誤しながら全体のバランスを見つけていきます。
――バランスを見つけるのはかなり大変そうな作業ですね。
緒方さん:そうですね、10回トライして9回失敗するような世界です。
大変な作業ではありますが、存在する木の数だけ様々な組み合わせができるので、無限の可能性を持つスモークビールの世界は奥深くおもしろいです。
ブナで麦芽を自社焙煎した、スモークポーター
ではこのスモークビール、一体どのような味わいがするのでしょうか?
ブナを燻煙材とし、麦芽を燻して造り上げるスモークポーター「Pharaoh」を飲んでみました。
グラスに注ぐと、漂う燻製の香ばしい香り。飲み口はキリっとしているのですが、苦みやコクが喉の奥でゆっくりと広がります。
クラフトビールの面白いところは、温度の変化によって味わいが変化していくところ!
「Pharaoh」は温度上昇によってコクがまろみ、そして甘みがどんどんと増していきます。
芳醇な旨味を口の中で味わい、鼻に抜けるタイミグで燻製のかおりがふわりと広がる。
その余韻を確かめたく、ついついグラスに口をつけてしまうような、そんな魅惑的な味わいでした。
スモークビールと燻製料理
所沢ビールでは、「スモークもくもく木曜日」と称して、毎週木曜日にユニークな燻製レシピを紹介しています。
くんタコや燻製しらすなど、見ているだけで飲みたくなるものばかり。
スモークビールを飲み下した後の心地よい燻製の余韻の中に、旨味が凝縮した燻製した料理を投入したらどのような相乗効果が生まれるのか……
想像しただけでも、胸が高鳴ります。
長期保存技術であった燻製。
その燻製技術が時代を超えていく中で、今や酒飲みにとって最強の技術として身近にあることはなんと幸せなことでしょう。
燻製した食べものによって刺激された酒欲を、スモークビールによってたっぷりと満たす。
口の中で燻製同士のマリアージュを楽しむ。
燻製が生み出す新たな食文化に、わくわくが止まりません!
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「とりあえずビール」の習慣は江戸時代から?酒場もバカ騒ぎも大好き大江戸酒飲み事情