天孫・ニニギが降臨した地とされ、神代と現代のつながりを感じさせる名所が点在する宮崎県高千穂地方。なかでも、高千穂峡はエリア随一の観光スポットです。約17ⅿの高さから豪快に流れ落ちる名瀑「真名井の滝」は、じっと見入ってしまうような神々しさと、見る者を圧倒するほどの迫力があります。しかし、高千穂峡の見どころはこれだけではありません。左右の岸壁に、数千万年前の地球の躍動が刻まれているのです。
名瀑と奇岩が綾なす絶景
五ヶ瀬川上流に位置する高千穂峡は、国の天然記念物にも指定されている名勝です。苔むす渓谷と流れ落ちる清流に心洗われたら、左右にも目を向けてみてください。巨大な拍子木を縦にして並べたような柱状の岩々が、渓谷にそってカーテンのように続いています。これこそが「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」です。
ちゅうじょうせつり。
口に出してみると、何とも心地いい響きではありませんか。前半の韻を踏むリズム感、「ちゅ」と「じょ」の連続する語感、セツリという聞きなじみのない単語の組み合わせが大変新鮮です。柱状はそのまま「柱のような形状」、節理とは地質学用語で「規則性のある割れ目」を意味します。
その姿は、定規で測って切り出してきたかのような直線で構成されていて、とても自然にできたものとは思えません。これまで岩石や地形に何の興味も抱かなかったわたしですが、その斬新な造形と口にしたくなるネーミングに、一瞬で心を奪われてしまったのです。
阿蘇山が作った九州の地形
高千穂地方を含む九州の地質形成には、国内最大級のカルデラを有する阿蘇山の噴火が大きく影響しています。阿蘇山の噴火は約27万年前~約9万年前の間に複数回起きていますが、なかでも約9万年前に起きた巨大噴火では、火砕流が九州のほぼ全土を覆い、さらに海峡を渡って山口県まで届いたといいます。
物質は高温になると膨張し、冷却するとともに収縮します。九州を覆ったマグマも温度が下がるにつれて外から内に向かって収縮が起きました。収縮によって生じた割れ目がそのまま内側に延びてゆき、規則正しい形の岩石に発達したのです。
自然界にあふれる魅惑の数字「6」
柱状節理の多くは六角柱です。中には五角柱や七角柱のものもありますが、六角柱が最も多いと言えるでしょう。では、自然現象の結果である柱状節理が、なぜこんなにもきれいな六角柱になったのでしょうか。
雪の結晶や亀の甲羅など、六角形は自然界に多く存在する形状です。正六角形をぎっしりと並べた「ハニカム構造」とは、ハチの巣(Honeycomb)に由来するもの。平面上に並べた時の安定性と一方向から力を受けた場合の衝撃吸収性が高いことから、建築や航空機、サッカーのゴールネットなどにも応用されています。
つまり、六角形は平面上にエネルギーを伝えるのに最も効率が良い形なのです。阿蘇山から流れ出たマグマがひび割れて分離するときも、最小限のエネルギーで均等に圧がかかる六角柱になったと考えられます。
柱状節理を作ってみよう!
と言っても、柱状節理が形成される様子はもちろん誰も見たことはありません。それどころか火砕流だって見たことがないので、いまいち柱状節理の形成過程がピンときませんでした。そこで、自宅にあるもので柱状節理を作ってみました。材料は、片栗粉と水のみ。手ごろなボールに片栗粉と水を入れ、数日放置して乾燥させます。
表面の水を捨てながら様子を見ていると、3日目で表面にヒビが入りました。
網目状にヒビ割れの筋が広がり、乾燥地帯の地面のようです。これを少しずつ崩していくと…
おわかりいただけますでしょうか。上から下に向かう亀裂に沿って、柱状に割れていきます。崩した時の手の感触からも、縦方向に力が伝わっているのがわかりました。正六角形にはなりませんでしたが、崩れた後の欠片の中にも縦長の塊が見て取れます。
一度は見たい、日本各地の柱状節理
柱状節理は高千穂峡だけでなく、日本各地で見ることができます。数万年単位で形成された絶景はいずれも圧巻で、わざわざ見に行きたくなるものばかり。代表的なものを古いものから順にご紹介しましょう。
東尋坊(福井県坂井市)
日本海に面した断崖絶壁の東尋坊は、「柱状節理世界三大絶勝」のひとつに数えられます。垂直にそそり立つ柱状節理は1300~1200万年前に形成されました。約1kmにわたり険しい岩壁が連なる絶景は、国内の安山岩の柱状節理としては最大規模。岩に砕け散る荒波が作り上げた唯一無二の絶景です。
清津峡(新潟県十日町市)
日本三大峡谷のひとつである清津峡。V字に削られた谷の左右にそそり立つ壁の一面に、見事な柱状節理が発達しています。500万年前、海底火山の火山灰が固まってできた凝灰岩に地下からマグマが流入し、冷え固まって柱状節理を構成。さらに地表の隆起や河川による浸食が起き、深い谷になったといわれています。
玄武洞公園(兵庫県豊岡市)
城崎温泉のそばに位置する玄武洞公園では、玄武・青龍・白虎・朱雀(南朱雀・北朱雀)の名を持つ5つの洞に、160万年前の火山活動によって形成されたと見られる柱状節理がずらりと並びます。その美しさもさることながら、かつて地球のN極とS極は逆転していたという、地球史の常識を覆す大発見の現場としても有名です。
壮大で悠遠な造形美!
地球が誕生して46億年。生命が誕生するよりも遥か昔から、この惑星は胎動を繰り返し、数億年という単位でその姿を変化させてきました。年月という言葉では表現できないほど長い時間をかけて作り上げた自然の造形が、現代を生きる私たちの目を楽しませてくれています。
とりわけ、神話の国・高千穂で悠久の時が育んだ絶景を目にすると、この国の礎を築いたとされる神々の姿が思われます。自然の摂理で誕生したとわかっていても、美しい六角柱には何か人知を超えた力が働いているような気がしてなりません。