日本美術ファン、茶の湯ファンには待望中の待望の展覧会、特別展「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋(はそうあい)」展の内覧会に、滋賀県甲賀市信楽町のMIHO MUSEUMに行ってきました。
この展覧会、想像を絶するほど貴重な出陳品のオンパレード! 雑誌や書籍の写真でもなかなかお目にかかれないものばかりです。
龍光院は、京都紫野にある臨済宗の名刹、大徳寺の塔頭(たっちゅう)のひとつ。もともと初代福岡藩主黒田長政が、父、黒田如水の菩提を弔うために、1606年に建立したものだそうです。
この古刹の実質的な開祖、龍光院二世・江月宗玩(こうげつそうがん)は、大変偉いお坊さんで、その高い教養と優れた禅風から多くの有力者が帰依したと言われます。また、日本史の教科書にも出てくる有名な紫衣(しえ)事件の当事者だったこともあり、江戸時代初期、江月和尚のもとには小堀遠州をはじめとするたくさんの文化人が集ったのだそうです。
江月宗玩和尚は、千利休、今井宗久とともに天下三宗匠の一人、天王寺屋、津田宗及(つだそうぎゅう)の次男でもありました。そのため天王寺屋が所蔵した貴重な茶道具の一部が、龍光院に寄進されたのです。
このような理由から、大徳寺龍光院には、国宝、重要文化財を含む、膨大な量の貴重な禅に関わる文化財、茶道具が所蔵されており、今回はそれを拝見できる、またとない機会となりました。
奥が「竹一重切花入 銘 千世のこえ」、真ん中の丸い釜は西村九兵衛作「蒲団釜」、手前が「赤楽筒茶碗 銘 萬歳」、中央の掛物は「梅菊図」(4/21まで展示)
手前の屏風は「琴棋図屏風」(伝明兆 重要文化財 4/21まで展示)
一般人に閉ざされて来た秘密の寺宝が、今、明かされる
さらに重要なことは、この大徳寺龍光院が、観光客の訪問を受け入れていない非公開の塔頭だということ。つまり、一般の人は龍光院にある国宝の書院や重要文化財の昭堂などの貴重な建造物に立ち入ることも、拝見することもできません。また、所蔵されている貴重な文化財も公開されることはこれまでまれでした。
それが! 今回は一挙に! そして大量に! さらには長期間! 展示されるのですから、この展覧会が必見である理由がわかるでしょう。
おそらく、今回見逃したら、二度と実際の眼では拝見できないものばかりが登場、と考えていいはずです。
さて、大変前置きが長くなりましたが、展覧会の見どころをご紹介します。
前後期通すと総計200件以上の出陳物はどれもこれも見逃せないものばかりですが、あえて、個人的に感動した、そして絶対見逃して欲しくない5作品をご紹介します。
龍光院の曜変天目がすごい、これだけの理由
まずは、なんと言っても国宝の「曜変天目」。内側が、宇宙空間を眺めるような、摩訶不思議な瑠璃色。その複雑で美しい、キラキラと煌めく色合いは、製作過程で偶然に生まれるもの。そして奇跡的に生まれたこの素晴らしい曜変天目は、作られた中国にはひとつも残っておらず、日本にある三碗(他のふたつは、静嘉堂文庫美術館所蔵と藤田美術館所蔵)だけが唯一世界で現存しているものなのです。
国宝 曜変天目(見込み) 南宋時代 12~13世紀 大徳寺龍光院蔵
その三碗の中でも、今回出陳されている龍光院の曜変天目は、他の二碗と違い、所蔵者が変わることなく、天王寺屋から龍光院に寄進されてから「400年間、ほとんどお蔵から出ることがなかった」(熊倉功夫MIHO MUSEUM館長の記者説明会での説明)もの。まさに門外不出の、貴重すぎる名茶碗!
私も、他の二碗は幾度となく拝見してきましたが、この龍光院の曜変天目を拝見するのは今回が初めてでした。
そんな貴重な曜変天目が、なんと約2ヶ月にわたって公開されるのです。恐らくこの機会を逃すと、二度とお目にかかることができない、と考えても全然大げさではないと思います。
奇跡の曜変天目を堪能し尽くす5段階鑑賞法
さて、この曜変天目の拝見の仕方ですが、これだけの名碗なので、じっくりゆっくり拝見したいものです。
MIHO MUSEUMの特別展会場に足を踏み入れると、まず江月宗玩和尚の木像が私たち入館者を迎えてくれます。そしてそのありがたい御木造を右手にして先に進むと、その先に、曜変天目の展示ケースが見えてきます。まずは、その展示ケースが近づいてくる期待感に胸をワクワクさせて歩を進めましょう。
展示ケースの周りはおそらく黒山の人だかりのはず。そんな中・・・
STEP1, 展示ケースの前まで来たらまずは正面からこの奇跡の名茶碗の全体像を把握しましょう。その後展示ケースの周囲を時計回りに左へ。
STEP2, 左横まできたら一度しゃがんで、真横からの美しいフォルム、天目茶碗特有の鼈口(すっぽんぐち)と呼ばれる少しすぼまった形状や、龍光院の曜変天目に特徴的にみられる小さめで上品な高台の形などをじっくり確認。
STEP3, 再び時計回りに移動して真後ろまできたら、茶碗の縁を継いだようなところがよく見えるので、ディテールまでじっくり拝見。
曜変天目の展示ケースの前では、是非しゃがんで真横の姿も確かめたい。漏斗(ろうと)形のフォルム、鼈口(すっぽんぐち)と言われる反り返り、釉薬のかからない上品な高台・・・。天目茶碗の特徴が凝縮されている。
STEP4, 単眼鏡持参の人は、ここで単眼鏡の出番! ここからの眺めが一番、曜変天目特有の魅惑的な瑠璃色がよくわかるでしょう。
STEP5, そして再び時計回りに左に移動して、最後にもう一度しゃがんで真横からの漏斗型の全体的シェイプを確認。これで堪能!
