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2019.09.05

かわいい「茶箱」でどこでもお茶を【一期一会のハワイ便り6】

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『和樂』で茶の湯特集を組むと、茶箱の記事はとても人気があります。

茶箱は、もともと今から約400年前の千利休が、野外でお茶をいただくために、旅持ち用に小さな茶道具を仕組んだのがはじまりといわれています。表千家には、利休が所持していた蒟醤(きんま)の茶箱が伝わっているんですね。

なぜ今もみんなが茶箱に惹きつけられるのかを考えてみると、工芸の粋を表した容れ物のなかに、雛道具のようなミニ茶道具が端正に仕組まれている姿に、幕の内弁当や折り詰めに共通する「日本の美意識」を感じるからじゃないかな、と個人的に思っています。

ともかくお茶をしたことがない方でも、茶箱を見ると「かわいい♥︎」とキュンとしてしまうんですよね。

今回のハワイ便りは、茶箱について。
ハワイの風に吹かれて、どんな話が展開するのでしょうか。

魔法の玉手箱、茶箱の魅力とは

文と写真/オノ・アキコ
 

空高く馬肥ゆる秋。
徐々に過ごしやすい気温に落ち着く9月になった。
茶の湯の世界でも、自然の移り変わりをなぞって、さまざまな趣向がこらされる。

皆さんは「茶箱(ちゃばこ)」をご存知だろうか?
大きさにして、長さ約20cm、幅15cm、高さ15cmほどの小さな箱のなかに、お茶を点てるための必要な茶道具(棗や茶筅、茶碗など)がすべて入っていて、まるで玉手箱のようなセットのことを指す。
木地でできた「茶箱」もあるし、竹などで編まれた「茶籠」もある。ポータブルな茶箱は、もともと外でお茶を楽しむためにつくられたものだった。

私の所属する流派では、四季に添った茶箱の点前というものがある。
春は「花点前」、夏は「卯の花(うのはな)点前」、秋は「月点前」、冬は「雪点前」というもので、一般的にそうした点前には正統派の茶箱を使う。

お客さまの前に持ち出されるのは、ひとつの箱。
その箱から、ひとつひとつ、ちっちゃな茶道具を取り出して点前をおこなう。また湯を汲むのは釜ではなく、鉄瓶(てつびん)から、直接茶碗に湯を注ぎ入れてお茶を点てる。
お菓子も、振り出し(ふりだし)という小ぶりの容れ物に金平糖などの乾いたお菓子を入れて、お客さまをもてなすことが多い。

友人の家の庭で、卯の花点前で一服しているところ。写真/Taiji Terasaki

正統派の茶箱も工夫が凝らされていて魅力的ではあるけれど、今、私の日々のお茶の在り方を豊かにしてくれているのは、「見立て(みたて)」の茶箱や茶籠である。

そもそも見立てとは、「本来そのままの姿ではなく、それを別のものとしてなぞらえて、表現する」というモノの見方で、もともとは漢詩や和歌の技法からきた文芸の世界の用語だった。

茶の湯では、わび茶を大成した千利休が、船の出入りする潜り口を茶室のにじり口に採り入れたり、捕った魚を入れる魚籠や、水筒として使っていた瓢を花入に見立てたことによって、茶の世界の「見立て」がはっきりと意識されるようになったという。

元来、茶道具としてつくられていない品を、茶道具に見立てて活用する。
お茶の世界は、いろいろな発想の転換を面白がることが好きなのである。

こんなことができるんだ!レストランで茶籠のお茶

あるとき、尊敬する先生のおひとりが、帰国したばかりの私を夕食に誘ってくださった。
指定された割烹料理店に足を運ぶと、先生はその個室のテーブルにおもむろにアジア民芸風のかわいい籠を取り出された。
まるで手品かのように、目の前に美しい茶道具が並んで、あれよあれよという間に、小さめの抹茶碗から美味しそうな抹茶の香りがただよってきた。

