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2021.06.10

これがあればいつでも大脱走できる。ポータブル家出セット、僕の大旅行用自転車について

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僕のソロキャン物語 VOL.2

自転車にはキャンピング車というのがあります。
どんな自転車か? というと文字通り、テントや寝袋、その他、アウトドア用品や生活用品をたくさん積んで、遠くに遊びに行ったり、または日本一周や世界一周に行くための自転車です。
僕はポータブル家出セットと呼んでます。大旅行車とも言います。
今回は、この夢や野望に溢れた、僕のキャンピング自転車のお話など。

ポータブル家出大作戦

旅行に行くのに、なんだってわざわざ人力の自転車で行かなきゃならんのか?
別に電車や車でもいいじゃんって人が大半でしょう。
でも、自分は車の免許も持ってないし、そもそも最初の旅「自転車不倫野宿ツアー」がいけなかった(前回の記事参照)。この旅で面白さを覚えてしまった。
男はね、童貞喪失が肝心なんですよ、最初のアレを一生引きずる悲しい動物なんです。
みなさんもよく考えてみてくれ、自分の童貞喪失はどうだったか? そこから抜けられないのが男性ってもんです。いろいろ試すかもしれんけど、必ず童貞の頃の体験に戻ってしまうもんなんですよ。ウソじゃないぞ、女性はね、男性によって次々に変わりますから、それほど最初の体験は重要ではない。
僕の場合は、最初に長期自転車野宿旅の快楽を刷り込まれてしまったので、もうこれが無いと生きていけないぐらいの体になってしまった。
人間は何によって開かれてしまうか? わからんもんよ。
もう、自分的には「旅」ってより「家出」に近い。なんやかんや理由を付けて、一か月ぐらいの家出を毎年のように繰り返し、気が付くと10年も20年も経過してしまった。

そんなわけで、「自転車不倫野宿ツアー」のその後も、凄い勢いで、ポータブル家出セット計画を練って練って、常に東京脱出、逃亡を図るべく、せっせせっせと家出にいそしんだのである。

巨大な家出用「大旅行車」

僕のメインの旅自転車は、「ランドナー」と呼ばれる小旅行用自転車を元に、さらに強度を増して、頑丈に作られた昔ながらのキャンピング自転車です。
詳しい自転車のスペックや歴史など、専門的な話は他でもありますし、興味のある人は調べてみてください。拙著『旅用自転車 ランドナー読本』(山と渓谷社)にも詳しく記してあります。
 
このタイプの自転車はランドナー全盛時代の70年代~80年代までは盛んに作られていましたが、MTBが登場した90年代以降は、MTBに荷物を乗せて行くスタイルが主流となってしまい、以降、ランドナー共々、絶滅危惧種となってしまいました。

しかし、マンガ「サイクル野郎」などに代表されるように、自転車好きにはやはりこのクラシカルでハードなスタイルの自転車に大きなロマンを感じ、今でも根強い人気があります。
今はソロキャンブームなので、再び注目してる人も多いのではないでしょうか?
やはり見た目にも、元々それ専用のため、機能的でもあり、MTBなどに荷物を乗せるより、こちらの方がカッコいいと思う人もたくさんいると思います。

僕個人としては、キャンピング車と言う呼び方より「大旅行車」と呼ぶ方が、遥かに旅感が増して、妄想も膨らみ楽しい気分にはなります。
これがあれば、いつでも大脱走できる。
現実逃避願望を満たす事もできる上、その気になりさえすれば、巨大な家出が実行可能なのである。
こんな素晴らしいものが他にあるものか。
なんだかしんないけど、手に入れるだけで、ザマーみやがれって気分になってしまう、魅力的な旅の道具です。

1997年

さて、僕の大旅行車である。
1997年6月に完成して、いまだに(2021年)現役である。

キッカケは、これまた前回の旅、自分の現在までの運命を決定付けた、自転車不倫野宿ツアー、映画『由美香』の旅の最中だった。
この旅では普通の街乗りギア無しの自転車で旅をした。
当時のコンセプトとしては、普段乗っている自転車で遠くに行く事が目的で、旅に良さそうなランドナーの存在は、なんとなく知ってはいたものの、最初の旅は、日常から非日常に変化していく過程に興味があったため、あえて普段乗りで旅に出た。

旅の間、北海道の富良野で、大学のサイクリング部のグループに、何人か先輩のお下がりとおぼしき、ボロいランドナーに前後キャリアを付けて、帆布の大きいバッグをぶら下げてキャンピング仕様にして走っている若者の姿を見た。
単純にカッコ良かった。
他のMTBなどより存在感があり、長い旅の良い雰囲気を醸し出していた。
ランドナーは、本などでなんとなく知ってはいたが、この時は知識がなく、実際のランドナーが走ってる姿を見たのはこれが初めてだった。

