旅の前半で歴史に触れた後は、弘前の情緒溢れる街へ。
青森の伝統に触れる「弘前こぎん研究」
弘前城を下城した後は城下町の風情の残る一方通行の道を「弘前こぎん研究所」目ざして進みます。その途中に出合ったのは津軽藩主の御菓子司を務め、当代で13代の「大阪屋」。風格ある店構えに感じ入ります。
寛永7(1630)年創業、津軽藩の御用菓子司「大阪屋」。お菓子は贅沢に螺鈿が施された菓子棚にひとつずつ収められている。
こぎん刺しとは布の補強と保温性向上のために農家の女性たちが刺子(さしこ)を施した刺繡で、江戸時代に生まれたもの。幾何学模様にマニュアルはなく、指の動くままに刺したパターンが受け継がれているとか。民藝運動の創始者、柳 宗悦の助言により昭和に復活。温もりある手仕事に注目が集まる今、「第4次ブームを迎えています」と語る刺子の女性たちの空気は明るく、笑顔を誘います。
青森のモダン建築にも注目。
さて、「弘前こぎん研究所」はル・コルビュジエに学んだ建築家、前川國男によるもの。弘前に縁のあった前川は、この地に8つの建造物を残しました。
「弘前こぎん研究所」は建築家・前川國男作。こぎん刺しに使われる一部の布の機織りもこの場所で女性の手で行われる。
こぎん研究所から戻る道にある弘前市庁舎もそのひとつで、すぐ近くには、洋風建築の名棟梁(とうりょう)・堀江佐吉による「旧弘前市立図書館」が。歩みを進めるとこちらも堀江の代表作「青森銀行記念館」にたどり着きます。
「青森銀行記念館」の見どころ、曲がり階段。
10分前後を歩く間に、明治のモダン建築から昭和の近代建築に至る日本の建築史が見られるという贅沢さ。この「青森銀行記念館」が立つ“奇跡の四つ角”と地元で呼ばれる交差点がさらにすごい。白い漆喰壁(しっくいかべ)に漆黒の骨太の柱が張りめぐらされた津軽塗の「田中屋」。
津軽塗の老舗「田中屋」にある喫茶室「北奥舎」。紋紗塗で仕上げられたカウンターは必見。
明治30年創業の和風建築と対峙するのはアールデコ調の三上ビル。こちらは昭和2年、弘前で2番目にできた鉄筋コンクリート造りのビルだとか。どちらもシャレていて、それでいて年季の入ったたたずまいが素晴しい。「津軽塗は約50の工程を経て仕上げるから、それだけ丈夫なんです」と語るのは「田中屋」のご主人。手間を惜しまず、上質のものをつくって、それと長くつきあうのが津軽人なのです。
三上ビル内の「オールドジャンク」でランチ休憩の後は、街のメインストリート・土手町通りに沿って散策を続けます。
「石井果実店」をはじめ、小さな商店が軒を連ねるこの通りは、りんごの収穫が始まればにぎわいも倍増。競い合うようにアップルパイの看板が立つ風景も見ものです。
青森、弘前の夕食は郷土料理と地酒を楽しめる「土紋」で
お楽しみの夕食は郷土料理と地酒が楽しめる「土紋(どもん)」で何はともあれ「いがめんち」を。いかの身やゲソを細かく叩いて焼いたり揚げたりするこの料理は弘前の家庭の味。
「土紋」の貝焼味噌¥650、いがめんち¥500。手の込んだ料理でこの値段はうれしい。
ここではミンチにするのも手作業で。「機械ではこのねばりが出ないから」という主は今日も開店間際まで包丁をトントコと鳴らしていることでしょう。
旅の締めくくりは、津軽三味線の生演奏。バチから叩きだされる強くて澄んだ音色は、初めて聴くのに懐かしい、魂に響く音です。
渾身の演奏を聴かせる「ライブハウス山唄」。
-2013年和樂10月号より-