「駆けつけ一杯!」とお酒をたしなむ友人たちはよく口にするが、まさに「駆けつけ一服!」である。

私は意表を突かれた。
レストランに茶籠を持ち込むなど、今まで考えたこともなかったからだ。お店の理解や協力があってのことだろうが、とても粋な計らいだと思った。

ほんのり甘い和菓子と、薫り高い抹茶の一服は、その後のお料理を決して邪魔することもなく、むしろアパタイザーのように私の食欲を促し、その晩の会食はそれはそれは楽しい時間になったのである。
たとえ着物を着ていなくとも、思いつきであろうとも、茶箱をもって出かければ、どこでも一服抹茶をいただくことができる。そこは、にわかに自分達だけの「バーチュアル茶空間」になる。

そこで、私も茶箱に使えそうな洒落た籠がほしくなり、その中身も充実させたくなった。
茶箱にピッタリと合うサイズの建水(けんすい。茶碗を清めたり温めたりしたときに使った湯や水を受けるボール)や、小さめの茶碗、茶箱用の小さめの茶筅、そしてそれらを入れる容器や、それを包む布などである。
あるところにはあるんですね〜。

写真は、以前『和樂』本誌に掲載したことのある嘉門工芸の茶箱。嘉門工藝の茶箱はどれもスタイリッシュなデザインで、日常を美しく彩ってくれる。

ローカルのハワイ工芸品のなかから適当なものを選んだり、手先の器用な友人にオリジナルをつくってもらったり、ネットで探してみたり、自分で茶箱を仕組むのはとても楽しい。
私が籠に愛用しているのは、バリ島で手作業で編まれているロージリー(Rosily)のアタ・バスケットだ。

ロージリーのアタ・バスケット、丁度茶箱に良いサイズ 円筒の中にはお湯を入れる水筒が。

こまごまとした茶道具はピクニックバスケット型に収め、お湯を持ち運ぶためのポットは円筒形の籠に入れる。そして、その2つがちょうど収まるトレイをセットにした。このトレイはお菓子をのせるのにも役立つ。

円筒形の籠は、ポット用につくられたものではない。たまたまサイズが、最近人気のハイドロフラスクの水筒にぴったりだった。剥き出しの水筒を持ち歩くより、そろいの容れ物にしたほうがずっとすっきりする。私なりのちょっとしたこだわりだ。
この3点を風呂敷に包めば、どこにでも簡単に持ち運びができ、さまざまな場所で一服点てることができる。

金平糖は袋で携帯し、お客様にお出しするときは、海辺で拾った貝殻をきれいに洗ったなかに盛れば、コロコロと転がらずにとても具合がよい。

ロージリーで求めたバスケット型の茶籠を広げると……。ハイドロフラスクは保温性・保冷性ともに高いので冷茶でも熱いお茶でもOK。ハワイ唯一の日本の和菓子店、源吉兆庵の季節のお菓子「USAGI-SAN」と金平糖で。

もうひとつは円筒形3層になった籠とそろいの盆だ。
籠にはお菓子だけでなく、お気に入りのお猪口とおつまみをしのばせて屋外に出かけても良いだろう。
お盆も盆略点前という初心者向きの点前にちょうど使える大きさで、いろいろと遊ぶことができる。


世界の籠・バスケットのいろいろ

このような手づくりの籠は、他にも世界にたくさんある。
米国ボストン沖のナンタケット島に伝わるナンタケット・バスケットなどは、日本にファンも多く有名だろう。それらの品は機械でつくられたものとは違い、なんとも味わい深い。自然の素材は、時間が経てばたつほど風合いが増してくるところが、オーガニックなお茶の世界にもとてもよくマッチしていると思う。