曜変天目の美しさは碗の内側の煌めきと鮮やかな瑠璃色。その青い輝きをいかにして伝えるか? 今回の展覧会を担当されたMIHO MUSEUMの畑中章良学芸部長はそこに力を注いだことを、内覧会の記者説明で話されました。
図録の撮影時には、お寺の特別なご許可をいただいて太陽光線の下で撮影。見事に青い輝きを図録に収めることに成功しました。また、展示室の照明もいろいろな検討の結果、現在の照明方法になったのだとか。ぜひ、展示室で、苦心の末に到達した照明の下での、奇跡の瑠璃色の輝きを確認してみてください。
太陽光を当てると、瑠璃色の光彩はいっそう青く美しく輝く
北欧デザインのようでもある、もうひとつのスーパースター天目
曜変天目に話題が集中しがちな今回の展覧会ですが、私が今回一番感動して嬉しくなったのは、むしろ重要文化財の「油滴天目」の方。これまでにも何度も写真ではみてきましたが、実物を拝見するのは初めて。
思った以上に小さな小さなお茶碗。外側も内側も黒釉に無数の銀の斑点がびっしり入っていてまるで銀河系宇宙のよう。本展図録では「赤紫色を帯びている」と説明されていますが、展覧会の照明の下ではむしろチョコレート色にも見えて、西洋陶器のようなモダンささえ感じます。
曜変天目と同じく、津田宗及が所持した天王寺屋の名宝で、その後龍光院に寄進されたとされています。
向かって左、油滴天目 、右、螺鈿唐草天目台、重要文化財
天目茶碗は天目台にのせて使われるものですが、この油滴天目には美しい螺鈿の施された天目台「螺鈿唐草文天目台」が付属であり、一緒に展示されています。そしてこの天目台がまた、ことのほか美しいのです! 琉球螺鈿で施された文様のなんと可憐で魅惑的なこと!
油滴天目は11~12世紀中国金王朝時代のもの、天目台は16~17世紀琉球王朝時代のものだそうです。
ともかく、一度でいいから自らの掌に持ってみたいと感じる、小さくて可愛らしい茶碗です。
他にも、唐物丸壷茶入(宗及丸壷)の愛らしさ、野々村仁清による肩衝長茶入の可愛らしさ、名物大井戸茶碗(龍光院井戸)のおおらかな姿など、茶道具の名品には目を奪われるばかり。茶の湯ファンの方はいくら時間があっても足りないでしょう。
今回の展覧会、津田宗及、天王寺屋由来の素晴らしい茶道具の数々に圧倒されるのですが、同時に忘れてはいけないのは、禅の教えを伝えるたくさんの墨蹟や頂相(禅宗の高僧の肖像)です。
禅宗の奥深さを実感できる墨蹟の数々
中でも、国宝の「密庵咸傑墨蹟」(名物)が見逃せないのは言うまでもありません。国宝の茶席=密庵(みったん)席の名前の由来になった墨蹟で、中国の禅僧密庵咸傑(みったんかんけつ)が禅の要旨を示したものとされます。中国南宋時代のもので、日本に伝存する中国禅僧墨蹟の中でも最も名高いものなのだとか。禅宗の修行全般について書かれた内容なので、臨済宗における価値は絶大、と図録では説明されています。禅文化を知る上で、欠かせない文化財です。(4月7日までの展示なので要注意)
国宝 密庵咸傑墨蹟 璋禅人宛法語 南宋時代(1179年) 大徳寺龍光院蔵(4/7まで展示)
個人的には、玉室宗珀、沢庵宗彭、江月宗玩の三幅の墨蹟も大好きでした。真ん中に玉室が書いた禅宗の開祖達磨の号、向かって右に沢庵が書いた大徳寺開山(開いた僧)大燈国師の号、そして左には江月和尚が自分の師である春屋宗園の号を記した三幅対の書ですが、力強い、筆さばきに心ひかれ、吸い込まれそうになります。
右から、沢庵宗彭墨跡「大燈師祖」、玉室宗珀墨跡「達磨元来観自在」、江月宗玩墨跡「円鑑老師」 大徳寺龍光院蔵
まだまだ見所満載! 古筆の最高峰と戦国武将の肖像
今回の展覧会では、大徳寺龍光院所蔵のもの以外にも、龍光院にゆかりある貴重な美術品がたくさん出陳されています。とりわけ注目を集めていたのがMIHO MUSEUM所蔵の「寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)『かねみの大君』」。言わずと知れた、古筆の最高峰と呼ばれるものの一つで、「継色紙(つぎしきし)」「升色紙(ますしきし)」とともに、”三色紙” “色紙の三絶”と称されるのだそうです。