ああ、次はあんな自転車で旅したいな、と素直に思った。

そして、旅が終わりに近づいた日、
この日はサイクルメーターが、ちょうど1000キロを記録した記念の日だった。
北海道の稚内だった。
夕方、食事しようとウロウロしてたら、稚内駅に一台のまだ真新しい自転車が立てかけてあった。
オーナーはどこかに出かけたのかいなかった。
この自転車が、僕のキャンピング自転車と同じ、アルプスという店のオリジナル自転車「ローバー」だった。
もちろんそんな事は、この時には知らない。
黄色い車体で、その長いキャリア、頑丈そうなフレーム。
今まで見た事ないタイプの自転車だった。

「うわ、こんな自転車があるんだ? こりゃ凄いなぁ」
これがしげしげ見た感想だった。
旅用自転車にプロ用は存在しないけど、その佇まいは、もしもツーリング車にプロ機があるとしたら、まさにこの自転車だろうと思った。
車体に「ALPS」の文字があったので、覚えた。

ネットが無い時代、特に調べもしなかったのだが、その後、東京に戻り、渋谷の東急ハンズの自転車コーナーにたまたま行った時、店員のお兄さんに何気に聞いてみた。

「アルプスって自転車知ってますか?」
「ああ、神田にある老舗のツーリング車専門店ですよ」

たまたま知っていたので存在は確認できた。部屋に戻って電話帳で調べ、電話したのが最初だった。

90年代のアルプスの広告

アルプスは、一台一台、一人一人に合わせて、サンプル車を元にオーダーするお店だった。
当時、高額だと思ったが、今思うと、かなりのリーズナブルな値段である。
オーダーは難しいと思われるだろうが、そんな事はなく、目的をハッキリさせていれば決めるのは車体の色ぐらいで、店主にお任せして作る事が可能だった。

1997年、アルプス店内に展示されてた、ローバーの展示車。「これこれ」って思った

当時のアルプスの店内。アルプスは2007年に60年の歴史を閉じ、閉店してしまった

こうして1997年2月、アルプスでキャンピング自転車「ローバー」を注文し、6月に完成した。
前回の旅で、自転車旅行にハマってしまい、一度だけでは収まるわけがなく、これは続くなと思ったからだったが、実際その通りになった。

僕のラクダ、アルプス・ローバー「ハイジ」

当時、これを作る時、砂漠を行進するラクダのイメージがあった。
果てしない旅のイメージだった。
中学の頃よく見ていたテレビ番組『西遊記』の終わりに流れるエンディングテーマ、ゴダイゴの歌う「ガンダーラ」のイメージが強く残ってたのかもしれない。このエンドクレジット映像の中に砂漠を行進するラクダに乗ったキャラバン隊の映像があり、短い映像だったが、その当時のボンヤリした映像がひどく「果てしない旅」感を感じたからなんだと思う。

なので車体をラクダ色にして、付けるバッグ類も白いものにした。
ラクダのイメージである。
今では自分の帽子、ハットと共に白いバッグは自分のトレードマークになった。

1997年6月 完成したばかりの時の写真

ペットネームを付けようと悩んで、当時の元ヨメに聞いてみた。
「アルプスだから、ハイジでいい」
そっけなく言われた。
以来、いいかげんに付けた名前「ハイジ」号のままになった。
まあ、いいやと思った。

以来、現在(2021年)まで、この自転車で旅した回数は、大から小まで遠征38回。この数字が多いのか少ないのかはわからない。

ラクダのイメージで優雅な旅のつもりだったのに、実際にはまったく逆だった。
雨、霧、悪天は数知れず、しまいには冬の北海道にキャンプ旅で5回も遠征し、ハイジ様はひどい目に合っている。

なんで人は旅に出るのだろう? と、つまんない事を考えてみるが、サッパリわからない。
でも、僕はこの自転車があれば、ある程度の自由が確保できる。
そのぐらい大切な道具である。
別につらいのが楽しいわけでもない、走りたくない時は走らない。
自転車だから走らねばならないってルールは無い。
たぶん、一人旅が向いているのだろう。旅に出てる間、孤独を感じた事は一度もない。

女性は次々と消えていくが、僕のハイジ号は決して裏切らない。
これからも、女性より長い付き合いになるんだろうな、と思っている。

それは、もしかしたらとてもさみしい人生なのかもしれない。
しかし、それは仕方ないだろう。
旅の途上で行き倒れになったとしても本望だと思う。

それこそが「ロマン」で、くだらない事かもしれないが、そうやって生きていくしかないのだ。

僕のソロキャン物語

書いた人

映画監督  1964年生 16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。『ゲバルト人魚』でヤングマガジンちばてつや賞佳作に入選。18歳より映画作家に転身、1985年PFFにて『狂った触角』を皮切りに3年連続入選。90年からAV監督としても活動。『水戸拷悶』など抜けないAV代表選手。2000年からは自転車旅作家としても活動。主な劇場公開映画は『監督失格』『青春100キロ』など。最新作は8㎜無声映画『銀河自転車の夜2019最終章』(2020)Twitterはこちら