ナンケット・バスケット。写真/足利カルチャーセンターより

ナンケット・バスケットを茶箱に見立てて。写真/New England Nantucket Basket Associationより

また、ラトビアの白樺キャニスターは、小さなお菓子を入れるのには、ちょうど良いサイズだと思う。いずれ手にいれたい。

直径3cm。親指ほどの、ごくごく小さな白樺のキャニスター。写真/世界のかご「カゴアミドリ」より

手持ちのブランド・バッグだって、立派に「お出かけ茶籠」になる。
下の写真は、25年ほど前に、末の妹がなけなしのお小遣いをはたいて私の誕生日に贈ってくれたグッチのバッグ。
おそらく、もともとはヨーロッパのご夫人方が化粧品を入れて持ち歩くようにデザインされたものだろう。茶箱ぐらいの大きさで、茶碗などがきっちり入る優れもの。

グッチのコスメ・バッグに必要な茶道具を入れて。横に携帯電話、小さなお財布と鍵を入れれば、そのままお出かけもできる。アンティークの湯沸かしで一服。

いにしえの時代から、さまざまな茶箱が伝えられている。
茶室で基本にそっておこなわれる茶箱の点前は風流で奥ゆかしく、それとは反対に自由に楽しむ「見立て茶箱」は現代人に受け入れられやすく、それぞれに美味しい一服を楽しめるところが、茶箱や茶籠の振り幅の大きなところであり、魅力かな、と思う。

茶箱って、こんなにも自由なんだ!

どこにでも持ち運べる茶箱は、お茶を点てる意味やそのスタイルも多様であるところが奥深い。

ある夏の日、日本から来た友人K夫妻は、ハワイの地でお世話になった恩師を偲んで、早朝のビーチでお茶を一服捧げたことがあった。
ハワイの大自然と一体になり、その一服が天に昇り、海へと還っていく。
その一点の曇りもない師匠への思いが、このひとときを特別な一瞬にしていた。

他人には、そうした思いは分からないかもしれない。けれど、これはご夫婦のみの、静かで、力強い「儀式」だった。
たとえお客様との会話がなくても、祈りを一服に託して、自分の思いを伝えることができる。これは、お茶のとても大きな魅力だと思う。

日の出と共にビーチで恩師にお茶をお供えする友人のKさん。

また、別の知人はカピオラニ公園に茶箱を持ち込んで友人たちにふるまった。
公園の木々が心地よい木陰をつくり、ハワイの自然を満喫しながらダイヤモンドヘッドを背景にともに一服し、ひととき四方山話に講じる……。これもまた、「スターバックスでお茶をする」のとは違った、とても贅沢なお茶の在り方だ。

今年の夏は、去年に続き日本も猛暑だったと聞いているが、ハワイもなかなか湿気が多くて例年にくらべて暑かった。もう少し涼しくなったら、タンタラスの丘にでも上って、茶箱で美味しい抹茶を楽しみたい。

最初から読む→常夏の島ハワイで楽しむ茶の湯とは?【一期一会のハワイ便り1】
第2回目→アロハスピリットと創意工夫で茶席を彩る【一期一会のハワイ便り2】
第3回目→ハワイの茶人のきもの事情とは?【一期一会のハワイ便り3】
第4回目→「いちごいちえ」は「1・5・1・8」【一期一会のハワイ便り4】
第5回目ロコも盆踊りに熱狂! ハワイの夏を楽しむBon Dance!【一期一会のハワイ便り5】

オノ・アキコ

65年生まれ。国際基督教大学卒業後、モルガン・スタンレー・ジャパン・リミティッド証券会社を経て、ロンドンのインチボルド・スクール・オブ・デザイン校にて、アーキテクチュアル・インテリア・デザイン資格取得。2007年ハワイに移住し、現在はハワイ大学の裏千家茶道講師を務めている。ハワイでの茶の湯を中心に、年に数度は日本に里帰りをしつつ、グローバルに日本文化を楽しんでいる。

(文と写真:オノ・アキコ/構成:植田伊津子)

書いた人

茶の湯周りの日本文化全般。美大で美術史を学んだのち、茶道系出版社に勤務。20年ほどサラリーマン編集者を経てからフリーに。『和樂』他、会員制の美術雑誌など。趣味はダイエットとリバウンド、山登りと茶の湯。本人の自覚はないが、圧が強いらしい。好きな言葉は「平常心」と「おやつ食べる?」。