寸松庵とは、茶人で武将でもあった佐久間将監が龍光院内につくった隠居所。将監は、この隠居所で、紀貫之が書いたと伝わる36枚の歌のうち12枚を所有したことから「寸松庵色紙」と呼ばれるのだとか。
寸松庵色紙は小さな一幅の作品ですが、龍光院に伝わったいわれを思いつつ拝見すると、またひとしおの感動があります。
最後に歴史好き、戦国武将好きには堪えられないものを。この塔頭建立のきっかけとなった黒田如水と黒田長政を描いた軸装の絵、「黒田孝高像 黒田利則請」と「黒田長政像」(ともに、福岡・崇福寺蔵、福岡県指定文化財)。
戦国時代の名武将、名参謀だった黒田官兵衛如水(黒田孝高)と、関ヶ原の合戦でも武功のあった黒田長政親子の肖像を並べて同時に拝見するのは、なんとも興味深いものです。
折しも記者内覧会のあった3月20日は如水の命日。黒田如水ほか黒田家代々の墓所があり、この絵の所蔵先である福岡・崇福寺にとっては重要な法要の日ですが、特別展のために貴重な2幅の絵の貸し出しをご許可いただいたというエピソードも、記者説明会で披露されました。
右、黒田孝高像 黒田利則請 春屋宗園賛。左、黒田長政像 江月宗玩賛 福岡・崇福寺蔵(いずれも4/7まで展示)
もうひとつ、内覧会では拝見できませんでしたが、4月9日から5月6日まで展示される、牧谿の「柿・栗図」(重要文化財)は、再度訪れてぜひ拝見したい作品です。前述の畑中章良学芸部長が「モダン」と内覧会で評された「柿図」は、私もモーレツに拝見したい水墨作品です。
重要文化財 柿・栗図 伝牧谿 南宋時代 大徳寺龍光院蔵(4/9〜5/9まで展示)
先の曜変天目のところでも触れましたが、今回の展示は、ことのほか照明の工夫がなされています。全体に暗めの展示室内ですが、それが禅の名刹に実際に身を置いたような気分にさせてくれるのです。そしてその暗闇の中から墨蹟や頂相が美しく浮かび上がる様は、例えようもないほどの感動を呼び起こします。
桜咲き誇る桃源郷へ奇跡の展覧会を観に行こう!
最後に会場となるMIHO MUSEUMについても一言。この美術館はまさに滋賀県南部信楽山中にある桃源郷。ルーヴル美術館のピラミッドを設計したことでも知られるアメリカの有名建築家、I.M.ペイの設計。長い銀色のトンネルを抜けた先に美術館はありますが、トンネルの中から美術館と反対側を振り向くと、そこには枝垂れ桜の並木道が。内覧会の日はまだ時期が早かったのですが、4月の中頃には満開の時を迎えるはず。未来的なトンネルを通して眺める満開の枝垂れ桜はどんなにか美しく、私たちを非現実の世界へと導いてくれることでしょう。
未来的なデザインのトンネルを抜けると吊り橋を渡って美術館へと至るドラマティックな設計。アメリカの著名建築家I.M.ペイの設計。トンネルの反対側は枝垂れ桜の並木。例年4月中頃が見頃。
特別展「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋」展は、5月19日まで。圧倒的な展示点数で、さらに展示替えもありますから、出陳作品には注意を。
平成から新元号の時代へ、大型10連休に、是非とも足を運びたい展覧会です。
ところで・・・破草鞋=はそうあいって何? 破草鞋とは文字通り破れた草鞋(わらじ)のこと、役に立たない無用のもののたとえなのだとか。さらに言うと「値段などつけられない、誰も買うことのできないほど、素晴らしいもの」だと、内覧会の記者説明会で、MIHO MUSEUMの熊倉功夫館長が説明くださいました。
きっと展覧会を見終えた後、この言葉の意味がジンワリ・・・わかるはずです。
※展示期間の表記がない作品は全期間展示
文/橋本記一
特別展「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋」
会期 開催中〜2019年5月19日
会場 MIHOMUSEUM 北館
住所 滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷300
TEL 0748-82-3411
開館時間 10:00~17:00(入館は16:00まで)
休館日 月曜 ※4月29日(月)、5月6日(月)は開館、4月30日(火)、5月7日(火)は休館
公式サイト