東京都北区、JRや地下鉄・都電も乗り入れる、にぎやかな王子駅。駅の北口からほど近い静かな路地に、ぽつんとたたずむ屋台風の店があります。
ここは玉子焼きの専門店「扇屋」。
「扇屋」の「厚焼き玉子」は甘ーい味わいの関東風。カツオ出汁の旨みがしっかり利いて、お酒が欲しくなるおいしさ。手焼きにこだわり、焼きたてはふわっふわ、少し時間がたつとしっとりとした食感が楽しめます。国産鶏のひき肉と三つ葉が入った玉子焼き「親子焼き」は食べ応えのあるひと品で、連日早い時間に売り切れてしまうそう。この日もすでに売り切れでした(泣)。
時間帯によってはお客が列を作り、玉子焼きを2つ3つとまとめ買いしていく姿が。化粧箱に入ったお土産用の包みもどんどん売れていく人気ぶり。
実はこの「扇屋」、長い長い歴史をもつ超名店なんです……
創業1648年! 江戸時代からの老舗
「扇屋」が開業したのは江戸時代、1648年のこと。庶民的な料理を売る店として始まり、のちに料亭として営業を開始して成功しました。実に370年以上の歴史を誇る老舗なんです。
早船武利さんは、「扇屋」15代目のご主人。
江戸時代、今も桜の名所として知られる王子の飛鳥山周辺には、たくさんの料亭や茶屋が建ち並んでいたそうです。
古地図をみると一目瞭然。
ピンク色の、満開の桜が描かれた飛鳥山から道を一本隔てた向かいには「此辺 料理屋多シ」の文字が。そしてその左手には大きく太い文字で「扇屋」の名前があります。
こんなざっくりした地図に大々的に店名が記載されているということからも、敷地が広大で、ただならぬ店であったことが想像できますね。
江戸のミシュラン? 料理店の番付表の常連でした
外食文化が花開いた江戸時代には、相撲の番付をまねた料理店のランキング表が作られました。今で言えばミシュランガイドのような、レストランの格付けメディアです。
ある年の表を見てみましょう。右上あたりに注目です。
ありました、王子「扇屋」! 「扇屋」は番付の常連で、いつも上位にランキングされていました。
かつて、「扇屋」は著名人が夜な夜な足を運ぶ有名料亭でした。店の側を流れる音無川からの眺めは、歌川広重が江戸の有名料理店を描いたシリーズ「江戸高名会亭尽」にも描かれています。とにかく、江戸の外食シーンを語る上で外せない名店だったわけですね。
落語の演目「王子の狐」にも登場
「扇屋」のご近所には、こちらも歴史の古い、王子稲荷神社があります。
この神社には稲荷の使いである狐(キツネ)にまつわる言い伝えが多く残されています。大みそかになると狐が各地から集まってきて身なりを改め、王子稲荷神社に初詣をするという伝承があり、狐のメイクや衣装で王子の街を歩く年末の行事「狐の行列」が今も行われています。
落語の演目「王子の狐」には、この王子稲荷神社の狐が登場します。
「王子の狐」は、狐が若い女性に化けて男性をだまそうとし、逆にだまされてしまう噺(はなし)で、男性が女性(狐)と一緒に入った店が、なんと「扇屋」。男は「扇屋」名物の玉子焼きを包ませ、酔いつぶれた狐を残して店を出ていく、という筋書き。「扇屋」は落語に登場するほど知名度が高く、玉子焼きは江戸時代から看板料理のひとつだったのだとわかります。
今に受け継ぐ、名物の玉子焼き
時代は変わり、街並みも変わり、飛鳥山周辺に軒を連ねていた料亭は消えていきました。「扇屋」と並んで有名だった王子の料理店「海老屋」も、明治中期に店を閉じます。
そんななか、「扇屋」は平成に入るまで料亭としての営業を続けていましたが、現在は敷地にビルを建設し、その一画で、「王子の狐」にも出てきた名物の玉子焼きに特化して昔ながらの味を伝えているんです。「扇屋」は江戸時代から、同じ場所で、変わらないレシピで料理を作り続けているんですね。
何も知らずに食べても「扇屋」の玉子焼きはおいしいです。
でも、誰かにお土産として手渡すときに「扇屋」の歴史をちょっと伝えたら、いっそう印象的な味になりそうですね。
王子にご用のときにはぜひ、「扇屋」に寄ってみてください。
玉子焼きは通販もしています(ハーフサイズは店頭販売のみ)。
2019年の年末は12月27日まで通常営業。それ以降、年末年始は完全予約制で予約分の引き渡しとなり、2019年の年末年始分はすでに完売ということです。
飛鳥山公園が混み合うお花見の時期も特にお店が混みますので、予約がおすすめですよ。
「扇屋」店舗情報
住所:東京都北区岸町1-1-7 新扇屋ビル1F
営業時間:12:00~19:00
定休日:水曜日
公式サイト